第9話 完全防御

 ヴァルムロディは夕食の後マクシミリアンの部屋へ招かれた。そして天恵について語り合った。途中で高貴な身なりの女性がお茶を運んでくれた。


「マックスの母のアルベルティーナです。この子が同世代の子にこんなに心を開くのは初めてですわ。今日はゆっくりなさってください」


「マックスの母上……ということは、王妃殿下であられますか」


 ヴァルムロディは慌ててひざまずいた。


「あらあら、息子のお友達にそんなことをされては困りますわ」


 アルベルティーナはそれはそれは美しい女性で、なるほどマクシミリアンのような美貌の男子が生まれてくるのも納得であった。


「この子には妹がいてね。すごく恥ずかしがり屋さんなんだけど、もし会ったらできれば仲良くしてあげてね」


 そんな話をいくつかして出て行った。


「マックスの≪完全防御≫がどれほどのものか知りたいものだ」


「そうだね。以前、ギガンテスの群れが襲撃してきたことがあったが、こちら側は一切ダメージを受けず倒すことができたよ」


 ギガンテスはサイクロプスよりも巨大でかつ怪力である。しかもその群れを寄せつけないとは、とんでもない防御力だ。


「ロディ、君は魔法が得意だそうだな。せっかくだから試してみるといい。かなり強いものでいいぞ。魔法を放ってみろ」


「そこまで言うならマックスは大丈夫かもしれないが、部屋が壊れたりはしないか?」


「それも含めた≪完全防御≫だ。遠慮なくきたまえ」


「わかった」


 少し距離をとって魔法を放つ。


『パーガトリー・フレイム!』


 火の魔法の高高位魔法だ。攻撃範囲自体は狭いが、熊くらいなら一瞬で炭にしてしまう。


「なに!?」


 ヴァルムロディは驚愕した。


 魔法を繰り出す手のひらの前に不思議な渦が現れたかと思うと、魔法はその穴に吸い込まれてしまった。


「なるほど……魔法を無効化してしまうのか」


「無効化とは少し違うかな。異次元にその魔法を飛ばしていってしまってるのさ。これは物理攻撃においても同じことだ。君のすぐ後ろの扉を殴ってごらん」


 不安というよりむしろ楽しささえ覚える。


「うお!?」


 殴った手が異次元に突き抜けてしまった。


「物体自体を異次元に飛ばすことはできないが、魔法であろうと物理攻撃であろうと、そのエネルギーはすべて異次元へ飛ばすことができる」


 マクシミリアンは続けた。


「では、次に私のほうへ歩いて近づいてみてくれ」


「ああ」


 数歩歩くと、いきなり地面を蹴る感覚がなくなり、ヴァルムロディはすっころんだ。


「おお、すまない。ここまで派手に転ぶとは思わなかった」


「いや、受け身を取ったからそう見えただけだ。ケガはない。これもその能力なのか?」


「そうだ。歩くときに地面を蹴るエネルギーを異次元に飛ばせば、前に進めなくなる」


「つまり、敵を近寄せないということか!」


「そう、これが≪完全防御≫だ」


「当てることはおろか、近づくことさえできないとなるとまさにその名の通りだ。なんてすごい天恵なんだ!」


 ヴァルムロディは素直に感嘆した。


「マックス、俺と一緒に魔王を倒しに行こう!」


 だが、それに対するマクシミリアンの表情は浮かなかった。


「残念だが、おそらくそれは無理だ」


「やはり王子という立場上、この地を離れることはできないということか」


「いや、私だって魔王を倒さなければならないという使命感はある。できるなら国王が止めようと旅に出るさ。――いや、実際に出たんだ。五人の仲間とともにパーティを組んで魔王討伐の旅に」


 その顔には忸怩たる思いが表れていた。


「だけど、私の天恵はこの王都周辺でのみしか発動しない。ある程度離れてしまうと使い物にならなくなってしまうんだ……」


「そ、そうなのか……」


「私もその時は知らなかった。強敵と対峙し、無敵と思われた能力が発動しない……私の仲間たちは……!」


 その時のマクシミリアンの心情は察して余りある。


 最も信頼すべき自分の能力が自分を裏切ったともいえる。


 さらにそれで仲間を失ったのだ。王子という高貴な身分であるからこそ、仲間を見捨てて逃げたなどの誹りもあったかもしれないし、誰も言わなかったとしても重い責任を感じているのだろう。


 しかし、マクシミリアンは悲しい過去を打ち明けると吹っ切れたような顔になっていた。


「だが、私はロディに出会えて希望を見出すことができた」


「俺が希望? 確かに俺自身そうでありたいとは思っているが、今日会ったばかりなのに買いかぶりすぎじゃないか?」


「いや、根拠はある」


 マクシミリアンはすっと指をさした。


 それはさっきからそこにいるだけで黙ったまま立っているヴァルムロディの侍女。すなわちレットヴィーサだった。


「彼女の正体は一つの箱だったね。あれと同じものが、この城にいくつもある」


「なんだって!?」


 それはつまり、合体ロボになるときのパーツとなる箱が見つかったということだ。


「私の能力はどうやらこの箱から得られていると結論付けることができた」


 そう言って花瓶の置かれた台の布をすっととってみせた。


 そこには自分もよく知るあの箱があった。


「本当だ。俺のものと全く同じ見た目だ」


「君の能力はこの箱を自在に変形させたり動かしたりできるってことだろう? 私にはその能力はないし、人が担ぐには重すぎる。ならば君が箱を動かし、私がこの箱から力を得て防御すればいいのではないか。すなわち、君とともに魔王を倒す旅に出ることができる」


 魔王との戦いで欠かせない力になるだろう。


「レットヴィーサ、あの箱を動かしてくれ」


 だが侍女は首を横に振った。


『セキュリティコードが違う。ここにある箱を我が動かすことはできぬ』


「なんだと?」


『セキュリティコードが違うので、マクシミリアンも我を使うことあたわず』


 そんなものがあったとは。確かにシスターにレットヴィーサのありかを教わったときも、復活の呪文なるものをきちんと唱えなければならなかった。


「まむずいか かるたとみぐじ

 ぞなのへみ まよれ」


 ヴァルムロディは一度聞いたきりの謎の言葉を覚えていた。


 しかし、箱は何の反応もしなかった。


「ロディ、それがセキュリティコードというやつなのか?」


「そう思ったが、違うらしい。いろいろ試してみるしかないだろうか」


「そうだな」


 二人は様々な言葉を試してみた。


 そして、ついにあの言葉が出た。


「俺と合体してくれ!」



 それ以前のやりとりを知らないイェシカ王女は断片的にその言葉を聞いて興奮した。


 だが、そのあとのやりとりは兄もヴァルムロディも何をしているのか、箱に対して何か叫んでばかりだった。


 いつまでも始まらないボーイズラブ展開についにイライラは絶頂に達した。


「さっさと合体せんかいー!!」


 怒声と共に、拳で石壁を破壊してしまっていた。


 必然的に二人の視線がこちらに向く。


「イェシカ……そこで一体?」


「はうあ! お、お兄様……!」

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