第6話 チュートリアル開始



「お待たせ致しました、マイ・マスター。真水化作業が問題無く終了致しましたのでチュートリアルへ移行させて頂きます」



 …おいおい? もうちょっと休憩させてくれん?

 俺もう度重なる給水作業で腰と膝がガックンガックンなんだけど?

 鬼なの? オナポットならぬ鬼ポットなの?



「なさけないオスなのだ! オナポットが困っているだろうなのだ。さっさと立つのだ!」



 鬼はもう1匹いたようだな。

 いつの間にそんなギョロ眼と仲良くなってんですかパラスさん?



「では、先ず投入口の縁にボタンがあります。どれでも構いませんので押してみて下さい」



 ボタン? ああ、この鍋部分とちょっと反ってる縁部分との接着か固定の為だと思ってたリベットみたいなヤツ…ボタンだったのか。


 俺が適当にそのひとつを押し込む。

 すると、そのボタンが仄かに発光し、やがて錆色から鮮やかな水色へと変化する。



「ポーション作成において最も基本的である溶剤“水”を登録しました。以降のポーション作成時ではこの溶剤を無尽蔵にお使い頂けます」


「水が無尽蔵なのだ!? 一体どういう仕組みになっているのだ!」


「……パラス様。規定により詳細はご説明できかねます」



 御都合主義で何より。

 これで毎度俺が井戸からヒィヒィ言ってバケツマラソンしなくても良くなったってことだ。


 俺は下らん細かなことにはあまり拘らない柔軟な思考を持つクレバーな男。

 そうでもないと世の中の理不尽でハゲちゃうからな。

 気をつけないと(恐怖)



「マイ・マスター。どのようなポーションをお望みですか?」



 いきなりだなあ~…でも確かにポーションって何だあ?(無脳)


 大概はHPとかMPを回復させるとかRPGロープレのイメージしかない。



「ではワタクシから提案させて頂きます。――“頭が良くなる”ポーションを手始めに製作してみましょうか」


「頭が良くなるのだ!?」



 ……いきなり凄いヤツきちゃったなあ。

 めっちゃ軽く提案してっけど、パラスさんが目を剥いて驚いてんぞ。

 “頭が良くなる”って文言自体がもう頭悪い気がしてならんのだが…?



「オナポット!そんな魔法薬は作るもんじゃないないのだ! きっとろくなことにならないのだ!」



 にしても割とガチでオコだぞパラスの奴…。

 聞けば“頭が良くなる”効果のあるポーションの研究は大昔からやってんだと。


 ――が、未だ成功が公に認められたことがない難物。

 能力向上系…つまりバフだな? 一時的に筋力や敏捷性を強化するポーション自体はかなりポピュラーで啓蒙も進んでいるらしい。


 だが、知性や精神を強化するのは困難極まるんだそうで、上記のバフ系にすらある副作用がその比ではないらしく、効果の有無以前に精神に異常をきたしたり、最悪廃人になってしまった例に枚挙が無く、どれも悲惨な結果に終わってきたという黒歴史があるそうでして。


 つまり、“頭が良くなる”=胡散臭いってことだな。



「では、マイ・マスター。プロンプト・モードを開始します。キーワードは音声で入力されますので、“頭が良くなる”と唱えて下さい。どうぞ」


「ぷろん、ぷと? とは何なのだ?」



 AI画像自動生成みたいな感じか?

 にしても音声入力とは変な感じだな…スマホのアレ機能もあんまり使わなかったしなあ~。


 俺だって正しく説明できんので、パラスには魔法の呪文だとテキトーに説明しておく。


 俺が指示通り発生すると鍋の水面に“頭が良くなる”と表記された。



「次に水面の“生成”をタッチして下さい」



 その下にある“生成”を恐る恐るタッチした。



「ではこの内容で生成します。生成条件検索中…… *ヴィイイーーン ピッ ピッピカポコン* 生成条件を満たすように素材を投入して下さい」



 数度、青く発光を繰り返した水面には…――



◆レベル:知性 0/100



 と、表示されているだけ。

 え? コレだけか? 具体的な材料とかは指示はくれないのか?



「マイ・マスター。最初は難しく考えず求められたレベルに関連しそうなものを素材として投入してみて下さい」


「うぅ~…師から教わった錬金術師の精製方法とまるで別物なのだ!」



 そうなの? いや、そりゃ目玉がチュートリアルしてくれてる時点で別物か。


 何でもパラスも十全には理解していないそうだが、錬金術師の基礎的なポーションの作り方としては、“万能溶解液”なる怪しい代物を用いて必要な要素を素材から抽出または合成する。

 その後、試薬なり薬液で希釈したもので効果が認められるものが一般にポーションと呼ばれているようだ。

 まあ、余程特別なものでない限り、希釈液は単なる水か油であるそうだが。


 だが、問題は素材だ。

 俺は鍋に入れることができるものなどハナクソくらいしかない。

 流石にそんなものからポーションができるわけないだろう。


 俺はそっと潤んだ瞳でパラスを見やる。



「む~…パラスの薬草は貴重だからあげないのだ! …あ。ちょっと待つのだ」



 俺の視線から庇うように薬棚に焦って張り付いた彼女だったが、何か思い出したかのように小屋の隅にある積み上がったガラクタめいた山の中からゴソゴソと麻袋を引っ張り出してきた。


 俺の目の前で麻袋の中身を床にぶちまけた。


 ………? 何だコレ。


 黒っぽいゴロゴロとした拳ほどの大きさの塊だ。

 形は様々だが、表面は完全に乾いている。


 俺はその中で一番大きなものを手に取った。

 それらの塊の中では特にボコボコとした凹凸と皺がある。


 …キノコか何かか?



「キノコじゃないのだ。内臓・・なのだ」



 え。



「パラスはあんまり使わないが、薬師も錬金術師も割と好んで生き物の干した内臓を材料に使うのだ。常識なのだ。それなりに価値があるものと師が言っていたから捨てずに取っておいたのだ。因みに。お前が持ってるのは脳味噌・・・なのだ。まあ…のものかまではパラスにも判らないのだ」



 ヒィエエ!?

 俺は思わず手にしていたものから手を離してパラスに笑われてしまったが…。

 脳味噌なんて初めて触ったんだから無理ないでしょ~よ…?


 いや、待てよ?


 脳味噌、コレでいいんじゃないのか?

 コレ、使っていいんだよな。



「パラスは要らないから別にいいのだ…けど、どうせそんな古い脳味噌じゃ失敗するに決まってるのだ!」



 御赦しが出たので迷わずオナポットの中にドボンする。

 てか、それ以上触りたくなかったもんで。


*ボシュウゥウウウーー!!*



◆レベル:知性 2110/100



 おわっ!? 思った以上の素材パワーだ。

 よっぽどインテリの脳味噌だったのか?



「師が昔に闇市で格安で手に入れてきたと言っていたからパラスも詳しいことは特に知らないのだ! …な、何か金色になっているのだが、大丈夫なのだ?」 



 確かに大きく条件値を超えてしまったせいか鍋の中身が大変荒ぶってらっしゃる上に黄金・・に輝き出しやがった…。


 いや、パラスさんや。

 俺だってこれから何が起こるか判らんから怖いんだぞ?



「レベル条件を満たしましたのでポーションを生成します」



 流石チュートリアル。

 オナポットさんは平常運転でらっしゃる。

 しかも、何故か鍋の下で勝手に火が煌々と熾っている。

 どうにもそういう演出らしい…。


 要る?

 

 すると、1分後には鍋部分の横っ腹からドリンクサーバーの注ぎ口みたいな栓が出現した。



「そこにポーションを充填する容器をセットして下さい。大小問わず対応できますが、内容量に合わせてポーション濃度が変化しますのでご注意下さい」



 流石に瓶までサービスはしてくれんか。

 パラスに空き瓶が欲しいと言うと、円筒形の100ミリリットルくらいの小さな瓶をくれたのでそれをあてがう。

 勝手に栓の口が瓶に吸着し、唸りの機械音を上げながら中身が注がれていく様を俺もパラスもじっと黙ってみていた。


 注入作業が完了した音が鳴ったのでそれを引き抜く。

 キュポン!と小気味よい音を立てて瓶が離れた。



「お疲れさまでした。これにて基本的なチュートリアルは完了です」


「ほ、本当にコレが魔法薬なのだ?」



 

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