第26話 父の手記
肖像は見たことのない女性だった。
すると、わたしが何かを見つけたことに気づいたオルランドが、手元のロケットをのぞき込みながら言った。
「この女性、君に良く似ているね」
言われてよくよく見てみると、確かに似ている。金の髪と目元などは特に近い。しかし、こんな親類は見たことがない。
わたしはその事実に、言い知れぬ不安をおぼえた。
けれど、知りたいという衝動のまま、残された手記らしきものを手に取る。かなり汚れていて、端は少し破れているけれどまだ読める状態だ。
わたしは傷をつけないように慎重に表紙をめくった。
書かれている字は父の字に似ている。
いつもそれほど注意して見たことはないのであまり確信はない。それでも、書かれた内容からやはり父が若い時に記したもののようだった。
そこには、デルフィナ・ルスレシア・アグアドという名前が記されていた。アグアドという名前を名乗れるのはこの国でたったひとつの血族だけ。
古来から続く魔術師の家系である。
「どうしてアグアドの名前が?」
思わず疑問が口からこぼれ出てしまう。
すると、後ろからのぞき込むようにして手記を見ていたオルランドが言った。
「そういえば、現当主には亡くなった妹がいたらしいが……」
「妹……それなら父と年齢も近い方ですし、もしかしたら父はその方を想っていたということになるのでしょうか」
書かれている内容は、その女性に対する強い思い。
つまり、父はこの女性を心から恋い慕っていたことがわかる。
「でも、この方は母ではないですし、確か魔術師の一族は同族としか結婚しない決まりがありますよね」
「ああ、だから家督を継ぐ者以外は他国の魔術師の家に嫁ぐことが多いね。女性が当主の家の場合は婿に入ることもある。もしも魔術師以外の人間と結婚した場合は、魔術師を名乗れるのは当人だけで、子どもには継承されないはずだからね」
オルランドの説明に、わたしは頷いた。
「結婚そのものは禁止されていませんけど、扱いが低くなるので、もしも良縁に恵まれなければ独身を貫く方が多いと聞きました」
アグアド一族に限らず、他の国でも魔術師の家で当主になるのは最も能力の高いものが選ばれるのだそうだ。希少な存在なのでこの国では貴族と同等の扱いを受けているけれど、貴族とは違うかたちでの継承をすることが特別に認められている。
貴族の場合は大抵長子、それも男性が優先されることが当然とされている。
しかし、魔術師の場合は長男どころか、一族全ての子どもの中から最も優秀な者が選ばれることが許されていた。
少なくとも、わたしの知るこの国や近隣諸国はそうしていると本で知った。
なので、よほどの理由がない限り、父の想いは叶わないということだ。
彼女が冷遇されてでも父と結ばれたいと願わない限りは。
それでも、さらにページをめくって読み進めると、どうやら父はこの女性と話をすることが出来たらしい。
彼女がどれだけ美しいか褒め称える文面が続く。
ちょっと読んでいて胃もたれしそうなくらいだ。
わたしはちょっと手記を閉じたい気持ちに駆られる。正直にいうと、親の恋愛について詳しく知るのは気まずい。特に、母親じゃない女性に向けての言葉は重たかった。
「大丈夫かい?」
「はい、その、ちょっと重いですけど、読まないとここに来た意味がありませんから」
「僕が代わりに読んでもいいのなら代わろうか?」
優しい声で、優しい言葉を掛けてくれるのが素直に嬉しい。
それでも、わたしは首を横に振った。
「気持ちは嬉しいです。でも、向き合わないといけないのはわたしですから」
「そう、でも、辛くなったら言ってくれ」
「……はい」
先へ読み進めていくと、彼女の方も少しは気を許したようで、少しずつ仲が深まっていくことを喜ぶ文面が続き、やがて思いが成就したことをちょっと支離滅裂な言葉で記してある箇所にさしかかった。
と、同時に、結婚についての深刻な悩みの吐露が始まる。
予想した通り、大反対にあったらしい。
いっそのこと駆け落ちしようかと考えたらしく、生活についての不安が長々と続く。なかなか結婚には至らないまま時が過ぎる。
表立って会う訳にもいかないため、どうやらこの別邸で逢瀬を重ねていたそうだ。
やがて、彼女が妊娠したという。何とか隠し通し、村から産婆を呼び、ここで女の赤ちゃんを産み落としたらしい。
その名前を見て、わたしはひゅっと息を吸い込んだ。
「わ、わたし?」
そこには確かに「エルミラ」という名前が記されていた。
今まで当たり前だと思っていた風景全てが別物に変わってしまった気がして、わたしはふらついた。ほとんど間を置かずにオルランドが支えてくれたが、誰もいなかったらこの場に座り込んでいただろう。
「大丈夫かい?」
優しく掛けられた声に応えられずに、わたしは大きく息をつく。
落ち着かないと。
そう自分に言い聞かせる。両の肩に触れる手の大きさと温もりが正気を保ってくれた。
「ありがとうございます。少し、驚いてしまって……」
「いや、申し訳ないが僕も少し読んでしまったから」
遠慮気味の声が優しい。
「いえ、お気になさらないでください」
と言ったものの、事実を受け止めるだけで精いっぱいだ。
気遣いに応えられないのが申し訳ないけれど、今はその気遣いに甘えることにする。
おそらく、あの光がわたしに伝えたかったことはこれなのだろう。
しかし、手記には続きがある。
父の文字が荒れていくのがつぶさになるにつれ、こちらも不安な気持ちになってきた。まだ何か知らないことがあるのだろうか?
わたしは嫌な音を立て始めた心臓に手を当てて唇を引き締め、次のページに手を掛けた。
幽霊と呼ばれた令嬢は呪われ公爵に求婚される @enaganeko
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