第3話 試練の剣

 その遺跡は妙に角張ったテーブルのようなものが壁から突き出しており、その上には何やらボタンのようなものがいくつも配置されている。壁面にも小さな窓がいくつもあり極めて穏やかな光を放っている。


 それが、ヴァルムロディが近づくことで適度な明るさになる。


「まるで俺を迎えてくれているようだ……」


 しかし遺跡に近づいたところでどうすればいいのかわからない。


「頼む、俺を勇者として目覚めさせてくれ!」


 そう声をかけてみた。


『呪文が違います』


「うわ、壁がしゃべった!」


 壁のどこからかわからないがメッセージが聞こえた。


 だが呪文が違うということは、何かを言えば勇者として目覚めさせてくれるということではなかろうか。


「俺と合体してくれ!」


『呪文が違います』


「俺こそが真の勇者だ!」


『呪文が違います』


「魔王を倒すのは俺だ!」


『呪文が違います』


 しかし、何を言っても同じメッセージが流れるだけだ。


 それでも諦めず、常人を超える集中力で数万通りの呪文を試した。


「お前の母ちゃんでべそ!」


『呪文が違います』


「魔法学校のエドガー先生とブレンダ先生が不倫してるのは全生徒が知っている!」


『呪文が違います』


「昔、カールと一緒にシスターのパンツを盗んだけど、あれはカールが誘ったからであって、俺は一緒にいただけで、だから俺は何も悪くない! パンツは一枚もらったけど……」


『呪文が違います』


 恥ずかしい過去を打ち明けてもダメだった。


「ヴァルムロディ様」


「うわー!」


 いきなり背後からシスターに声をかけられた。


 やばいことを聞かれてしまったが、彼女は思いのほか冷静な顔をしていた。


「よかったわ。追いつくまでに正しい呪文を唱えてなくて」


「……よ、よかった。そ、そうかそうか」


「危険だと言ったのが聞こえませんでしたか?」


「俺は少々の危険などに躊躇ってなどいられないんだ。すぐにでも勇者に目覚めないと」


 シスターはじっとヴァルムロディの目を見つめた。


 昔のパンツの件で怒られたりはしないだろうか。


 シスターは唇を舐めた。


「そうですね。危険だと判断したら力尽くで私が止めましょう。呪文は私が知っております」


「ありがとう!」――知らないふりをしてくれて。


 シスターは壁の前に立ち、謎の言葉を唱えた。


「まむずいか かるたとみぐじ

ぞなのへみ まよれ」


 全く言語をなしていない。こんな呪文などわかるわけもなかった。


『よくぞ戻った、勇者はにまるよ!』


 さっきまでとは明らかに違うメッセージだ。


「勇者! 今、勇者って言ったぞ!」


「はい、これは偶然私が見つけた一二〇〇年前の文献にあったもので、この遺跡を見つけたときに唱えてみて成功したものです」


 ――俺ははにまるなんて名前じゃないけど。まあいい。


「ですが、危険なのはここからです、ヴァルムロディ様」


「ああ、覚悟はできている」


 ウィーンという音とともにテーブルと壁が中央で真っ二つに割れる。その奥では一本の剣が地面に突き刺さっている。


「なんだこれは?」


 ヴァルムロディが驚いたのはその厳つさだ。剣身がゴツゴツとしていてとてもじゃないが敵を切れるようには見えない。


「以前、私は興味本位でこの剣の柄を握りました。すると凄まじい勢いで魂を吸い取られました。おそらく普通の人間では十秒も握っていれば死んでしまうのではないでしょうか。私はエルフでしたから死ぬより先に手を離すことができ、難を逃れることができました」


「それは恐ろしいな」


「もしかすると、この試練に耐えて剣を抜くことができれば勇者として目覚めることができるかもしれません」


「俺は勇者となるべくして生まれたんだ。必ず剣を抜いてみせる!」


「ですが、あくまでこれは私の推測であって、絶対に目覚めるという保証はありません。勇者である以前にあなたはここの領主の跡取りなのです。危険と判断したら、無理やりにでも止めさせていただきます。これを認めていただけないなら協力はしませんし、昔盗んだパンツを返していただきます」


 う!


 ヴァルムロディは認めざるを得なかった。


「一応聞いてもいいだろうか。もし魂を吸い取られまくって死ぬ寸前まで行った時、俺はどうなっているのだろうか?」


「かぴかぴに干からびて、ミイラのようになります」


「その状態で戦えるのか? 仮に目覚めなくとも、これからも魔物と戦わなければならない」


「絶対に無理です」


「となると……間違っていた場合は最悪なことになるな……」


「それはご安心ください。私はエルフでございます。ヴァルムロディ様に私の魂をおわけすれば元に戻ることでしょう」


 そう言ってシスターは唇を舐めた。


 死にさえしなければ大丈夫というのならもはや躊躇う必要などなかった。


 ヴァルムロディは剣の柄をつかんだ。


 思った以上に剣はがっつり地面に食い込んでいる。


「うおおおおおおおおお!」


 どんなに力を込めても抜ける気がしない。そして、自分の中のエネルギーが急速に失われてゆくのが感じられる。これ魂が抜かれるというやつか!


 だが、負けるわけにはいかない。


「もう十秒を過ぎましたわ。でも、ヴァルムロディ様の魂は尋常ではないわ!」


 シスターは常人のレベルで彼を見てはいない。


 だが、二十秒経っても抜ける気配はない。


 ――なんだ? 力が急に……


 魂が一定以下になると、いきなり身体が言うことを聞かなくなる。これが、無理が利かなくなると言われる状態なのだ。


「いけません、これ以上は!」


 シスターが引き離そうと駆け寄る。


 ――俺は、この剣を抜くことさえもできないのか?


 一瞬、敗北感が脳を支配する。しかし、それでも挫けなかったからこそ今のヴァルムロディがあるのだ。挫けそうになっても意地でも立ってみせる。


「うおおおおおお! 負けるものか!」


「いけません、ヴァルムロディ様!」


 そのとき、剣の意思が見えたような気がした。


 ――この剣は俺を試しているんだ!


「くっそおおおおおお!」


 何かがヴァルムロディの中で爆発した。


 地面が割れ、剣は引き抜かれた。

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