Ⅱ 檻暮らし

第4話 この世で一番治安の悪い天国のような場所



「浮かない顔じゃないか少年? 安心しなすンぐ慣れるヨォ~。なんたって此処は、この世で一番治安の悪い天国のような場所…なぁーんてナァ! ウハハハッ!」


「煩いのだ、ドリアン! 今はお前のような輩に構ってる暇はないのだ!」



 さあ! やってきましたよ!


 ――この城塞都市グリフォンヘッドのに俺がね?


 要塞に群がってきた有象無象を野放しにするよりは囲って見張ったほうが安心じゃね? みたいなノリで造られたというの城下とは異なるもう一つの裏の街・・・


 さて、どんなアングラな場所かと俺が恐怖と緊張と吐き気と若干の尿意からガッチガチのドッキドキ。


 ……だったんですけどぉ~?



 …いや、割かし普通じゃん。



 ああ、このいきなり絡んできたターバンとフンドシ一丁の変態男は明確に除外しとくぞ?

 寧ろ、ここまでの道中で新参者である俺への明確に悪意のある視線は感じはしなかったし。

 確かに、建物が密集して路は狭いし、ちょっと薄暗い箇所が多かったり、そこ行くガラの悪そうな連中の割合が外の街中と比べるまでも無く多いが、絡んできやがったのはこの変態が初だ。

 女性や子供も普通に出歩いている。


 …ただまあ。暮らし振りは数段下って感じだが。

 これがいわゆるスラムとかって呼ばれる場所なのかね?



「なんでぇ~つれねぇナァ? おっと、オイラは怪しいモンじゃあネェ」



 いや、怪しいぞ。

 俺がこの異世界から来てからトップクラスの怪人物、いや、変態だ。



「ドリアングレイってモンでヨォ~。“馬鉄の門”の近くで油を売ってンのサァ」


 油を売ってる? 暇なのか…?

 あ。油を取り扱って商売してるってことか!

 …紛らわしいなあ~…だから見た目もテカってんのか?


 因みに、馬鉄の門ってのは俺が通ってきた施錠門のことだのこと。

 馬鉄の門真南に位置して、他の外と出入りできる門はグルっと時計盤の数字のような並びで全部で12門あるんだそうな。

 こんだけ出入り口があるんなら、ポーキーが言った通り…本当に閉じ込められているということではないようだな?

 

 だがなら…あの厳重そうに見えた警戒具合は一体?



「油なら燃料? 揚げ物? 機械油? 調合液? オイルマッサージまで何でもござれってわけヨォ」


「おい、止めておくのだ。そいつはアコギな奴で廃油・・をこっそり混ぜてかさ増ししているのだ」


「うぉおおい!? 滅多な事を言うんじゃねぇヨォ! ち、違うぞ? 違うからナァ~~…!」



 変態油屋は周囲から冷ややかな視線を浴びて叫びながらその場から逃走していった。

 恐らく、思い当たる節があるんだろう。



「全く、外から来たサルびとの商人は皆あんな奴ばかりなのだ!」



 さ、サル…?



「何を変な顔をしてるのだ? お前の種族の事なのに、そんな事も知らないのだ? まあ、獣の猿のように尾も無ければ毛皮も無い半端者なのだ」



 ……深くは考えんとこう。


 それからも黙って彼女の後ろを付いて歩く。

 にしても…獣人かあ。

 

 彼女、名前はパラスだったか。

 齢は…正直判らん。

 俺よりは若そうではある。

 この世界に来てから子供以外で初めて明確に俺より背の低い人物かもしれん。

 二足歩行で立って歩く彼女は恐らく140足らずか? 小学生並だな。

 そういや、俺も大分背が縮んだ感じだ…160位かなあ。

 チクショ~あのチャラ神が唯一の俺のモテそうな身長を奪いやがって…(哀しみ) 

 まあこの世界の人間が外国人規格っていうか無駄にデカイってのもあるかもな。


 彼女はふぁっさあ~な尻尾を垂れ下げ(しかし、地面には付かず、移動時も微動だにしない超バランスだ)、黒っぽいマントとその下のポーチ型の背嚢以外はマイクロフンドシ(ここ重要)めいたもの以外何も身に着けていないというかなりの野生児スタイル。


 あ。そういや、俺の上着ローブも黒っぽいからちょっとしたペアルックみたいだな?



「……チッ。ここで裸にされたいのだ?」



 怒られた…つい口が滑っただけじゃん。

 え? コレってセクハラ? 異世界セクハラ案件なの!?


 ちょっとだけ尻尾を振ってたから、少しはウケたかと思ったんだが?

 イライラしても尻尾を振るのかもしれん。

 今後は気を付けよーっと…(※彼女から視線を逸らして)



「ここなのだ」



 ちょっと俺が質問したりして道草もあったけど、正味1時間ほど歩くと次第に建物が疎らになった閑散とした場所にポツンと1軒の小屋らしきものが建っている。


 ……結構ボロボロだね。

 近くには井戸と雑に積まれた薪束以外は理解不能なガラクタか……まさか生き物の死骸か? 余り直視したくないものもあるっぽい。



「パラス達の持ち物だが暫くお前にも貸してやるのだ」



 おお! ここが俺のマイホーム(※でなない)か…!


 ん? パラス、…?



「正確にはハイエナ族の群長むれおさ、パラスのジジイのものなのだ。ただ、ジジイは……巣穴から動けないから明日挨拶に行くのだ。お前が置いて貰えるかどうかはジジイ次第なのだ」



 おおぅ…また面接か…う! 昨日、俺のガラスハートに受けた古傷が疼くぜ。


 だが、とりま小屋の中へと俺達はダイレクトお邪魔します(だってドアが無いんだもんよ…)


 中は狭い上に良く解らんものがギッシリと棚に収納されていたり、真新しく壁や天井に吊るされたりしていて、床も割と散らかってかなり生活感バリバリな感じだった。


 多分、パラスは片付けとか得意じゃないタイプだろう(偏見)



「先に言っとくのだ。ジジイ達は昔の戦争以前からサル人が嫌いなのだ」



 地球人ですよ? ってのは通じないよね? はい。



「だが、旦那に頼まれたからには、そのジジイを納得させるのだ。その為の準備として先ず、錬金術師だとかたわけたことを名乗るオスガキ。お前の正体を見定める事にするのだ…」



 パラスはその金色の瞳をギラリと光らせて俺にそう詰め寄ってきた。


 きゃ! 怖い…(ガクブル)



 やれやれ。やっとコイツ・・・の出番だな…!



 

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