第11話 魔物の襲撃

 そこに立っていたのはヴァルムロディだった。


「申し訳ない。そのつもりはなかったのだが、盗み聞きをした形になってしまいました。謝らせていただきたい」


「はぎょ!」


 ヴァルムロディは跪き、深く頭を垂れた。


「この城にも古代の遺跡があるのではないかと思い、兄上に許可をいただいて探索しておりました。まさか、イェシカ王女殿下がここにいらっしゃるとは」


「まう、まうまう……」


 何か言いたいが、人を前にしてイェシカは言葉が出ない。


「殿下が人と接することが苦手であるということは兄上からおうかがいました。ですが、図らずもあなたのお悩みを聞いてしまいました。苦痛に思われるかもしれませんが、少しばかりお時間をいただき聞いていただきたいことがあります」


「にゃ……」


 すでに顔は真っ赤になっていた。


「天恵は必ずしもその人やその周りの者にとって都合のいいものではありません。ですが、天恵自体には善意も悪意もありません。ただ、その者に与えられた能力に過ぎないのです」


 説教が始まった。


 そして、それは兄も両親も侍従も皆が同じことを言っていた。


(そんなことわかってるわよ!)


 思っても声に出せない。


「すべてを受け入れることが始まりなのです」


(簡単に受け入れられるなら誰も苦労しないわよ!)


 恵まれた立場にあるものはそうでない者の気持ちなどわかるはずもない。そうしたくてもできない者のもどかしさなど誰に理解できようか。


 初めて会ったイケメンに当たり前の説教をされていると、どんどん自分が惨めになって泣いてしまった。


「あうあうあうあうあうあーん!」


「殿下!」


「何よ! お兄様とは友達みたいに話してるくせに、なんで私にはかしこまって話すのよ! みんな私と距離をとろうとしてばっかり」


 あふれ出る感情が他人に対する障壁を洗い流し、これまでできなかったのにするすると言葉が出てくるようになっていた。


「どうせ私のこと、妄想癖の気持ち悪い女だって思ってるんでしょ!」


 ヴァルムロディは今日初めて会った女性の心の闇に触れてしまったことに気づいた。


 しばらく沈黙したのち、立ち上がって王女に背を向けた。


(ああ、やっぱりこの方も私から離れていくのね……)


 だが、上半身だけ振り返ってきっと見つめてきた。


「文明は妄想によって発展してきたんだぜ」


 なんだかかっこいい。


「ああだったらいいな、こうだったらいいな。そんな妄想とそれを実現させようとする行動力が人類の文明社会を生み出し続けてきたんだ」


「あ……」」



「君の妄想は、いずれ世界を照らす光になる!」



 その言葉はイェシカの心に突き刺さった。


 ゴゴゴゴゴゴゴ……


「む、まさか魔物の襲撃か!?」


「ヴァルムロディ様!」


「思い悩むということはきみの心が美しいという証だ。己を信じるんだ!」


 そう言って走り去る後ろ姿は、輝く光に向かっているようだった。


 心臓が激しく高鳴るのを感じた。



「まさか、魔物か!?」


「来てくれたか、ロディ!」


 城の見張りの塔では最上階ですでにマクシミリアンが応戦していた。


「う! これは!」


「ひいいい! マクシミリアン、この城を守ってくれぇぇぇ!」


 国王が息子の足に捕まって泣いていた。実に無様な姿であった。


 しかし、事態はそんなことよりも重大になっていた。


 城を三十頭ばかりの巨大なドラゴンが囲んでいる。


「こんなにもドラゴンが集まるなんてことがあるのか?」


「私も初めて見た。しかもよく見ろ。敵は城に近づくことなく、炎を吐いて攻撃してきている。私の≪完全防御≫が届かない距離を保っているんだ。城の兵士たちも≪完全防御≫の有効範囲内でないと戦えない。つまり、攻撃を受けないところから攻撃を仕掛けてきている」


「攻撃を防御し続けるしかないということか」


「長期戦になると私の集中力がどこまでもつか……」


「ぎええええ、怖いよー!」


 確かに、いかにマクシミリアンの防御力が絶対的であっても、彼自身が疲弊しきって能力を使えなくなればもはやこちらに守る手立てはない。


「レットヴィーサ!」


 ヴァルムロディはそばにいる侍女を呼ぶ。


「ルンドストロム領から箱がこちらに移動するまでにどのくらいかかる?」


『五分もあればよかろう』


「その時間はいけるか、マックス」


「ああ、やってみせるさ!」


 ドラゴンの炎が次々と城に向かって飛んでくるが、マクシミリアンはそのすべてを異次元に通じる渦に飲み込んで消していく。


『ぬうう、なんたることか!』


「どうした、レットヴィーサ!」


『現在、ルンドストロム領も魔物に攻め込まれておる。むこうを全滅させねば箱をこっちに移動させることはできんぞ!』


「なんだと? 自動防衛装置を停止してこっちに向かわせるわけにもいかない……」


「城の方は任せてくれ! ロディは自分の領地を守ることが最優先だ。そっちの敵を殲滅するのにはどのくらいかかりそうなんだ?」


『解析しよう……ぬうう! 攻め込んでおるのは無数のゴーレムだという。現在の数だけでも二十分はかかるという』


「ゴーレム使いの攻撃ということか」


「く……最低でも二十五分か……こいつは厳しいな」


 ぐっしゃーん!


 そのとき、どこかから飛んできた岩が城にめり込んだ。


「敵はドラゴンだけじゃないのか!」


「夜の闇から何者かが岩を飛ばしてきているんだ。ドラゴンに気を取られて気づかなかった」


 マクシミリアンの≪完全防御≫は絶対的な防御力を誇る反面、彼がその攻撃に気づけなければ防ぐことができない。


「敵は、消耗戦を狙ってきている……」


「多分、ルンドストロム領に魔物の大群が押し寄せているのも、君の≪合体勇者ロボ≫を封じ込めるためなのだろう。敵は恐ろしく戦略的だぞ!」


「知恵のある敵は厄介だな……ならば俺は、闇から岩を投げつけてくる魔物を探して倒す。マックスはドラゴンの攻撃を封じ込めてくれ!」


「それが現段階で最も有効な戦術だな」


「レットヴィーサ!」


『よいだろう!』


 侍女から鎧の姿に変形し、ヴァルムロディを覆った。


「うぎゃー!」


 国王は変形シーンを見て叫んだ。


 そんなの無視して、ヴァルムロディは、飛翔魔法で夜の闇へ飛び込んでゆくのだった。

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