Ⅱ - 5 本当に……、
なんで。
どうして。
疑問が雪崩れ込む。
これはなに。
私はなにに怯えているの。
身体が震えてしまいそう。
怖い。わからない。わからない。本当にわからない。本当に、本当に……? 本当に、私は––––
本当に私は、みんなに見てもらえているの?
不意に浮かんだ疑問が、私を強く捕らえる。
今も、ホームルームのときだって、そうだ。
私はみんなに見てもらうため、私自身を演じた。
みんなの期待する丹花一香をつくりあげようとした。
でも、時雨は違う。
時雨は周りの期待なんて無視して、自分のままを貫いた。それでも、みんなから見放されることはなかった。
時雨はみんなに見てもらえている。
演じていないから、時雨そのものを、見てもらえている。
なら。
私は…………
––––大丈夫だよ。
声がした。
聞き馴染みのある、幼い声。先ほどの手の主だと本能的に理解する。今度はその手は心臓ではなく私の両頬を包んでいた。
ずっと目を開けていたはずなのに、瞼が開く感覚がする。目の前に顔がある。夢で見る、あの頃の、幼い私の、顔。
––––大丈夫。あなたは今まで通り、期待に応え続ければいいの
今まで、通り……
––––みんなの期待に応えて、みんなに見てもらえる丹花一香になればいいの
でも、それって、私を見てもらえていると、言えるのでしょうか……
––––見てもらえているでしょ。なんの迷いがあるの?
……みんなが見ている私は、本当に、私、なのでしょうか?
––––答えは出てるじゃない。あなただって見てもらえている自覚はある。それになんの不満があるの? 本当だろうとなんだろうと、見てもらえていることに変わりはない。それとももう、見てもらえなくていいの……?
それは……
––––またあの悔しさを、悲しさを、味わうの?
…………嫌です
––––だよね? それに今までだってそうやって生きてきたじゃない。ほら、去年の球技大会だってそう。絢芽と知り合えたのも、時雨と穂垂と四人で仲良くなれたのも、あなたがみんなの期待に応えたからでしょ?
そうだ……。思い出した。
なんでもできそうというイメージだけで、私は去年、球技大会のチームリーダーを任された。
でも私はバレーボールを授業でしかやったことがなかったので、他人にコーチングするような技術はないし、そもそも自分がチームの力になれるかどうかも不安だった。だから動画を見たり、バレー部だった中学時代の友だちにコーチを頼んだりして、必死に練習した。みんなが望む丹花一香を演じられるように、自分を変えた。
その結果、私たち四人は今の関係を築けた。
時雨と穂垂と絢芽。
今年一年間、きっと私たちは高校生活の三分の一という決して少なくない時間のほとんどを、四人で一緒に過ごす。
三人のことは大切だし、三人もきっと私と遠からぬ思いを抱いてくれている。
そんな関係を築けたきっかけを、結果を、否定するなんて、私にはできない。
だから、これでいいんだ。
何も、間違っていない。
気づけば幼い私の顔は消えていて、花の香りがしていた。
瞬きをすると時雨が不思議そうに首を傾げていた。黙ってしまった私を心配する香り。
「……すみません。ありがとうございます。あまりにも時雨が嬉しいことを言ってくれるものですから、すぐに言葉が出てきませんでした」
窓の外の花壇に負けない誇らしげな笑顔を時雨に向ける。
「ほんと? それならよかったよ!」
時雨も笑顔を咲かせてくれた。そうして私たちはまた歩き出す。
「一香の育てたお花、見るの楽しみだなー」
もうほとんど花壇は見えないけど、時雨が言った。
「立候補したからには、きちんとみんなを魅了する花を咲かせないとですね」
「んふふー。期待してるよ、一香!」
時雨から別の香りが華やぐ。私はその香りに負けない自信をつくる。
「ええ。任せてください」
時雨も、きっと他の人も、私に期待を向けてくれている。
丹花一香を、見てくれている。
そう。これで、いいんだ。悩む必要なんかない。
私は、こうやって生きるとあのとき決めて、そう今まで生きてきた。
だから、間違ってない。
私は、みんなの期待に応えるため、みんなの期待する私になる。
そして、みんなに見てもらう。
それだけで、いい……。
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