第6話 神崎碧 その②


「お嬢なんてなぁ! ボタン外そうそして誤ってブラのホックを外して。 そのまま公衆の面前で裸ワイシャ……」

「渡辺さん! 気持ちはわかりましたありがとうございます! お願いですから口を閉じてください!」


顔を赤くしながら、渡辺? の言葉を遮る神崎さん。

そういえば、四月の初めぐらいに、季節外れの熱波が日本を襲ったんだっけ。

それで、その時たまたま……。


「ごめんなさい。でも、僕たちだって壊したくて壊したわけじゃないんだ」

「そうだぞ、たまたま勇気が昼食の味噌汁を空調機にこぼして、たまたまゲーム機の修理をしてた俺が誤って電流を流しただけだ。他意はない」

「神の悪戯だよね」

「誤ってる人の言い草じゃないわよ、あんたたち……」


 どんより顔でツッコむ好。

 ちなみに、トドメを刺したのは冬至だから、今回の騒動の全責任は冬至にある。

 今度はもう片方の取り巻きがなにやら取り乱しながら口を開いた。


「そ、それだけじゃねぇ! 放送室で、マイク付けたまま帰ったことがあっただろ! そのせいで、お嬢が毎日こっそり読んでいる自筆のポエムが、学内放送にむぐっ!……」

「遠藤さん! お願いですから口を閉じてください!」


 さっきよりも、もっと顔を赤くして、遠藤? の口を手で押さえる神崎さん。


「それに関してはすまなかった。でも、恥ずかしがることなんてない。いいポエムだったぜ」

「だよね、特に『あなたのことを思うと、心が爆熱ハリケーン』のところとか、意味わからなくてすごくかっこよかったよ」

「おう、最高に意味がわからなくて、これがポエムかっ……、って、つい感動してしまった」

「ふぐっ…… くぅ……!」


 神崎さんは、唸り声をあげ、すとん、と座り込んでしまった。

 どうしたんだろう。僕と冬至がこんなに褒めたから恥ずかしくなってしまったのだろうか。

 そして、十秒後ぐらいに、ゆっくりと口を開いた。 


「…………………さない」


 掠れ声で何かを呟く神崎さん。なんて言ったんだろう。


「…………許さない」

 今度はちゃんと聞き取れた、許さない?

「ぜっっっっったいに許しません! ここまで私のことを苔にするなんて! 絶対に許しません! 生まれてきたことを後悔させてあげますわ!」


 スッと立ち上がり、手を高く掲げた。


「来なさい! ユニコーン!」


 すると、神崎さんのすぐ横に、突如召喚獣が出現した。

 その召喚獣は、ユニコーン、全長二メートルはあろう巨躯に加え、頭に長いツノが生えている。


「冬至、今のって」

「ああ、瞬間移動術だな、優秀な召喚士にしかできない高等技術だ、まさかすでに習得してるとはな。さすがは名家だ」 


 ヒヨコや蛇みたいな、サイズが小さく、周りに影響の与えない召喚獣は、常に召喚士の近くに顕現している場合が多いいが。ユニコーンみたいな、大きいサイズかつ、存在しているだけで周りに影響を与える可能性がある召喚獣は、基本的に召喚士と一緒に行動しているわけではなく、別の場所で管理されている。それが強い召喚士共通の弱店なんだけど、その弱点を解消できるのが、この瞬間移動術だ。上級召喚士になるには、必須の能力だと噂されているほど、便利かつ重要な技だ。

 

「すごいわね、で、どうするの?」

「どうするもこうするも、逃げられる相手じゃないし、やるしかないよね!」

「だな、よし、勇気!」

「よし、冬至!」


「「あとは任せた!!」」

 

 僕らは同時に後方に飛び退いた。

…………。


「何二人とも押し付け合ってるのよ!」

「冬至のバカ! 僕が勝てるわけないでしょ! 今朝だって鳩に勝負を仕掛けて負けたばかりなんだ! 僕の召喚獣は鳩より弱いんだ! バカにするな!」

「俺は召喚獣を呼べない! それはお前が一番分かっている事だろ! っていうか、鳩に負けてたのかよ! どんだけ弱いんだお前の召喚獣は!」

「冬至が戦えば良いじゃないか! ガタイ良いんだから!」

「殺す気か! お前が生身で戦ってこい!」 


 ぐぬぬ、これだからバカは……!


「あの、話は終わりました?」


 神崎さんは律儀に待ってくれている。本当は良い人なのかもしれない。


「ごめん、もう少し待ってて」

「わ、わかりましたわ」


 作戦会議中……


「よし、待たせたね! 話がまとまったよ!」

「や、やっとですか…… 結構時間かかりましたわね…」


 くたびれた顔を見せる神崎さん。きっちり待ってくれるあたり、やはり良い人かもしれない。


「それで、どなたがわたくしと戦うのですか?」

「僕が相手をしてあげるよ」


 一歩前に出る。僕が放つプレッシャーを感じ取ったのか。神崎さんは眉をひそめ、警戒心を露わにしている。


「実力の差を思い知らせてあげますわ」


 心臓を射抜くような鋭い視線を僕に向けてくる。


「うん、勝負だ、神崎さん!」


 すかさずファイティングポーズをとる。これは厳しい戦いになりそうだ! 


「…………」

「よし! 勝負だ!」

「………あの」

「どうしたの? 勝負しないの?」


 神崎さんが困惑している。どうしたんだろう。


「いえ、戦いたいのは山々なのですけど、その、あなたの召喚獣は?」


 ふむ、たしかに召喚士同士の戦いなのに、片方の召喚士は召喚獣がいない。不思議に思うのも無理はないだろう。


「………僕が相手だ!」

「え! 高橋さん本人がたたかうんですの⁉︎」


………ヒヨコは、鳩に咥えられて持って行かれてしまった。もしかしたらお陀仏かもしれない。。


「ふむ、あいつの召喚獣の強みは、いてもいなくても戦力に変わりはないところだ。長所を生かした戦いだな」

「斉藤、それは長所とは言わないしただの悪口よ」


 呆れ顔で、ツッコむ好。否定したいところだけど、めちゃくちゃ事実なのが痛いところだ。


「ど、どうして斉藤さんじゃなくて、高橋さんが戦うことに?」

「いやぁ、その……… ジャンケンに負けたから」


 目を逸らしながら小声で呟いた。


「………!!!!」


 普段の容姿端麗な神崎さんからは想像もつかない、鬼の形相を見せている。

 ものすごい殺気だ! いまにも襲いかかってきそうだ。


 キーンコーンカーンコン


昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。

 鐘の音を聞いて正気を取り戻したのか、少し頬を赤ながら、こほん、と咳払いをした。


「先ほども言いましたが、今回の借は絶対に返します、首を洗って待っていてください。………そこの三人組!」

「え、ちょっと! なんで私も!」

「それでは、また」

「覚えておけよ! 絶対許なさいからな! バカ三人組!」

「そうだぞ! 爆熱ハリケーンを全校放送させやがって!」

「そのことは忘れてください! できるだけ早急に!」


 神崎さん達は駆け足で自分たちの教室に帰っていった。

 まったく、厄介な人たちに目をつけられたなぁ。


「い、行っちゃった……」

「ま、気分落とさないでよ好」

「あんたのせいでしょうが!」

「ぐぎゃぁぁぁぁ! 僕の背骨がぁあまぁ!!」

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