Ⅰ - 2 穂垂の期待。
「……そういえば穂垂」
「うん? どうしたの?」
「この前言っていた、生徒会主催のオリエンテーションの件って、解決したのですか?」
「ああ、そう! ちょうど一香に相談しようと思っていたところなの」
穂垂の表情が希望と不安が混ざったカフェオレみたく複雑なものに変わる。
私はそれとなく訊ねる。
「新入生のオリエンテーションのスタッフが足りないんでしたっけ?」
「そうなの。受験があるからって、先輩が二人抜けちゃって。生徒会役員は七人だったから、戦力約三割減。受験だから仕方ないけど、でもあるのはわかっているんだから、もっと早く言ってくれー、って感じよね」
「うわっ、大変だ。何の人手が足りないの?」
珍しく愚痴をこぼす穂垂に、時雨も身を乗り出す。
「それがね、そんな状態なのに、教頭先生から校歌練習の演奏を、音源じゃなくてピアノの伴奏にできないかって言われちゃって……」
穂垂が私に期待していること。それはオリエンテーションの手伝い。
もちろん私は彼女の期待に応えるために、このお願いを快諾する。だけどまだ、自分からは提案しない。より、穂垂に私のことを見てもらうために、タイミングを見計らう。
「それでね、一香に相談なんだけど、ピアノの伴奏、もし良かったらお願いできないかな?」
考える素振りを見せて、私は少しゆっくりと言葉を返す。
「オリエンテーションって、いつでしたっけ?」
「急で申し訳ないんだけど、今週の木曜日。だから三日後なの。どうかな……?」
手のひらを合わせて懇願する穂垂。私とほとんど身長が変わらないはずなのに、腰を低くしているから、その瞳は不安そうに私を下から覗き込む。
私はそんな穂垂の瞳を見つめ返して暖かく微笑む。
「大丈夫です。私でよければ、お手伝いします。その日は予定もないですし」
「本当!?」
「穂垂のためですもの。微力だけど、私にできることはさせていただきます」
「ありがとう! 微力なんかじゃないわ! めちゃくちゃ助かる!」
私の手を握って上下に振る穂垂。これで、穂垂の期待に応えることはできた。
だけど私は、もうひと押しする。
「他にも手伝えることがあれば言ってくださいね。当日の運営は大丈夫なんですか?」
「うっ……。実は、当日の運営スタッフも足りそうになくて……。オリエンテーションは放課後にやるから、辞めた二人に手伝ってくださいって声をかけづらくて……」
「わかりました。それも手伝いますね」
「本当に助かる! ありがとう! これで戦力倍増だわ!」
「もう。それは大げさすぎです」
穂垂が口に出してくれた期待はピアノの伴奏だったけど、他にもあることが、私には読めている。
相手から頼まれた期待に応える。相手から頼まれる前に期待に応える。
この二つをどちらも利用することで、相手の視界に私は入り易くなる。
あの日から、いかに他人に見てもらえるかを考えてきた、私の生き方。
「一香が手伝うならあたしも手伝おっかなー」
しばらく蚊帳の外だった時雨が、頭の後ろで手を組んでわざとらしく会話に入ってくる。
「理由は不純だけど助かるわ時雨!」
「穂垂、この顔はですね、穂垂が困っているから助けてあげたい、って顔なんですよ」
私は時雨のあたしもみんなの力になりたいというとてもかわいい期待を叶えやすくするため、少しだけ意地悪なパスを出す。
「え? そうなの?」
「ちょ、一香バラさないでよ!」
「ええぇ、かわいすぎるぞ時雨ぇ。愛いやつめぇ」
「うぅ……童顔な穂垂に言われたくないよー」
「あっ、ひどい! 気にしてるっていつも言ってるのに! そんなこと言う時雨にはお仕置きしてやる!」
「うぅうぅぅ〜もちもちになってしまうぅぅ……」
穂垂は時雨のほっぺたをパン生地みたいにこねる。時雨は嫌そうな声は出しているけど、顔は幸せそうだし、助けてという期待の香りもしない。
私は二人の微笑ましい光景を微笑んで眺める。
「三人ともおーはよーっ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます