第32話 無力だけれど


「わたしがあなたを愛することは一生ありません! カロリーナのことだって許すつもりはありません、ですがそれでもあの子はわたしの妹です。同じ場所でずっと暮らしてきて、何が好きとか嫌いとか、良い所も悪い所も見て来たんです」

「……お姉様?」 


 カロリーナが驚いた声で言った。

 けれど、わたしは続けた。


「だからわかるの、望んだことのためには全力で取り組む努力家なんです。手段を選ばないのは良くないと思っていたけど、いつも真剣だった。

 わたしなんかより、遥かに優秀なのに、手を抜くなんてことはなかったわ」


 そんな彼女が、ある時からわたしに憎しみの視線を向けるようになった。理由こそ知らなかったけれど、気がついてはいたのだ。でも、いくら考えても理由が見つからなくて、知らない間に何か嫌な思いをさせたのかもと思っていた。

 いつかちゃんと話をしよう。

 そう思っていた矢先、体調に異変をきたすようになり、それどころではなくなってしまった。


 今ようやくカロリーナがどんな思いでいたのかを知り、わたしは怒りより悲しみを覚えた。

 頭の良い子だから、利用されていることに気づいていたはずだ。


 きっと苦しかっただろう。 

 だからと言って、カロリーナにされたことを許せはしない。 

 ただ、こう思うのだ。


 もしも、ロセンドがカロリーナを利用したりしなければ、こんな風にはならなかったのではないかと思ってしまうのだ。

 わたしはロセンドを睨みながら言った。


「あなたはわたしの大切な家族を深く傷つけた、そんな人の妻になるなんて死んでも嫌です」


 堪えがたい感情が溢れて来て、目から涙が勝手に零れ落ちる。

 何も知らなかった自分が許せない。


「あなたと婚儀は挙げません! 離して下さい!」


 わたしは必死に彼の胸を押しながら言った。

 すると、彼は突然恍惚としたため息をもらした。 


「ああ、綺麗だ」

「え?」

「普通の人間なら絶対にそんなことは言わないのに、君は本当にどこまで心が綺麗なんだろうね。だからこそ、絶対に他の男に盗られるなんて許せない。君のような美しい人こそ、私の伴侶にふさわしい、他はいらない」


 ずっと綺麗だと思ってきたロセンドの瞳が、恐ろしい化け物のように見えた。


「普通はね、私と結婚出来ると知れば大抵の女性は喜ぶよ。それだけじゃない、自分を殺そうとした妹から守ってくれた私に対して感謝以上のものを抱くはずなんだ」


 語られる内容が全て自信に満ちている。自分が素晴らしい存在なのだと信じ切っている言葉だ。だというのに、わたしは、彼の言葉をひとつも否定出来なかった。

 それら全てが事実であるからだ。

 だからこそ、彼の存在自体が多くの女性にとって喉から手が出るほど魅力的であることは間違いなかった。


 なのに、聞けば聞くほど嫌悪感が積みあがっていく。


「カロリーナに対してもそうだ。普通は自分を殺そうとした相手をかばったり出来ない。怒って責めるか、怖がって嫌悪するだろう? なのに、君は理解しようとしている」

「だって、家族ですよ」

「家族なんて、ただ血の繋がりがあるだけの他人だよ。君たちに至ってはその血の繋がりさえないじゃないか」


 あっさりと放たれた言葉だが、王族のロセンドが言うと重みがある。

 ほとんど籠もって暮らして来たわたしには想像するしかないが、権力をめぐって親族間で足の引っ張り合いをするのはよくあることだ。


 実際、王太子と彼の側近と主張の異なる者たちがロセンドを王位につけようと画策していたりすると耳にしたことがある。


 でも、それとこれとは話が違う。


「一緒にしないで下さい。殿下のお立場ではそう思われても仕方ないかもしれませんが、わたしは違います」

「その家族に殺されかけたのに?」

「……そう仕向けたのは貴方では?」


 問えば、ロセンドは実に楽しそうに笑った。


「心が綺麗なだけでなく、頭もいい。私には女性を見る目があったようで嬉しいよ」


 背に回された手に力を籠められ、わたしは動けなくなる。

 離して欲しくてもがくが、かえって強く抱きしめられて苦しい。


「は、離して……っ!」

「嫌だよ。やっと捕まえたのに、もう婚儀を挙げるまでここから出さないから」


 額にかかる吐息の熱さに眩暈がしそうだ。

 嫌悪感と絶望で勝手に涙が出てくる。


「せっかく、カロリーナを利用して君の純潔を守って来たのに、こんな形で奪われかけるとは思わなかったよ。ここしばらくはずっと気が気じゃなかった。バルカザール公爵家に監視役を送り込んで見張らせていたけど、それでも不安でたまらなかったよ」

「ま、まさかそのためだけにわたしを利用したんですか?」


 立ち尽くしたまま話を聞いていたカロリーナが訊ねる。


「そうだよ。エルミラが結婚出来る年齢になるまで他の男に触れさせないために君を使った」

「全部、嘘だったんですか? あまりにも女性が寄って来て大変だから協力して欲しいというのも、引き換えにわたしの望みに協力するという話も、全部……?」


 カロリーナの苦悶に満ちた問いかけに、ロセンドは実に穏やかな笑みを浮かべて答えた。


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