第24話 謎だらけの夜
どうして急に症状に襲われたのだろう。
もしかしたらいつものこの症状から解放されたのではないかと密かに期待していたのに、振り出しに戻された気がして目の前が真っ暗になる。
腰を支えられているから立っているけれど、離された途端に座り込みそうだ。
すると、オルランドは無言で動いた。
一瞬、何が起こったのかわからなかった。気が付くと、わたしは横抱きにされて持ち上げられていた。
「えっ! あ、あの……」
「いいから、寝室へ行こう。休んだ方がいい」
「ですが、重いですし」
抗議の声をあげるものの、身体は言うことを聞かない。オルランドは「重くない」と告げて、険しい顔のまま邸へと入っていく。降ろしてと言いたかったけれど、運ばれる振動だけで頭の中がかき回されているような感覚に襲われ、口に出来なかった。
抗えないまま寝室に連れていかれて横にされる。
オルランドはすぐにマリセルを呼び出して、楽な部屋着に着替えさせるように言ってくれ、気を使ったのかすぐに出て行ってくれた。そんな小さな気遣いが嬉しいのに、申し訳なくて素直に喜べない。
それからはただひたすら寝台の中で過ごした。
痛みはないけれど、執拗な気持ちの悪さに苛まれる。それでも、暗くなるにつれて症状が軽くなってきた。
少しくらいは眠れたらしい。
ふと目を覚ますとまだ暗く、周囲は静けさに満ちていた。
「……夜中、かしら」
呟いて体を起こすと少し軽くなっている。
喉が乾いたので、水差しの置いてあるテーブルへ向かう。すると、窓の方が少し明るくなった。誰か外にいるのかしらと思って窓の側へ歩み寄ると、淡く光る大きな玉が部屋に入って来た。わたしはびっくりしたが、驚き過ぎて悲鳴も出ない。
その場でただ固まってそれを見つめる。
すると、微かな声がそれから響いてきた。
『無事で良かった』
「えっ!」
『……まさか、私の声が聞こえるの?』
反射的に驚きの声を上げると、それも驚いたように訊ねてきた。
わたしは「は、はい」と答える。
『怖くないの? あなたを襲う亡霊かもしれないのに……』
そう問われて、わたしはなぜかその光に対して、恐怖を全く感じないことに気が付く。理由はわからないが、逃げようとは思わなかったのだ。
「よくわかりません。でも、怖くはないです」
『そう、嬉しいわ。まさかあなたと話せる日が来るとは思わなかったから』
そう話す声は、優しくてどこか懐かしさのある女性の声に聞こえた。姿は全くわからないが、自分より年上の、穏やかそうな女性の顔を想像させる。
『でも、良かった。私はあなたに警告をしに来たのだから……』
「警告……」
物騒な響きに思わず不安になる。
『理由あってワトリング家では守ってあげられなかったけれど、ここでは守ってあげられる。それでも、私は夜しか動けないし、もしもあなたが刃物や銃で襲われたらどうしようもないわ』
「ど、どういう……そもそも、わたしには襲われる理由が」
『あるでしょう?』
問われて、脳裏にカロリーナの顔が浮かぶ。
たしかに今まで良い扱いは受けてこなかったけれど、いくらなんでも実の姉を殺そうとはしないだろう。
「いえ、ないです」
『なら、自覚して? あなたは複数の人間に狙われているの。今までは部屋にこもっていたから無事で済んだけれど、社交の場に出向けばそうはいかないから』
「ふ、複数?」
今までほとんど人づきあいがなかったのにどうしてそんなことになるのだろう。ふと、オルランドが関係しているのかと思ったものの、彼もわたしと似た境遇にあったはずだ。恨みを買う理由はない。だったら、別の理由だろうか?
『そう、あなたが思うより、あなたは魅力的なのよ』
「み、魅力的?」
『いつかわかるわ。それと、あなたには秘密がある。アンドニの持ち物を調べて……そこから身を守る術がきっと見つかるから』
アンドニとはわたしの父親の名前だ。アンドニ・メルコール・ワトリング子爵。しかし、わたしにあの家に帰る勇気はない。
「でも、もうあの家には……」
『アンドニには別荘があるでしょう? そこに色々あるわ』
たしかに。ワトリング家には小さな小さな別荘がある。狩猟を楽しむためだけの簡素な小屋のような建物だ。ワトリング家が所有するそこそこの広さのある土地に建っている。土地も家も価値が低いらしく、売っても大した金にならないからずいぶん前から放置されていた。
「あの、どうしてあなたはそんなことまで知っているの?」
『それもじきにわかること……私はずっとあなたの幸せを願っている』
声は穏やかにそういうだけで、何も教えてくれない。
わたしが黙り込むと、苦笑したような音がした。
『今日かけられた呪いは解呪したから、楽になったはずよ。ゆっくりとお休みなさい』
「えっ! の、呪い?」
発した疑問が届くことは無かった。
あまりにも多くの謎を残して光は溶けるように消えていく。呼び止めようとしても、触れられるものではなくて、手を伸ばした時にはもうそこには何一つ残っていなかった。
「……あぁ」
落胆そのものが口から零れ落ちる。
わたしは空しい思いのまま、水差しからグラスに水をついで一息に飲み干した。喉の渇きこそ癒えたものの、心の渇きはそのままだ。
なにもかもがわからない。
そもそも、今見たり聞いたこと自体が現実とは思えないのだ。
だというのに、恐ろしいほど体が軽い。
「つまり、今までわたしが体調不良だと、病気だと思っていた苦しみって……」
そこまで口にして、急に怖くなってきた。
だとしたら、わたしは病弱などではなく、長い間呪われていたから部屋から出られなかったということになる。だとしたら一体、誰が、どんな理由で、なんのためにそんなことをしたというのだろう。
わたしに呪いを掛けることが有益になる人間。
思いついたのはやっぱりひとりしかいない。
それでも、ほんの数日前にカロリーナが訪ねてくるまではこんな疑いを抱くことさえなかった。心のどこかで、家族だと思っていたし、信じていた。
まだ実感がわかない。
わたしはふっと息をついて、今の出来事について考えてみることにした。
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