Ⅱ - 3 時雨の反応と揺らぎ。

 明らかにムッとしている時雨に、教室が固まる。


「……えー、日向ノリわるー」

「そこはハムスターかよって突っ込んでくれよなー」

「バカバカしいから嫌」


 なんとか空気を巻き返そうとする男子二人。しかしそれにも時雨は応えずそっぽを向く。更に教室の温度が下がっていく。


 ヒヤリとした私は、時雨をフォローする方法を探る。


「ちょ、めっちゃばっさり斬るじゃん」

「日向切れ味良すぎ。侍かよ」

「あ、侍の方がしっくりくるかも!」

「「なんでだよ!」」


 だけど、それは無駄に終わった。

 温度の低下は止まって、またあたたかな笑いが起きた。


 和やかな空気。平和な時間。


 よかった。ひとまず、時雨がクラスから浮くようなことはなさそうだ。


 私は騒つく胸を撫で下ろす。


 心配事は消えたのだから、撫で下ろして、それでざわめきは治る。治る、はず、なのに。


 どうしてだろう。


 いまだにざわめきが止まないのは。


 心の奥が、揺らいでいる。


 いつもだったらきっと、気づかないくらいの、小さな心の揺らぎ。


 それに私は今、気づいてしまった。


 一度気がつくと、その揺らぎはゆっくりと、だけど確実に大きくなって、私の心を、揺らし続ける。


 焦り、不安、緊張、恐怖。

 そんな言葉が浮いては溜まっていく。


 どうしてそんな言葉が過るのだろう。そしてこれらは一体、何に対しての感情なのだろう。


 考えようとして、不意にゾクリと悪寒が走った。


 心臓を冷たい手で触られた感覚。握られたり掴まれたりするのではなく、熱を奪うように、揺らぎを落ち着かせるように、小さな手が、ただ、私の心臓に触れている。


 これは、なに?


 その手は私の、なんなの?


 敵なの? 味方なの? 護ってくれるの? 攻撃するつもりなの? 触れているのは、誰?


「一香、実際のところどうなの?」


 穂垂の呼びかけに私は現実に引き戻される。


 気づけば教室の関心が私に向いていた。みんなの期待から、話題が私の家の庭がどんな庭かにシフトしたことを知る。慌てて返答を組み立てる。


「そうですね。温室もイングリッシュガーデンもないですが、ささやかな花壇はありますよ。季節ごとの植物を植えているので、四季を感じられてほっこりします。今の時期ですと、アネモネが綺麗です。母が在宅で仕事をしているので、見に来てもらうことは叶いませんが」


 私の回答に教室は沸いた。

 みんなのイメージする丹花一香になれたようだ。内容的に嘘をつかずに済んだことも含めて、再度胸を撫で下ろす。今度は揺らぎは気にならなかった。


「はい、てことで委員と丹花の庭が決まったから、今日のホームルームはここまで。委員長の二人、ありがとな」


 タイミングを見て、先生が二回手を叩いて生徒たちの意識を一つにまとめる。


「明日から本格的に高校二年生が始まるから、各自心しとけよー。んじゃ解散」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る