第4話 ならば合体せよ!
「お見事ですわ、ヴァルムロディ様」
シスターは興奮気味に声をかけた。
「どうだ、これで俺は勇者になれただろうか……?」
「そんなことよりも……」
シスターはヴァルムロディの左手を、指を絡めるように握った。
「魂を回復させましょう」
左手から何かエネルギーが流れ込んでくるのがわかる。失われたものが補われてゆく。
「シスター……」
ヴァルムロディはシスターを見つめた。それに対し彼女は自らの唇を舐めた。
そのときだった!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
地響きのようなものが地下通路を揺るがす。
「何事だ!?」
「まさか、魔物の襲撃では?」
それを聞いて、すぐさまヴァルムロディはさっき引き抜いた剣をつかんでこの場を走り去った。
地上に上がり街に出ると大騒ぎになっていた。
「ヴァルムロディ様、魔物が街の中に入ってきましたぁー!」
「なんだと!?」
自分は勇者の剣を手に入れたのだ。必ず敵を殲滅できる。確信をもって走った。
「ぐはあ!」
だが、魔物はこれまで以上に凶暴化していた。
「あの魔物は何だ?」
「サ……サイクロプスです!」
五メートルほどの巨人、一つ目で角が生えている。
とんでもない怪力で街の城壁を破壊し、無数の部下を連れて侵入してきたのだ。
オオガエルやマッディーマウスなどの魔物くらいなら一般人でも戦えている。しかし、ダークウルフやジャイアントアントには敵うはずもない。
そしてそれはヴァルムロディとて同じだった。
「なぜだ、俺は勇者として目覚めたんじゃないのか?」
魂を吸われたがシスターに回復してもらった。どう考えても能力が高まってない。
しかもこの剣、見た目こそ強力に見えるが、切れ味がとてつもなく悪い。これまで使ってきた普通の鉄の剣の方がまだましだった。
『勇者として目覚める保証はありません』
シスターの言葉が蘇る。
俺は焦りすぎていたのだろうか?
それでも数多の魔法を使いこなす彼は、次々と敵を討ち滅ぼしていく。これによって味方の犠牲を最小限に食い止めるとともに、非戦闘員の避難を促すための時間を稼ぐ。だが敵の圧倒的な数はじりじりとヴァルムロディたちを後退させてゆく。
「がおおおおおおお!」
サイクロプスが手に持つ棍棒で民家を破壊すると、石つぶてになって飛んでくる。
「神聖魔法、≪シルト・オウス・リヒト≫!」
光の盾が広範囲に現れ、仲間たちを守る。
強力な防御魔法だが、これを使えるのはヴァルムロディだけだ。そして攻撃の要も彼である。この攻撃をされればこちらは防戦一方になってしまう。
ならば、雑魚は仲間に任せて自分はサイクロプスを討ち取るしかない!
ヴァルムロディは良くも悪くも諦めが悪い。
ジリ貧の状況にあってこの選択肢は良策といえるだろう。ただし、仲間の平均以上の強さの敵が圧倒的多数で攻め込んできている。どうやっても勝てる理由がない。
撤退することが最善策だが、撤退すべき先がないのだ。戦術的不可能性の中で、諦めの悪さだけが必死になって戦っていた。
「ぐわああ!」
飛翔魔法でサイクロプスに挑んだが、こちらの攻撃はほとんど効かないのに、向こうの攻撃はかするだけで命に届きかねない。
「やむを得ん。≪ウォール・カタストロフ≫!!」
最強の土の魔法だ。
地面から土の壁が二十メートルばかりせり上がると、一気に崩落してサイクロプスを生き埋めにした。
この魔法は破壊力がありすぎて当然のことながら周囲の民家もぶっ壊しながら埋めてゆくのでできれば使いたくなかった。
「やったか!?」
いや、堆積した土砂がぐいぐいと動き出した。このままでは出てきてしまうだろう。
「≪シルト・オウス・リヒト≫!」
光の壁で土砂を包み込み、さらに圧縮して押し潰す。
「うおおおおおおおお!」
土砂の中で敵がもがいているのがわかる。なんと、光の壁に亀裂が入った。
「なんだと!?」
「がおおおおおおお!!!」
サイクロプスは光の壁を土砂ごと吹き飛ばして見せた。
認識を超える速度で飛んできた巨大な岩石群をかわすことができず、ヴァルムロディは直撃を受けた。その圧倒的な質量差はヴァルムロディを簡単に吹き飛ばした。
――俺は、死ぬのか?
自分の意思とは関係なく飛ばされながら、必死に戦う仲間たちがいた。
信頼できる仲間たちだ。
だけど彼らに与えられた天恵はたったひとつ。自分はいくつもの能力に恵まれた。
力のあるものこそ戦わねばならない。
俺こそが戦わねばならない。
なのに、俺は諦めて死ぬというのか。そんなことは許されない。
だけど、身体が動かない。
力を……誰か俺に力を貸してくれ……!
『そのような有様では力など貸せぬな……』
どこからともなく声が聞こえた。
『なんという軟弱な魂か。あの剣を抜いたときのような強烈な魂の叫び。我は汝を見誤っておったかもしれぬ』
軟弱? この俺の魂が? そんなバカな!
――いや、俺は慢心していたのかもしれない。確かに俺は能力に恵まれ、この町では誰よりも強かった。だからこの街を守れるのは俺しかいないし、俺が無理ならこの街は終わりだ。俺はその意味で更なる高みを目指そうとしていなくなっていたのではないか?
今、こうして強い敵が現れて、負けるものかと言いながら、すでに敗北の未来を見てしまっている。
違う。そんなものは勇気ではない。勇者ではない!
ヴァルムロディは生前の司祭に問うたことがある。
「勇者とは勇気ある者のこと。では、勇気とはいったい何なのでしょうか?」
それに対し司祭はこう答えた。
「むやみやたらと勇敢なふりをする、これは勇気ではありません。蛮勇と言います。かといって勝てる算段がないからと諦めてしまうのも勇気ではありません。仲間の命を優先して逃げることを勇気ある撤退といいますが、撤退で終われば勇気ではありません。最後に勝ってこそ本当の勇気と言えるのではないかと思います」
「確かに、勇者が魔王に負けたら、勇者としての資格に疑いが生じます」
「ほほほほ、ヴァルムロディ様はやはり聡明でいらっしゃる」
そのときの司祭の老いぼれた笑顔は今でも焼き付いている。
「勇気とは、99.9999%の敗北の未来が決まっていたとしても、0.0001%の勝利をつかむこと。私は、それこそが真の勇者ではないかと思っておるのです」
なぜだろう。
あの言葉を思い出して涙が頬を伝った。
「うおおおおおおおおおおお!!」
そのとき、手に持った剣が光り始めた。
『汝は我の力を欲するか?』
力、それはどんな力なんだ?
一瞬迷いが生じたが、そんなことを考えている時間などない。
「……俺に力を貸してくれ!」
『ならば合体せよ!』
ヴァルムロディはその声に、今すべての道がひとつになったと感じた。
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