Ⅱ - 4 私のイメージ。
椅子を引く音の夕立が降り注ぐ。一部の運動部はその中をはしゃぐように駆け出していく。先ほどまで机に突っ伏して寝ていた絢芽も「んじゃあまた明日な!」と大きく手を振り、先にグラウンドに走った男子たちを追い抜かす。「また明日」となんとか返した私の声が届いているかはわからない。
「私たちも行こっか」
「そうですね」
「帰りにコンビニ寄っていい? プリン食べたい」
穂垂と時雨と他愛もない会話をしながら、ゆっくりと教室を後にする。
途中生徒会室に向かう穂垂と別れ、私と時雨は二人で昇降口を目指す。
「お、日向と丹花じゃん。おつかれ」
二人になっても喋喋喃喃とおしゃべりを続けていると、階段で運動着に着替えたクラスメイトの男子たちに声をかけられる。先ほど時雨をいじった二人だ。
「お疲れさまです。部活頑張ってくださいね」
「癒し系の丹花に言われたら頑張れるわ、ありがとう!」
「そんな、癒し系だなんて……」
「日向、侍なんだったらうちの顧問斬ってくんね? そしたら俺も頑張れるし! 練習メニューハードすぎんだよ」
「え、嫌だよ。侍は無駄な殺生をしないの。だから勝手に頑張りなよ」
「相変わらずノリいいのか悪いのかわかんねー。まあ頑張るけどよ。じゃな」
そんな会話をそれぞれした後、男子二人は笑みを浮かべて手を振り階段を上がっていく。
私は彼らの姿が見えなくなるまで見送っていたけど、時雨は先に階段を降り始めていた。嫌な花の香りはしなかったので、私も階段を降りる。どうしてだか、いつもよりその足取りは慎重になった。
「やっぱり、一香はすごいよ」
追いついて隣に並ぶと、窓から見える中庭の花壇を横目に時雨が言った。
「どうしたんです、急に」
「みんなさ、クラスが替わったばっかりなのに、一香がどんな人かっていうイメージを、ちゃんと持ってた」
時雨はいつものひまわりの笑顔ではなく、しっとりと花開くカーネンションのような微笑みで続ける。なぜだかまっすぐ見るのが怖くて、気づかれないように時雨越しに見える外の花壇に目を遣る。色とりどりの花が誇らしげに咲いていた。
「そりゃあ中にはイメージと全然ちがうよ、っていうのもあったけど、ほとんどが、優しくてきれいな、一香に合うイメージを持ってた」
「……それは、時雨だって同じじゃないですか? みんなに時雨のかわいくて明るいイメージは共有されていました」
反射的に浮かんだ言葉は口にしない。だけど代わりに出した言葉もきっと、時雨が望んだ言葉ではない。気づいたときには遅かったけれど、時雨から負の花の香りはしなかった。いい香りもしない。
「それは去年同じクラスだった男子たちがイジってきてるだけだよ。一香のとはちがう」
時雨は小さく首を横に振る。それから私を見上げる。自然とお互い足を止めていた。
「だからやっぱり、一香はみんなにちゃんと見てもらえてて、すごいよ。あたし、友だちとして誇らしい」
ああ、まただ。
時雨をまっすぐ見るのが辛い。
今までそんなことを、思ったことなかったのに。
いつもだったら、近くにいてくれる時雨が、私が一番言われたい言葉をくれて、とても嬉しいはずなのに。
心が、さっきよりも大きく揺らいでいる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます