第51話 古来からの掟
オルランドを危険にさらさないために、ここから移動しなくては。
しかし、そんな私の側にオルランドは近寄り、言った。
「お願いだ、一緒にここから逃げよう!」
「だめです」
すると、オルランドが側にいることに気づいたロセンドが気色ばんだ。
「バルカザール公爵……少し私の婚約者に近づきすぎではありませんか?」
「挨拶を交わすのにこの程度当然では? この程度の触れ合いにも嫉妬するほど、殿下はエルミラ嬢のことを愛しておられるようですね」
そう返したオルランドは、好戦的な表情をしていた。ロセンドは、そこでようやくオルランドの顔が戻っていることに気が付いたようだ。
大きく目を見開くと、ナサリオや長、私、オルランドを交互に見る。
頭の良い人物である彼は、わずかの時間で起こったことを理解したようだった。
けれど、何一つ言わない。
それはそうだろう。
例えこのまま私がデルフィナの娘だと判明したとしても、アグアド一族の長は公爵位を与えられているほどの大貴族。そしてデルフィナはアグアドの次期後継者とされていたほどの女性。
その彼女が産んだ、ワトリング子爵の娘というのは、結婚に何の障害もないのだ。
だから何も言わないのだ。
しかし、横やりは思わぬところから入った。
「それが事実だとしたら、この結婚を認める訳にはいかぬな」
「それは、どういう訳ですか父上?」
唐突に告げたのは国王だ。
ロセンドが訝し気に問うた。
「まさかこのような事態になるとは思わなかったのだ。これは次の後継者と決定した者にしか教えて来なかった。長らくそういう伝統になっていたからな。だが、古来から決して破ってはならぬ掟として、王族と魔術師一族の者は婚姻してはならぬことになっている」
「そ、そんな! どうして?」
「権力あるものが魔術師を伴侶とした時、世界の均衡が崩れるとされている。破った国は幾つもあるが、全て謎の原因で滅びた。ゆえに、この結婚は白紙だ」
国王の淡々とした言葉に、場がやや鎮まる。
顰めた会話は聞こえるが、ただならぬことが起こっていることは皆それとなく感じ取っている様子だった。
私は、国王が発した言葉の意味を飲み込むのに少し時間がかかった。
しばらくして意味が染みるように理解されてくると、ずっと全身を覆っていた黒い靄のようなものが消え去ったような、清々しい気分に包まれる。
「結婚、白紙……私、殿下と結婚しなくてもいいの?」
ぽつり、と呟きがこぼれる。
オルランドが小さく「エルミラ」と私の名前を口にするが、その続きを聴く前に叫び声が上がった。
「嘘だ! こんなこと認められない! 私は彼女と結婚する!」
「どうしてもと言うのなら、お前を幽閉するしかないな」
「どうしてですか! 私が王位継承権を放棄すればいいだけの話では!」
確かにそうだ。一瞬脳裏をよぎった希望が消えうせ、再び崖から突き落とされたような気分になる。
「それでも、お前が私の、国王の息子である事実は変わらん。過去にそうした例があるが、他の国と同じ末路を辿っている。
王族の血を引く限り、国王の座につく可能性がごくわずかでも残っているからだろう。ゆえに、王族に生まれた時点で、魔術師一族との婚姻は禁忌だ。諦めろ」
ロセンドはそれを耳にした瞬間、表情が完全に抜け落ちたような顔をした。しかし、手元に目をやれば何か赤いものが見える。
血がにじむほど強く手を握り締めたのだ。
「どうしても、だめですか」
「そうだ。どうしてもと言うなら、容赦なく幽閉する。信じてはいるが、あの令嬢との間に子どもが出来ていたら、その子どもは即座に殺す。
それほど、許されざることだ」
国王の声は低く静かだが、有無を言わせぬ圧があった。
ロセンドはしばらく下を向いていたが、ふとこちらに視線を向けてきた。目からは完全に光が消えうせ、虚無だけが宿っている。
私は背筋が粟立つのを感じて後ずさる。
すると、近くから澄んだ綺麗な声がした。
「あら、お可哀そうに……やはり私にしておけば苦しまずに済んだものを……」
「カ、カロリーナ?」
声につられて視線を移動すると、そこにはカロリーナがいた。彼女の持つ中では最も地味なクリーム色の、露出も少ないドレスを着ている。
髪飾りも一つだけ、宝飾品はひとつもつけていない。
「あら、お姉さま……先ほどのお話、残念でしたわ。せっかく殿下の妃になれる機会を得られたのに、お生まれが特殊なせいで阻まれるなんて」
「私は、元々ロセンド殿下と結婚したいとは思っていないわ」
そう返すと、カロリーナは私の後ろにいるオルランドに目を向けた。
「ああ、確かにお姉さまのような方には公爵様とのご結婚の方が向いていらっしゃいますものね」
ふと、カロリーナは皮肉気な笑みを浮かべる。
私は様子がおかしいと感じ、カロリーナの手元に視線を移して息をのんだ。
「カロリーナ……?」
「お姉さま、私、あれから色々考えたんです……でも、どうあがいても無駄だって。お父様やお姉さまの慈悲にすがっておけば良かったのはわかっているの、わかっているけれど、それでも……憧れたの」
昏く光る瞳でこちらを見るカロリーナ。
私はどんな言葉を伝えれば思いとどまってくれるのか必死に考えた。もちろん、力ずくで止めることは出来るけれど、いやだった。
迷っているうちに、カロリーナが動いた。
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