第18話 特別な気持ち


 けれどオルランドは少し苦しそうな顔をする。

 単純にお礼を言っただけなのに、彼がなぜそんな顔をするのかわからなくて、わたしはもしかしたらまた間違ったのではと不安になった。

 すると、それを口にする前にオルランドが言った。


「君がそれほど苦しむ前に、追い返すべきだった。知らなかったんだ……次はこんな思いをさせないから、ずっとここにいて欲しい」


 懇願するような言い方に、わたしは思った。

 もしかしたら、わたしはここでは必要とされているのだろうか?


 今まで一度も誰かに求められたことなんか無かった。むしろ、邪魔者扱いされてきたから、ずっと死んだ方がいいのではと思っていた。

 でも、ここにはいていいのだ。


 そう考えると、心の底があたたかくなったような気持ちになった。


「いさせて下さるのなら、嬉しいです。少しでもお役に立てるように努力しますね」

「努力? 僕は君を雇ったわけじゃないよ? ただ、ずっと側にいて欲しいだけだ。役に立とうが立つまいが関係ない……君が好きだからどこにも行って欲しくないんだよ」


 突然の告白に、わたしは目を瞬いた。


 絶対に結婚するからとは執拗に言われてきたものの、その理由まではあまり深く考えなかった。きっと顔のせいで、他の令嬢と接する機会を持てなかったのが理由なのかなと軽く考えていたのだ。


 まさか、好意を持たれていたとは思わなかった。

 少なくとも、好んでもらえるような人間ではないと思って生きて来たので、慈悲をかけてもらっただけだろうと思っていたのに。


「好き、ですか?」

「そうだよ」


 ほぼすぐに返って来た肯定に、わたしは返事に詰まる。

 今さら気づいたけれど、わたしはオルランドに対して特に恋愛感情らしきものは感じていなかったのだ。もともと貴族の結婚など、家柄同士で決まってしまうことが多いから、恋愛なんて意味がないとすら思っていたから、考えもしなかった。


「だからここにいて欲しい」


 率直すぎる言葉に、わたしは少し罪悪感を抱いた。

 それでも嘘はつきたくない。

 何より、恋はしていなくとも彼の人柄には好感を抱いている。彼が望むのなら、わたしはそれに応えたいと思った。


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きますね」

「うん、もう怖い思いはさせないように守ると約束するよ、一生ね」

「……ありがとうございます」


 結局同じセリフを繰り返すしか出来ない。

 すると、オルランドはふっと笑った。


「お礼を言われてばかりだ」

「それが本心ですから」

「うん、今はそれでもいいよ。とりあえず、しばらく来客は断ろう。もう返事をしてしまった集まりには行かなければいけないけど、無理しなくてもいい」


 わたしは首を横に振った。


「無理じゃないです! せっかく今まで経験出来なかったことが出来るようになったんです、ちゃんと令嬢として、いえ、公爵夫人としての振る舞いを学べるまたとない機会ですし、ですから、断らないで下さい!」


 思わず勢い込んで答えたあとで、少し主張しすぎたかもと思ったものの、オルランドは少し面食らったような顔をしてから笑ってくれた。


「君が出たいと言うのなら僕はむしろ歓迎するよ。君が公爵夫人になるためなら協力は惜しまないよ。何よりそれが僕の一番望むことだしね」

「あ、ありがとうございます」


 お礼を言いつつも、何となく気恥ずかしい。

 それでも、わたしはあの夜会での自分の判断に感謝したくなった。あの時に彼を見て、この人なら拒絶しないのではないかと思ったことだ。


 ほとんど喋ったこともないのに、なぜか憂いを浮かべた紫の瞳に吸い込まれるように声を掛けたこと。それがなければ、わたしは今も小さな部屋で泣いているだけだっただろう。


 彼は本当に優しい人だった。

 だからこそ、わたしでいいのかと思ってしまう。


 それでも、望まれるのなら努力はしたい。


 不安はある。

 でも未来について思い悩むより、今を大切にしたいから、わたしは言った。


「それでも、ありがとうございます。少しでもちゃんとした公爵夫人になれるよう努力します」


 誰かの憧れになるとか、賞賛されるとか、そんなことどうでもいい。

 ただ彼に恥をかかせない人になろう。そんな思いだった。

 すると、オルランドは微かに寂しそうに笑った。


「いつか、お礼以外の言葉も聞けたらいいね」

「え?」

「君が心から僕を見てくれる日が来るように、僕も努力しようかな」


 わたしは首を傾げた。

 なぜそんなことを言うのだろう。わたしから見たオルランドは特に努力が必要な部分があるようには思えない。


 そんな思いが伝わったのだろうか、オルランドは言った。


「君はまだ僕と同じ気持ちじゃないだろう? こうして側にいてくれるだけでも十分嬉しいけど、出来たなら好きになって欲しいから」

「同じ、ですか?」


 少なくとも、オルランドの事はもう好きだ。

 だから彼の言う『好き』とは全く違う感情なのだろう。とはいうものの、そんな特別な気持ちになったことなどないわたしは、どうしたらその願いを叶えられるのかわからない。


 言葉に詰まっていると、オルランドは苦笑した。


「いいよ、急がなくて。どうせ時間はたっぷりあるんだから」

「はあ」

「それより、また近く集まりがある。少し準備しておくと楽になるよ」


 そうだった。

 とはいえ、必要なことはマリセルが大体やってくれるし、何よりオルランドのところへ来てから体調が悪くなったことはない。

 それでも、彼の気遣いが嬉しかった。


「ありがとうございます。それなら、少し準備してきますね」

「ああ、また後で」


 オルランドはそう言うと、手を離してくれた。

 少し名残惜しい気もしたが、いつまでもこうしている訳にはいかない。何より、やるべきことはあるのだ。

 頂いた招待状を書かなければいけない。


 内容に関しては結構頭も時間も使う。

 わたしはオルランドに「はい」と返事をしてから応接間を後にした。

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