第8話 試合

川井日向との模擬戦日



 時刻は昼下がり、5限目の模擬戦闘訓練の授業時間。現在、教員は模擬戦闘訓練場に集まっているため、教室に教員の姿はない。そのため、授業中にも関わらず、教室は騒がしい。


「……前にお前の家に行った時も疑問に思ったんだが、なぜヒヨコにリードつけているんだ?」

「勝手なことをされると困るからだよ」

「いや、基本的に召喚獣は召喚士に従順なはずなんだが……。まぁ、ヒヨコだしな」

「理解してもらえたようでなによりだよ」


 冬至との約束の日から、自分なりに戦いに備え、自己研鑽を積んだ。

 その成果か、一つ技を覚えた。今回の勝負の決め手はこの技だ。


「正直、チリほども期待していないが、応援はしてやる」

「そいつはどうも」


 そっけなく返答する。今回の目的は、勝つことではなく、長引かせることだ。いつも、模擬戦前は緊張するものだけと、今回はあまり緊張していない。


「よし、時間だな、たのむぞ勇気」

「うん、まかせてよ」




模擬戦場は、大きな建物の中にある。一言でいえば床に柔らかい素材が使われている体育館だ。

 目を閉じ、仏の方な気持ちで心を沈めていると、30代程の教員の声が響いた。


『川井日向、高橋勇気、位置につけ…… どうして召喚獣にリードをつなげているんだ?』

「気にしないで欲しいです」

『そ、そうか、だが、対戦中はリードを外すように』

「………え?」

『いや、どこに召喚獣にリードつけたまま戦うやつがいるんだ。召喚獣は場合によっては兵器として扱われるんだぞ、高橋は銃や戦車にリードをつけるのか?」

「リードは繋いでおかないと危ないですけどね」

『はやく位置に着きなさい』


 いつも鳩と戦う時、当たり前のようにリードに繋いでいたから気づかなかったけど、戦闘する時ってリード外さなきゃいけないんだね。勉強になった。

 リードがなにやら絡まっていたようで、悪戦苦闘していると、グリフォンを引き連れた、さわやかイケメンが現れ、あきれまじりに僕のことを睨んできた。


「……何をやっているんですか」

「いや、絡まっちゃって」

「なるべく早急にお願いします」


 僕にそう声をかけると、足早に所定の位置についた。

 自然教習時のような、優しく雰囲気はなく、なんというか、緊張しているようにも見える。

 三代名家の跡取りとしての立場からすれば、模擬戦に負けることは許されないはずだ。だから、敵意ましましの態度をとっているだろう。少しの温情も与えないために。

 でも、僕だってそうやすやすとやられる気はない。日々つらい修行に耐えてきたんだ。

 召喚獣も所定の位置につく。戦場の広さは体育館より少し小さいぐらい。


『両者、準備はいいか?』

「もちろんです」

「……大丈夫です」


『それでは、始め!』


 審判の掛け声と同時に、グリフォンを翼を広げ、宙へ舞った。

 こちら側の攻撃が届かない空中で、出方を伺うつもりだろう。

 だったら……!


(ヒヨコ、やるぞ!)

「ピヨッ!」


 僕が思念を送ると、元気のいい返事と共に、じんわりと光を放出しはじめる。


「ーー!」


 可井君は警戒しているのか、ヒヨコから視線を外そうとしない。

 そう、今しかない。彼の視線が固定されている今しか!

 ヒヨコはさらに光を強く放ち、そして……。


「なっ……!?」


 可井君が驚きの声をあげる。それもそのはず。


「き、消えた……!」


 これが僕たちの秘策。

 瞬間移動術だ。

 ヒヨコはグリフォンの頭上に移動している。そしてヒヨコはまともに魔術も羽も使えないため、自由落下を開始し、グリフォンの頭に着地した。

 そして、決め手は……!


「全力でつつけぇ!」

「ピヨピヨピヨピヨピヨピヨ!!」


 キツツキのように、超高速で、グリフォンの毛を突く。

 おそらくダメージはないだろうけど、突然頭を突かれれば……。


「クオォ!?」

 グリフォンが動揺している。何が起こったのか理解できていないのだろう。

 すると、体を激しく揺らし始めた。ここまで想定済みだ。


「ヒヨコ!」

「ピヨ!」


 再び瞬間移動術を使用し、僕の目の前にヒヨコ移動させた。

 飛んでいるグリフォンに、どこか美味しそうな2本の足で立ち相対するヒヨコ、最初の構図に戻った。


「……正直、驚いてます」


可井君の口から溢れた。


「短い期間に、瞬間移動術を習得し、その応用までやってのけるなんて……!」


 応用、の意味は分からなかったが、どうやら僕のことを褒めてくれているっぽい。


「自然教習の時は助けてもらって、感謝しているけど、手を抜くつもりはないからね」

「分かってます、そんなことは。自分じゃなく、友達のためなら手を抜かないことなんて。本当に、本当に……バカなんだから」

「? 最後なん……」

「全力を出します。グリフォン!」


 なぜか、彼の下瞼には涙が溜まっており、目は澄んでいた。




 戦闘を開始してから、10分程経過した。

 グリフォンの攻撃は、火魔術、風魔術、そして大きな体での突進と、バラエティ豊かつ高威力だが、瞬間移動術でなんとか耐え凌いでいた。……けど。


「……くっ!」 


 だけど、段々と追い詰められている。なんというか、技の数の暴力で、瞬間移動する場所を制限されている気がする……!

 一発でも喰らえば即治癒術師行きだ。


「グリフォン!」 


可井君の掛け声と共に、超スピードでグリフォンが突進してきた。


「くっ!」


 だめだ! 避けきれない!


「………?」


 ヒヨコに当たる寸前でグリフォンが静止した。


「え?」


 可井君に目を向けると、彼はヒヨコを鋭い目付きで射抜いていた。


「クォっ!」


 グリフォンは距離を取り、今度は風魔術で生成した風の刃でヒヨコを攻撃してくる。


「………え?」


 だけど、その攻撃もヒヨコに当たることなく、左右に逸れて地面に衝突した。


 ……どういうこと?


 状況が飲み込めず、5秒ほどアホヅラした小鳥を眺めていると、可井君がゆっくりと口を開いた


「………できない」

「ふぇ?」

「……傷つけることできない」

「な、なんて?」

「こんなに可愛いヒヨコを傷つけることなんて、やっぱりできない!」 


 そう叫ぶと、ヒヨコの元にかけより、ヒヨコを抱き上げた。


「か、かわいい……! いい匂い」


 幸せそうな顔で頬擦りをしている……。

 ……確か、自然教習の時もこんな感じで、ヒヨコにベタベタだったような……。

 自然教習の時も思ったけど、意外だ。いつも澄まし顔できゃーきゃー言われてる可井君が、可愛い物好きなんて。


「あ、あの先生」

『え、あ、うん、どうした高橋』

「僕はどうすれば?」

『あ、そ、そうだな、すまない、可井日向がこのような行動にでるとは、予想外だったのでな』

「ですよね……」


『こほん、可井日向を戦闘続行不可能だと判断し、高橋勇気の勝利とする!』


……え?


「いや、僕の負けでしたよ、文字どうり手も足も出なかったですから!」

『可井日向は戦闘を続行できないと判断した、それまでだ』

「いや、でも」

『でも、じゃない、一度決定したことだ、変更はできない』 


 淡々と告げる。でも納得ができない。


「高橋さん、ボクの負けです。もう私は戦うことできませんから……」


 ヒヨコを抱きながら、どこか悲しげに呟く可井くん。


「う、まぁ可井君が言うなら……」


 納得せざるおえない。


『では、二人は教室に戻るように、次の組! ステージに……』


 こうして、腑に落ちない部分はあるが、入学して以来、初めて白星をあげた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る