第20話 困惑
ほどなくして王宮に到着したわたしは、出迎えてくれた壮年の上級使用人に招待状を見せた。
使用人は封緘を確認して頷くと、王女殿下のところへと歩き出すのでついていく。しかし、王宮は人の姿こそ多いものの、何かの集まりが開かれている様子はない。
不安に心がむしばまれていくようで、思わず手を握りしめる。
やがて、王宮内にある中庭につく。
いつも置かれている椅子とテーブルはセッティングすらされていない。
ただ美しく季節の花々が咲き乱れているのみだ。
「う~ん、おかしいですね。お茶会を開くとしたらこの庭になるのですが、何も用意されていませんし……」
「でも、これは間違いなく王家の方からのものですよね?」
「はい、間違いありません」
壮年の男性は頷く。
「少しお待ちくださいませ」
「はい」
不安な気持ちのままぼんやりと花を見る。
やはり、オルランドの言うことをきいておけばよかったのかもしれない。けれど、王家の人間しか使えない封緘が押された手紙は無視できない。
悪くすれば不敬罪になるかもしれないからだ。
少しすると困惑顔の男性が戻ってきて言った。
「王女殿下に確認しようと思ったのですが、どうやらご公務で留守にされているようでして……その……」
「わかりました。正直、何がどうなっているのかわかりませんが、今日は帰ります」
「申し訳ございません」
「いえ、あなたの責任ではないので」
そう答えながらも、胸の中にもやもやが溜まっていく。
一体何がどうなっているのだろう。
そもそも、こんなことをして何の意味があるのだろうか。
脳裏によぎったのはカロリーナの顔だった。
しかし、わたしはすぐにそれを否定する。
単なる嫌がらせにしては手が込みすぎている。何より、勝手に王家の物を使えば処罰されるだろう。そんな馬鹿げたことをするほど、カロリーナは馬鹿ではない。
けれど、今わたしに嫌がらせをしたいと思っているだろう人間が彼女しか思い浮かばない。
わたしは去っていく使用人の背を見ながらしばらく動けなかった。
苦しかったのだ。
微かに風が吹いて、花の香りがする。それで少しだけ気持ちが落ち着いた。わたしは息をついて、帰るべく入口へと戻るために足を踏み出す。
その時、不意に声を掛けられた。
「あれ、エルミラ嬢じゃないか? どうしたの?」
「あ、ロセンド殿下……」
今日は礼装ではなく、比較的飾り気のない姿だ。
それでも、彼の輝くばかりの容姿は際立っているのだから羨ましい限りではある。
「それ招待状? 少し見せて貰ってもいいかな」
「え?」
考える間もなく、手にしていた招待状を取られてしまう。
「おかしいな、妹は今日留守にしている……もしかしたら日付を間違えたのかもしれない。結構抜けているところがあるから。後で私から聞いておこうか?」
「あ、いえ……そこまでしていただく訳には」
「いや、無駄足を踏ませてしまったようだし、そのくらいはさせて欲しいな」
そう言われてしまってはいいえなどと答えられるはずもない。
「あ、ありがとうございます」
「良かった。ああ、そうだ、ひとつ聞いていいかな?」
「何でしょう?」
「君って本は読むかい?」
唐突な質問に、わたしは首を傾げつつ答えた。
「はい。物語が多いですが、様々な学術書も少しは読みます。あまり難しいのはさすがに読めないですし、他の国の言語ですと読めないのですが」
部屋にこもることの多かったわたしは、持て余した時間で良く本を読んだ。
とはいえ、本は高価だ。父の蔵書が少しあったくらい。
あまりお金も無いので、くりかえし同じ本を読んだものだ。
「そうか! それじゃあ無駄足を踏ませた罪滅ぼしに、王宮の図書室に案内させてくれないかな?」
突然の提案にわたしは急いで首を横に振った。
「そんな、恐れ多いです」
王宮の図書室ともなれば大切な資料なども置かれているはず。
たかが下級貴族の娘が気安く入って良い場所ではないだろう。しかし、ロセンドは心底嬉しそうに笑いながら言った。
「そんなことないよ。と言うよりも私が勝手に見せたいんだ。皆知っての通り、私はかつて存在した魔術について調べているんだけど、誰も話を聞いてくれなくて……誰か話し相手になってくれないかなと思っていたんだよ」
「はあ、そうだったんですか」
それならば別に断る理由もない。
わたしは言った。
「そういうことでしたら、ご一緒します」
「良かった! 嬉しいなあ」
本当に話を聞いてくれる人がいなかったらしい。
ロセンドはこちらが思わず顔を赤くしてしまうような、明るく輝くような笑みで無邪気に言った。わたしは思わず視線を逸らしてしまった。
オルランドの陰のある美貌とは異なり、こちらは光輝くような美貌だ。
彼を一目でも見たことのある女性なら、たいてい目を疑うくらい容姿が良い。そこへそんな無邪気に笑われたら心臓に悪い。
恋愛感情など全く無いけれど、勝手に心を持って行かれる。
この人生で関わることなんてほとんどないだろうと思ってきたので、余計に感じるのだ。
―――なるほど、カロリーナが彼に執着する訳だわ。
けれど、それほどの容姿を持ちながら今まで特定の女性と仲が良いという話は耳にしたことがない。まあ、わたしはほとんどひきこもっていたから、知らない間にそういうことがあったのかもしれない。
ただ、もしそうならカロリーナが荒れていたただろう。そんなことは全く無かったので、推測してみただけだ。
「じゃあついてきて、そうだ、厨房に寄って後で何か持って来させよう。よければ食事も摂っていくといいよ、ああ、嬉しいなぁ」
それを聞きながら、わたしは困惑した。
さすがにまだ明るいうちに帰りたいし、夕食はオルランドと摂るつもりなのだが、なんとなく口に出せないまま、わたしは彼のあとについていった。
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