第20話 決着

 ぽうっ。


 チャーナレの身体が光った。


「これは……『治癒魔法』!」


「う……」


 小さなうめき声を伴ってチャーナレは目覚めた。


「チャーナレ!」


 思わずスカークは抱きしめていた。


「……スカーク様……」


「怪我はないか? 大丈夫か?」


 チャーナレは恥ずかしそうに首を横に振った。彼女自身、こんなに心配されたことは初めてだった。


 身体をよく見るとほとんど傷はなかった。つまりビームの爆発で怪我をしたのではないということだ。魔力を限界まで使い、朦朧としたところに爆発が起こり、そのショックで気を失ったのだ。


 わざとなのか偶然なのか。大切な部下が傷つけられなかったことにスカークは感謝するしかなかった。


「すまなかったな、チャーナレ。無理をさせた」


 そして、付け加えた。


「いいか、俺が死んでももうこの国を……いや人間を襲ってはならんぞ。もうそんなことをする必要はなくなったのだ。お前は静かに平和に……幸せに暮らすのだ」


 いきなり言われてチャーナレはその意味するところが理解できていなかった。


 言ったところで、スカークはヴァルムロディたちに向き直った。


「もはやゴーレムが襲ってくることはない。さあ、首を刎ねるがいい」


 あぐらに座して堂々とその首を差し出した。


「いかがいたしましょうか、マクシミリアン王子殿下」


 ヴァルムロディはマクシミリアンに決断を振った。


 いきなりのことで動揺したが、目線からその意図を察した。


「そなたの潔いその態度、なかなかのものである。そしてその知略、武勇。これまでに私と対峙したいかなる魔物よりも優れていた。殺すには惜しい傑物である」


 その声と態度は凛として、高潔な指導者としての威風を感じさせた。


「しかしながら――」


 だがその目は必ずしも慈悲深くはない。


「そなたは功名心にあふれる人物であろうことは察しがつく。このまま生かしておけばいずれまた武勲を上げて成り上がろうと考えるに違いない」


 イェシカは美しく優しい兄の初めての冷酷な判断を見てしまうのではないかと思った。


「問おう」


「は」


「そなたにとっての人生において最も重要なものは何か、今の戦いで分かったのではないか?」


「チャーナレの幸せこそがわが本望」


「そのためにはそなたがそばにおってやらねばなるまい。以降、チャーナレのためにその功名を上げることをそなたの人生の旨とせよ」


「……と言いますと」


「命は取らぬ。もちろん、そのラミアもな」


「な、なんと。その温情は過分ではないのか?」


「もはやそなたも魔王軍に帰っても居場所などなかろう。チャーナレとともにどこかで静かに暮らせ」


 マクシミリアンの言う通りであった。


 スカークは魔王軍の幹部たちとほとんど決裂するような形でこの戦いに赴くことになった。知恵が回らないせいでこの城をいつまでも落としあぐねている彼らが、圧倒的な力をもつが故に重用されていることを腹立たしく思っていたからだ。


 それを口にするということは魔王の考えを否定するも同じである。


 負けて帰ったとなればどんな仕打ちが待っているかわかったものではない。


「は……ははぁ!」


 スカークは声を詰まらせながら叩頭した。


「マクシミリアン王子は偉大なる大器であることを広めよう」


「そうか」


「王子の決断に深く感謝する」


 そう言ってスカークはチャーナレを抱えて去って行った。



「愛ですわ……」


 イェシカはうっとりしながら去ってゆく二人の後ろ姿を見送った。


「俺は判断をマックスに預けたが、あれでよかったのか?」


「どうかな。ただ、あの竜人を斬ってラミアに恨まれて反撃される場合と、竜人を信じて二度と攻めてこない場合のどちらが可能性が高いかで判断したつもりだ」


「あの竜人を信じよかったのか?」


「彼は良くも悪くも正義感のある人物だ。背水の陣でこの戦いに臨んでいたことは会ってみて察することはできたよ」


「すごいな。たったあれだけの会話でわかったのか」


「まあ、いずれ国王としてやっていかねばならないんだ。人を見る目というのは幼いころから磨いてきたつもりだ』


「新たな国王は正しい判断ができる人物として知られることになるだろう」


「それは君なしではできなかったことだよ、ロディ」


 二人はがっちりと握手をした。


(むふふふふふ。愛ですわ……)


 そんな二人をイェシカはいやらしい目つきで眺めた。

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