幽霊と呼ばれた令嬢は呪われ公爵に求婚される

梅野朔夜

第1話 妹の提案


 周囲のひとにとって私は『見えない』らしい。

 

 ちなみに、その日は食事が用意されていかった。

 ついでに家族も外出しているのか、いなかった。

 一応子爵家の令嬢であるため、使用人たちはいるはずなのだが、誰ひとり起こしにも来なかった。

 食事を並べるはずのテーブルには招待状が雑に散らばっている。

 外からカーテン越しに差し込む午前中の光のなかで、封蝋の割られたそれらを手に取ってみた。

 中には私の名前が書かれたものもあるが、勝手に封蝋が割られていて、手に取ってみると、読んだことのないものだった。


「出かけたのかしら」


 ひとり呟いて、ここにいる数少ない使用人を探そうかと思ってやめる。

 この家にいるのはごく数人の使用人で、この状況なら高齢の婦人と執事くらいだ。他にも若い者が三人ほどいるけれど、彼らは外出についていっているはずだ。


「着替えくらいはしたいんだけどな」


 小さくボヤくが、仕方がない。

 少し体調を崩していつもの時間に起きられなかっただけなのに。

 また忘れられた。


 私はエルミラ・ガレータ・ワトリング。

 十九歳で、ゆるく波打つプラチナブロンドの髪にフロスティブルーの瞳をしている。というと何だか美人のように思えるが、実際はそれほど美人ではない。

 何しろ使用人にすら忘れられるくらい影が薄いから。

 顔色もいつも青白いし、身体も痩せている。


 元々あまり体が丈夫ではなく、社交界にデビューこそしているものの滅多に夜会などには顔を出せない。そのせいか、陰で幽霊嬢と呼ばれているくらいだ。

 別に毎日体調不良でもないから、夜会に出席出来る日もあるにはあるのだが、高額な診療費のかかる医者を呼んでもらうのが申し訳なくて、迷惑にならないよう静かに過ごしていたら、よく放置されるようになったのだ。

 

 理由はわかっている。

 私にはどうしようもない理由だ。

 恐らくうたた寝しているのだろう老齢の使用人を起こすのもかわいそうだし、もう少し休んでいようかと思ったところ、扉の向こうが騒がしくなる。


 しばらくすると大きな足音と複数の話し声がして、扉が開いた。

 現れた美しい少女は少し目を見開く。


「あらお姉さま、今日は起きられたの?」

「ええ、まあ。それより出掛けたばかりじゃなかったの?」

「そう、大切な話があるからって、お母様と一緒におばさまのところへ行っていたのだけど、最悪だったからすぐに帰って来たのよ」

「最悪?」


 美しい淡いピンクの外出着を着たまま、カロリーナは椅子に無造作に腰を下ろす。


「そう、実は私に縁談が来たというのだけど」

「あら、良い話じゃないの」

「相手があのオルランド・マカリオ・バルカザール公爵でも?」


 その名前を聞き、私はああ、と納得した。

 

妹のカロリーナは見目を特に重要視するところがある。

 バルカザール公爵家は王家に連なるほどの名家なのだが、その若き当主であるオルランドはなんというか、少なくとも美男子ではない。


 不細工というほどではないが、鷲鼻で頬がこけ、ついでに一重瞼だ。髪は綺麗な黒髪で、後ろでひとつに束ねていたと思う。ただ、顔を隠すためなのか前髪をとても長く伸ばしていて、暗い印象だ。まだ二十代のはずなのだが、とにかくとても老けて見える。五十代、いや六十代男性と言っても通用するだろう。

 とはいえ、他の貴族男性と比べて特別ひどい容姿ではない。

 いくら貴族といっても美女や美男子ばかりいる訳はない。例えは悪いけれど、中にはじゃがいもや白ナスみたいな人物もたくさんいる。

 彼は体格も良くて細身で腹も出ていないだけ良い方だと思うのだが……。


 ちらりと妹を見やる。

 私より色味の濃いストロベリーブロンドの髪に、濃い青のぱっちりとした瞳。まるでお人形のような作り物めいた美貌を持つカロリーナからすれば自分にはのだろう。

 黙っている私に、カロリーナは鼻を鳴らした。


「まあ、あれね。お姉さまからすれば羨ましい話なのでしょうけど、私はもっともっと、そう、ロセンド殿下くらいの方でないと」


 ロセンド殿下……つまりはこの国の第二王子様である。母親の方にとてもよく似ていて、柔らかそうな栗色の髪に明るいヘーゼル色の目をした穏やかな印象の美男子だ。見た目通り荒事は苦手らしく、兄である王太子殿下が剣の修練に誘っても断っているとか。

 これも妹情報なので、はっきりしたことはわからないが、カロリーナは本気で彼の妻になるつもりのようで、宮廷へ出向くと必ず彼の話をする。

 実際、お似合いだとは思う。

 うまくいくかはわからないが。

 とりあえず、機嫌をそこねると後で怒られるのは私なので、いつものように返すことにした。


「ええ、わかっているわ。あなたはとても魅力的よ。私なんて、嫁げるかもわからないんだもの」

「そうでしょう。あ~あぁ、どうせなら殿下から縁談が来ないかしら」


 夢見るような表情で外を見るカロリーナは確かに綺麗だ。ドレスのセンスもとても良いと思う。他のご令嬢たちもこぞって彼女の真似をしていることを知っている。

 私のような亡霊とは何もかもが違うのだ。


「けど、公爵からの求婚かぁ、断るなんて良くないわよね」

「そうね」


 妹の話に本気で付き合うと疲労する。

 私は適当にあいづちをうった。


「そうだ! おばさまは別に私じゃなきゃだめだなんておっしゃらなかった事を思い出したわ。ワトリング子爵家の令嬢に話が来ているとだけ言っていたのよね」

「そうね」

「つまり、お姉様でも構わないのよ」


 流石にひっかかった。


「ねえ、お願いよお姉さま。私の代わりに公爵とお会いになって下さらない?」

「え、でもお話があったのはあなたなのでしょう?」

「だからぁ、今言ったでしょう? ワトリング子爵家の令嬢に縁談が来たんですってば、私を指名しているわけじゃないのよ。ね?」


 起き抜けで、ようやく体調が回復したばかりの姉に対しての言葉ではない。通常なら。しかし、ここではそれがまかり通って来た。


 両親は美しいカロリーナと跡継ぎの兄の方が大切らしい。

 何かとお前は金がかかるからと我慢させられてきた。


 それでも仕方がない。

 実際私は良く体調を崩す。その都度医師を呼び、高額な薬を買わされるのに、まともなところへ嫁げるかもわからないのだ。

 手を掛ける意味が見つからないのだろう。


 そう、この子爵家にとって私は厄介者だった。



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