第10話 ドッキリ



「ふむ、なるほど」


 僕の家で、可井日向との模擬戦闘の詳細を聞いた冬至は、手を顎にあて、深々と考えに浸っている。


「それで、冬至が調べたことってなんなの?」

「あぁ、一言でいうと、あいつの身元を調べた」

「身元?」

「そうだ、可井日向は、名家の倅、っていうのは、学内に共通の認識として存在しているが、どこの名家だっていうのは、俺が聞いた限り誰も知らなかったんだ。先公も含めてな」

「……確かに、おかしいね。 名家なんてすぐ顔が割れるはずなのに」


 名家、というだけあって、ある程度の情報はネットにあがっている。たとえば、『名家』、『高校生』、『女性』とネットで検索してすれば個人名が出でくるほど詳細に調べることができる。


「そうだ、だから俺は、二つの可能性があると考えていた」

「二つの可能性?」

「一つ目は、川井日向という生徒は名家の倅、というデタラメが、可井日向の実力により裏付けされて、デタラメの信憑性が確立されたパターン」

「ふむふむ」

「そして、もう一つは、召喚獣の力で、どこの名家なのか、という情報を改竄させられたパターンだ」


 記憶の改竄? どういうことだろう。


「……うちの学校、結構人数いるのに、その全ての人間…… とまでは言わなくても、彼の周囲の人間全員の記憶を改竄するのは不可能だよ」


 記憶の操作は、1人の記憶の改竄だけでと、相当な魔力を消費するはずだ。クラスメイト全員の記憶の改竄なんて、不可能なはず。


「そうだ、そんなことは不可能なんだ。……例外を除けばな」

「例外?」

「ある名家には、記憶の操作に長けた召喚獣を使役している召喚士がいる、と聞いたことがある」


 ……つまり、冬至は、可井君に関する記憶の一部を、すでに改竄されている。と考えているのか。


「……でも、記憶の操作なんかして、一体どんな利点があるのさ?」


 ここは僕の頭では答えが出せない。

 すると、冬至は腕を組み、深妙な顔をし口を開いた。


「そうだ、そこが分からなかったんだ。だから俺は、あいつの……、可井日向の自室を調べる必要があった」


 なるほど、ここに繋がってくるのか。

 ……ん? 今なんて言った?


「まって冬至、勝手に入ったの? 可井君の家に」

「入った」

「それって不法侵入じゃないの?」

「めちゃめちゃ不法侵入だ」


 すばらしい行動力だ。


「調べるためとはいえ、犯罪に手を染めるなんて……」

「なに、安心しろ、お土産持ってきたからな」

「いや、どこに安心する要素があるのさ……。 なにこれ?」


 僕の手には、赤色の布が治っていた。


「見てわかるだろ、ブラジャーだ」

「なにやっとんねん⁉︎」


 咄嗟に離そうとしたが、流石に地面に捨てるわけには行かないので、必死に踏みとどまった。


「あっはっはっは、すまん冗談だ。 ……それは俺のオカンのブラジャーだ」

「あーは、もう、冬至ったら、おどかせないでよぉ。 ……どうしたの? 人を哀れるような目をして?」


 心なしか、ゴミを見るような目にもみえる。


「……本当に、たまに俺の度肝を抜いてくるな」

「え? どうして?」

「いや、気づいてないなら良いんだ。 あと、それはドッキリ用に俺が買ったものだからな」


 そういうと、冬至はソファーに座り込み、側の丸いテーブルに鎮座しているティーカップを手に持った。


「話を戻すが、俺は可井日向の部屋を探ることで、まぁ、大体のことは理解した、だが、勇気、お前にこれを話すことはできない」


 ……は?

 いや、彼の自室を調べて分かったことだろうから、絶対に知りたい、というわけではないけど……。


「可井君的に、僕に知られたくないからってこと?」

「そうでもあるとも言えるし、そうでもないとも言える」

「なるほど、分からん」


 頭を使う系は大嫌いなんだけど……


「まぁ、自分で気づけってことだ。それがあいつの願いでもあるしな」


 あいつ? 記憶改竄をした召喚士を指しているのだろうか?


「はぁー、疲れたな。なんか菓子あるか?」

「台所に塩と砂糖があるよ。 はぁ、変な汗かいちゃったよ。 タオルタオルっと」


 すると冬至は、僕の右手を指差した。


「そのブラジャーで汗を拭けばいいんじゃないか? ドッキリ用に買った物だから、捨てる予定だしな」

「……ま、いいか。 使わせてもらうよ」


 抵抗はあるが、別に誰も使う予定がないんだ。せっかくだから汗を拭いちゃおう。


「うん、なかなか肌触りがいいね」

「そうなのか? ふむ、なかなか良い触感だな」

「でしょ?」


 これからはブラジャーで汗を拭こうかな? なんちゃってね。

 上裸になり、全身の汗を拭いていると、カチャっと、扉の開く音が聞こえてきた。


「ただいま、あら、冬至君きてたのね。 今日ご飯たべていく?」

「ご馳走になります」

「りょーかいよ、任せなさい。 ……ちょっとまって、あんた、なにで汗を拭いてんの?」


 目を細めながら聞いてくる我が母に対し、僕は、実に簡潔に答えた


「見てわかるでしょ? ブラジャーだよ」


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