第2話 目覚めの可能性

 天恵を知ってからというもの、ヴァルムロディは血のにじむような努力を欠かさなかった。そしてみるみると力をつけていき、魔法では火、風、水、土の四属性すべてを身につけ、光と闇の神聖魔法さえも習得した。その他にも剣術や建築、政治の能力も極めた。通常の者であればこれらのどれか一つが天恵であり、それをいくつも身につけるなんて人間業ではない。


 そして、一年前から現れるようになった魔物を領民たちとともに倒し、平和を守っていった。


 戦っていくうちにいつしか自分のことを「僕」ではなく「俺」と言うようになっていた。やや品性に欠けるが、そんなことはどうでもいい。


 誰もが彼を真の勇者と認めるようになっていた。


 ルンドストロム侯は息子の成長を神に感謝した。


 そんなある日、とんでもない知らせが入った。


 ヴァルムロディが逮捕されたという。


 何の間違いか。ルンドストロム侯はその警備兵を呼びつけて処分しようと思った。しかし、事情を聞いて取りやめ、侯自身が牢獄へ迎えに行った。


 屋敷に連れ帰ると向かい合ってソファに座り、詳しく話を聞くことにした。


「なんと愚かな……ヴァルムロディよ、なぜあのような暴挙を」


 そばで聞く執事と侍女は泣いていた。


「ううう……お坊ちゃまがまさか逮捕されるなど……」


 だが、ヴァルムロディの目は決然と父を見据えていた。


「父上、魔王はもう復活してしまったのです。悠長なことはしていられません!」


「何を言っておる。お前はすでに十分に強くなったではないか。私の課したあらゆる試練を乗り越え、すでにお前は勇者として目覚めたと考えてよいはずだ」


「いえ、おそらくまだなのです……」


「まさか、それだけの能力を持ちながら魔王と戦うことを恐れておるのではあるまいな」


「そんなことはありません。私は魔王との戦いに備え、常に自らを鍛えてきました」


「では、何が足りないというのだ?」


「――合体ができていないではありませんか!」


 その言葉を聞いてルンドストロム侯は眉間にしわを寄せて目をそらせた。


「い、いやその……合体とは、お前が天恵をいくつも身につけた、つまり合体技を可能にしたということではないのか?」


「違います。誰かと合体することで俺は真の勇者として目覚めることができるんだ」


 その言葉は父の怒りに火をつけた。



「だからと言ってだな、街中の誰彼かまわず『俺と合体してくれ!』と頼むバカがどこにおるか!」



 そう、ヴァルムロディが逮捕されたのはまさにこれが理由だった。


 魔王が現れたのに勇者として実感のない彼は焦るあまり、街へ繰り出して老若男女に合体を熱心に申し込んで回ったのだ。


 そのうち通報されて逮捕されたという流れになる。


「なんと下劣な……」とは侯爵。


「お坊ちゃまが見境のない色魔になられてしまったなんて……」と執事。


「お坊ちゃま、言ってくだされば私が合体いたしますのに……」と侍女。


 彼の天恵の謎は九年経った今もわからないままだった。


「とにかく! お前の行為はルンドストロム家の名誉を汚すものだ。二度とあのような真似はするな!」


 これほどまでに感情的な物言いをした侯爵の姿など誰も見たことがない。部屋にはしばらくの沈黙が訪れた。


「では……父上が合体してくださるのですか?」


 まさかの言葉にルンドストロム侯は頬を染めて、目線をそらした。


「そ……そんなことはしない! お前の考える合体は間違っておる」


「では、ロボとはどういうことなのでしょうか?」


 魔法が使えるこの世界で、『ロボ』と言われてピンとくる者などいなかった。



 逮捕されるほどの愚行であったが、ヴァルムロディの感覚はあながち間違ってはいなかった。


 彼は仲間とともに魔物を倒していったが、必ずしも完全な勝利とは言えなかった。むしろ日を追うごとに魔物が凶暴化し、苦戦を強いられることが増えていた。


 勇者の力とはこの程度なのか?


 自分はこのままで本当に魔王を倒せるのか?


 焦る心は、本当の力を取り戻す前に魔王と戦わなければならない、そして自分自身が一日も早く真の勇者として目覚めなければならないと駆り立てた。


「合体だ。合体をしなければ俺は魔王を倒すことができない!」


 それはほとんど強迫観念となり、あの愚行を呼び寄せたのである。


 悩みに悩んだヴァルムロディはいつしかあの司祭がいた教会に来ていた。


 すでに老衰で司祭は亡くなっているのに。


 今はエルフのシスターがここを切り盛りしている。


「シスター、合体とは何なのでしょうか?」


 いきなりの質問に彼女は顔を赤らめた。何よりヴァルムロディはかなりのイケメンに育った。シスターはにわかに動揺したが、はっと冷静さを取り戻し落ち着いた声で答えた。


「確証はありませんが……心当たりがあります」


 教会の奥へヴァルムロディを案内する。薄暗いある部屋にはベッドがあった。


「ここで……」


 シスターは自らの唇を舐めた。


 そしてベッドを押すと、床板も一緒に動き地下へ続く階段が現れた。


「この階段について前の司祭はご存じなかったようです。私は先日ここを偶然発見し、奥で合体に関わると思われる遺跡のようなものを見つけました」


「なんだって!?」


「ただし、心当たりというだけで本当にそれで正しいのか……」


 シスターが言い終えるより早く、ヴァルムロディは階段を駆け下りていた。


「お待ちください、お一人であそこは危険です!」


 そんな声など聞こえてなかった。


 ほとんど真っ暗な石畳の通路を『猫の目』の魔法で難なく駆けて行く。しばらくするとかつて崩落したのだろうか、瓦礫の堆積した地層を人の手で開通させたような土と岩の道になる。何かの区切りを予感させる。


 そこを少し進むといきなりぱっと明るくなった。


「『照明』の魔法なんて使ってないぞ?」


 そこから先は確かに岩というか鉱物からなる固い床と壁だったのだが、見たこともないつるんとした表面の冷たい印象の通路だった。そして壁の上部に光の帯が遙か向こうまで続いていた。


 そして行き止まりとなった場所には確かに、シスターのいう遺跡のようなものがあった。


 先ほどの予感は徐々に確信へと変化していく。


「ここで俺は、勇者へと目覚めるんだ……!」

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