第24話 『暴食の魔王』
悪竜の爪が迫る。
鋼鉄すら容易く破り捨てるその一撃に対して、アルスが取るべき選択は回避一択。
だが後ろにマリィがいては、無理な選択だった。
「『
故にまず眼前に土の壁を作り出し、爆発魔法によって相手を吹き飛ばす選択に出た。
レッサードラゴン程度なら致命傷を負う一撃。
「っとォ、痒ィ痒ィ。なんだお前、勇者だったのか。ビックリしたじゃねェか」
だが、竜人は無傷だった。
突然の反撃に驚いて後退はしたが、ダメージが通っている様子はなかった。
「ナニモンだテメェ、どうしてここに来やがった」
「なに、憎き『聖剣の勇者』をぶっ殺しに来たんだが、小腹が空いてよォ。メインディッシュ前の前菜を食いにきた」
「イカれてやがんな」
「当然だろォ、魔物だぞ?」
余りにも流暢かつ明瞭な会話ができる。
その時点でこの竜人が自分には手の負えない強敵であることをアルスは察した。
中級爆発魔法は彼の中でも火力の高い攻撃だ。
それが一切通じない以上、勝利は望めない。
──だからって、逃げるのも無理だ。
一人でも難しいのに、マリィを庇った状態でこの敵から逃げることなど到底不可能。
アルスに残された選択肢は一つ、迎撃だけだ。
「『
ドラゴン系は爬虫類的な変温動物であることが多い。故にアルスは氷結魔法を剣に纏わせた。
氷結剣。並みの魔物なら息の根を止めるそれはしかし、竜人の堅い鱗には通用しなかった。
「クソっ」
「いいねェ、食前の運動ってかァ!?悪くはねェが足んねェぞ人間ン!!」
多少鱗の表面に霜がおりた程度。
返す爪の一撃を避けて、アルスは次の攻撃へ移る。が、
「──『
「は?」
竜人がそう呟くと同時、大地が突き上げる刀剣と化してアルスを襲う。
反射で間一髪防ぐことに成功したが、彼の思考は止まっていた。
魔法だ。それは分かる。魔物が魔法を使うのはおかしいことじゃない。だが、その魔法は。
「母さんの、魔法……?」
「ア?なんだお前、この魔法の持ち主だった奴の子供かァ?」
アルスの両親は『白剣の勇者』に『造剣の勇者』。それぞれ剣に氷結魔法を付与、周囲の物質から剣を生み出す魔法に長けていた。
「俺様の魔物としての特性でなァ、食った相手の経験をも吸収して技術を奪うことができるんだが……笑えるなァおい!あの勇者の子供とは恐れ入った!いわれてみりゃよく似た匂いだ!」
竜人は肩にかけていた布切れを外す。
そこには、グロテスクな首の断面が二つあった。
肩だと思っていた部分は切られた首だったのだ。
「俺様ァ元は三つの首を持つ
興奮して語り出す竜人に、アルスは一歩後ろへ引いた。その理由は言うまでもなかった。
「まず雄から食べたっけなァ!愛する雌を残して先に逝く後悔の味は最高だった!そして雌の方ときたら、もうたまんなかったよ!絶望や恐怖が入り混じったあの味ィ!やっぱ番は先に雄から殺して食うに限る!!!」
親の仇。憎き敵。
それを前にしたというのに、彼の中にあったのは純粋なまでの恐怖だけだった。
「お父さん……お母さん……」
「匂いで分かる!お前ら兄妹だろォ!?家族はいいよなァ最高だ!上から食うか下から食うか悩むが、やっぱ雄から食うのが一番ウメェよなァ!?」
「ひ」
大口を開けて涎を垂らしながら突っ込んでくる竜人に対して、アルスは真っ向から迎え撃つ選択肢を捨てる。
代わりに土石魔法で足場を崩して踏み込みを邪魔すると、同時に爆発魔法で後方へ吹っ飛ばした。
「おっとォ」
「『
続け様に放ったのは風の魔法だった。
中庭の土を巻き上げ、視界を遮らせた。
「へェ、目眩しか」
竜人は鼻をスンスンと鳴らし、得意の嗅覚で周囲の状況を探ろうとする。
だが風圧魔法の応用で風向きを操作しているのか、位置を特定することはできなかった。
いける、そう確信したアルスは攻撃の準備をする。四属性の上級魔法によって生成した混沌魔法の黒光を剣に纏わせる。
そして竜人の背後から必殺の一撃を繰り出し、
「『
「あァ、後ろかァ」
反応する暇もなかった。
振り向きもせず放たれた尻尾の一撃が、アルスの胴体を横薙ぎに打ち据えた。
「ごふッ!?」
「残念だったなァ、当てが外れて」
そのまま中庭の壁にぶつかって停止する。
意識外からの不意打ち。
奥義に魔力を集中させて防御が薄くなった。
諸々の理由があるとはいえ、たったの一撃。
だというのに、もうアルスの体はガクガクと震えていた。
「嘘、だろ……」
「今のは当たるとちょっとヤバそうだったんでなァ。前菜で消耗すんのも馬鹿らしいだろ?」
勝てない。そう思い知らされて、アルスの心はどうしようもなく折られてしまった。
もう対抗する術は何もない。
そのまま竜人の顎に食われてしまう寸前、少女の声が制止を求めた。
「や、めて……!食べるなら、わたしにして……!」
「あ?おいおい勘違いしてんじゃねェぞ人間、俺様ァお前ら二人ともお残しせず頂くっつゥの」
それに、と竜人は続けた。
「そんな健気なコト言われちまうと──余計この雄を甚振りたくなっちまうだろォ!?」
「アアアアアぁぁぁァァ!!!??」
「いや、やめてぇ!!」
竜人の爪がアルスの体を引き裂き、辛うじて剣を握っていた右腕を両断する。
泣き喚く二人の反応に益々涎を垂らしていく。
「ギャハハハハハハ!!それだよそれ!!目の前で恋人を!家族を!最愛の相手を嬲られ殺される恐怖と悲哀と憤怒の織り混ざったその感情!!その表情ォ!!ああ──メインディッシュだァ」
そこにいたのは正しく魔王。
「ほらァ、もっと泣けよ人間ン!その塩味が俺の舌をとろけさせてくれんだからよォ!!」
人の心を弄び、悪辣に命を貪り喰らう、魔の権化であった。
だから。
そんな魔を討つ役目を担う者を。
「──『
「な、にィ──!?」
人は勇者と、そう呼ぶのだった。
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