第3話 マサヒトの帰郷

 マサヒトが再び意識を取り戻したのは、ガタガタ揺れる馬車の荷台の上だった。夜空に浮かぶ双月の光を見て、マサヒトは自分が戦場で倒れたことを思い出した。


「ここは……そうだ俺はあのとき倒れて……そうだサーシャは!?」


 マサヒトは飛び起きると同時に三八さんはちを手探りで探す。三八は右手の届くところに置かれている。


「よぉ坊主。目が覚めたか? もし歩けるなら、そこから降りてもらえると助かる。他にも怪我人が多くてな」


 荷馬車について歩いていた髭面の男が、マサヒトに声を掛けた。


「すみません。歩けます」


 マサヒトは三八を手にすると、荷台から飛び降りた。一瞬、よろめいたものの、足腰の状態に問題はなく、すぐに髭面の男に並んで歩きはじめる。


「助けて下さったのですね。ありがとうございました」


 そう言ってペコリとマサヒトが頭を下げると、髭面の男は軽く首を振った。


「それが俺の仕事だからな。気にしなくていい。まぁ、礼がしたいってのなら断ったりしねぇが、酒が一番ありがたいな」


 そう言って髭面の男は、マサヒトに向かって笑顔を見せる。


 お互いに自己紹介を済ませると、髭の男ゴルドバーグは、マサヒトを回収したときの状況については話してくれた。


「お前の傍に倒れていたお嬢ちゃんの遺体は回収できなかった。なにしろ何もかもが混乱してたからな。お前の仲間だったなら申し訳ない。埋めてやることもできなかった。ただ遺体は……その……マントを掛けておいた」


 そう言ってゴルドバーグはマサヒトに頭を下げる。


 ゴルドバーグが言い淀んだ言葉で、マサヒトはサーシャが本当に死んでしまったということを思い出した。


「サーシャ……その女の子の名前です」


「そうか……」 


「ゴルドバーグさん、ありがとうございました。ぼくの大事な友達のために……あり……がと……う゛……」


 お礼を言い切る前に、マサヒトは嗚咽を抑えきれなくなってしまった。


「あぁ……」


 肩を震わせるマサヒトの背中をゴルドバーグは優しく叩き続けた。




~ 帰郷 ~

 人類軍に義勇軍部隊の壊滅を報告を済ませたマサヒトは、軍から離れ帰郷することを許された。


「本当に行っちまうのか?」


 マサヒトがゴルドバーグに別れを告げると、彼は優しく気遣うようにマサヒトの肩を叩く。声に若干の寂しさが滲み出ていて、それがマサヒトにはとても嬉しかった。 


「もう俺のいた部隊は全滅してますし、軍の方からも離脱の許可をいただいてます」


 撤退中の人類軍部隊がアシハブア王国の国境近くに到着したとき、マサヒトは故郷の村に戻ることを決めたのだった。


「戦争が落ち着いたら、酒瓶を持ってゴルドバーグさんのところへお礼にお伺いします」

  

「待ってるぜ。だから絶対に死ぬんじゃねーぞ」


 マサヒトはゴルドバーグと固い握手を交わした後、三八を脇に抱え、祖父から教わった敬礼の姿勢をとる。


 そのままゴルドバーグの部隊が去って行くのを見送った後、家路に向かおうと振り返ったマサヒトは、人類軍の隊列のなかにモリトール子爵の姿を見つけた。


 あれだけの激戦にも関わらず、モリトール卿の鎧は、傷も血糊も汚れさえもなく、まるで磨きたての鏡のように光りを放っていた。その白馬さえ、これから凱旋式にでも参加するかのように、美しく飾られている。


 マサヒトは足を止めて、馬上のモリトール卿をにらみつけた。


 義勇軍部隊を囮にして、自分たちだけ逃げ出したモリトール隊。


 彼らは人類至上主義者の集まりと言われているが、実際にはそうではないことをマサヒトは身をもって知っていた。


 彼らはアシハブア王国の貴族こそが至上の存在であると、本気で考えている狂信者の集まりであった。


 このモリトール隊が、魔族や亜人に対する拷問を楽しんでいることは、公然の秘密である。


 マサヒトは所属する義勇軍部隊がモリトール隊傘下に加わえられてしまったことで、知りたくもなかったその真実を知ることになる。


 モリトール隊の連中は、ただ他の種族を見下しているだけではなかった。


 同じ人間であっても、他の民族や貧しい者たちを見下している。ただ見下すだけでは飽き足らず、痛めつけることを楽しんでいるような連中であった。


 このラーナリア大陸では珍しい黒髪黒目のマサヒトも、当然彼らに目を付けられてはいた。


 小さな嫌がらせは山のようにあったが、それだけで済んだのは、マサヒトが彼らも認めざる得なかったほど、多大な戦果をあげていたからに過ぎない。

  

 マサヒトの殺意の籠った視線に気づいたのか、モリトール卿が一瞬だけ目をマサヒトに向けた。


 しかしすぐに目を前に戻すと、そのままモリトール隊と共にアシハブア王国へ向かって進んでいった。


 マサヒトの方も、モリトール卿に罵声を浴びせるでもなく、ただ黙ってその背中を見送った。


「痛……」


 激しい戦いで受けた傷はまだ塞ぎ切ってはおらず、身体のあちこちに巻かれた包帯が血で滲む。一歩進む毎に、身体のどこかしらかが悲鳴を上げた。


 しかし、それでも故郷へ向かうマサヒトの足は歩みを止めることはなかった。


 サーシャの死を、仲間の死を伝えなければならない。


 彼らの死を村に伝えること、彼らが最後まで勇敢であり続けたことを伝えることが、今のマサヒトが生きる理由そのものだった。


 人類軍は撤退しているが、多くの人々はこれが負け戦であると考えている。それほど皇帝セイジューの率いる妖異は強力で恐ろしい存在だった。


 だがドランでの大戦の結果、皇帝は傷を負い、巨大な妖異の殆どが戦場で死んだと言われている。これが本当なら、実質的には人類軍の勝利であると言えるだろう。


 サーシャを始め義勇軍に参加した村の仲間たちは、その死をもって人類軍を勝利に導いたのだとマサヒトは考えることにした。


(一人だけ生き残ってしまった俺を村の人たちは、罵倒するかもしれない。それでも構わない。サーシャや仲間たちが、皆を守るために戦い尽くしたことを伝えられるなら、それでいい)


 マサヒトはただ無心に歩き続けた。


 そして、ついに故郷の村に到着したマサヒトは、それを目にする。


 誰一人生きている者のない、


 焼け落ちた村の残骸を――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

拾った妖異が美少女に!? 二人で始めるスローライフな村づくり! まだ子づくりするのは早いってば! 帝国妖異対策局 @teikokuyouitaisakukyoku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ