Ⅱ - 1 委員決め。


「はよー。出席とるぞー。席につけー」

 始業式の次の日の朝。担任の女性教諭が眠たげな声で教室に入ってくる。


「はいー、じゃあ相田篤あいだあつし

「はーい」


 ちなみに去年焼肉を奢ってくれたのは彼女だ。昨日、担任が彼女だとわかると、教室が焼肉の匂いで満ちた気がした。お腹の減る匂いだったので、おそらく私の能力と関係はない。


「はい、出欠確認終わり。陽村ひむらは今日も休みか」

 出席簿をパタンと閉じながらこぼす先生。

 新学年の新学期から二日連続休み。体調不良かしら。

 

「今日は帰りのホームルームで委員決めをするからなー。各自考えとけよー」


 私はまだ見ぬクラスメイトを案じたけれど、教室は特に気にする様子もなく、新しく提示された話題に「はーい」と銘々に返事している。


「丹花ちゃんは何か委員やるの?」

「そうですね……考え中です。中峰なかみねさんはやりたい委員があるんですか?」

 隣の席の去年も同じクラスだった女子生徒から話しかけられたので、私も陽村さん(中性的な下の名前だったのでもしかしたらくんかも)のことは頭の片隅に寄せて、彼女との会話に勤しんだ。


 そして恙無く時間は過ぎ、帰りのホームルームが始まる。


「ほい、じゃあ帰りのホームルーム始めるぞー。どの委員やりたいか考えたかー?」


 興味がない人は早く終われと願っているし、やりたい委員がある人は立候補が通るか気にしているしで、教室が全体的にそわそわしている。


「じゃあまずは委員長からなー。男女各一名ずつ。やりたい奴挙手」

 先生の呼びかけに合わせて、男女一名ずつ手が挙がり、対抗もなく無事に男女共委員長が決まった。

 そのまま委員長二人が司会を引き継ぎ、他の委員の立候補を募る。


 私はこのタイミングでは動かない。

 自分の積極性を見せるより、協調性を示すためだ。誰かと役職を奪い合う事はしたくない。


 静観していると五分とかからず、立候補と他薦で委員は一つを除いて決まった。


「えーと、あとは、男女とも緑化委員だけだね」

 このクラスの女子委員長になった中峰さんが、図書委員に決定の丸をつけながら呟いた。

「誰か緑化委員やってもいいよって人、いませんかー?」


 その問いかけに対しては、先程までの活気はなく、立候補も他薦の声も上がらない。


「やっぱ朝番があるのって辛いよなー」

 空気を見かねた窓際最前に座る相田くんの発言に、教室が空気で同意を示す。


 緑化委員。

 教室のプランターや敷地内の花壇の手入れをして、学校の緑を保つ委員。

 この緑化委員だけ、仕事内容上、朝早く学校に来て委員の仕事をする朝番があり、生徒たちからは敬遠されている。


「男子はあいつでいいんじゃね、陽村」


 停滞気味な空気の合間を縫って、誰かが無責任に声をあげる。陽村さんが陽村くんだと教えてくれた声の主を見てみたけど、まだ名前を覚えていない男子生徒だった。ごめんなさい。


「あー、いいじゃん」「ありあり」「そういえばあいつから最初に選ぶのはくさタイプだって聞いたわ」「マジ?」「ぴったりじゃん」「決定っしょこれは」

「え、ちょっと男子、真面目に決めなよ」

 中峰さんの制止も空しく、男子は緑化委員をこの場にいない陽村くんに押し付けることを決定事項にしようとしている。


 中峰さんは先生に視線で助けを求めるけど、緑化委員の担当教諭でもあるはずの先生は肩をすくめるだけだった。

 困った彼女はもう一人の委員長に視線を向ける。それを察した男子委員長は一歩前に出る。ガタイのいい彼が眼鏡の位置をすちゃりと直すと、盛り上がっていた男子たちはヤベ……と空気を凍らせた。


「僕も、彼から花を育ててみたいと聞いたことがあるので、賛成です」


 完全に否定する流れだと思っていた男子は、一瞬ポカンとしてから一斉に沸いた。中峰さんも「えぇー……本当にいいのかなー……?」とこぼしながらも、黒板の『緑化委員』の文字の下に、『陽村』と名前を記入する。


 この様子だと、おそらく陽村くんは、ただ本当に植物好きの男子生徒というわけではないだろう。みんなから面倒ごとを押し付けられるタイプの、生徒。もしかしたらお休みの理由もただの体調不良ではないかもしれないし、今後彼をお目にかかる機会はないのかもしれない。


 役割を分担する相手の協力が望めない可能性があるとなると、女子の立候補はますます見込めない。それとなく見回してみると、女子生徒はみんな正面を見ないように目線をそらしている。


 ……そろそろ頃合いかな。


「––––はい」

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