第23話 王都動乱

 王都が襲撃された時、僕らは孤児院にいた。

 突然の轟音と悲鳴に恐怖と戸惑いを覚える僕たちを、冷静に誘導してくれたのは賢者とリリィさんだった。


 彼らは的確に孤児院の地下室に隠れるよう避難指示を出すと、アルスくんとセレナさんに子供たちの面倒を見るように言いつけたのだ。

 流石は先代『聖剣の勇者』パーティの一員だけあって、見事なまでに的確な判断力だった。


「それであの、どうしてこんな大目立ちするようなことを……?」

「今この状況において必要なのは『安心』だ。焦りと不安は更なる混乱と死を招く。そのために象徴が必要なのさ」


 誰もが知る最高の魔導士である賢者。

 彼が叫ぶことで戦場の不安を取り除く、という魂胆は理解できる。


「──それと奴さんたちの目的は、どうやらオマエみたいだぜ」

「え」


 全身強化の力を聴力に回して周囲の音声を拾う。すると、一部のワイバーンたちが叫んでいた。

 聖剣の勇者を出せ、と。


「まさか……ッ!あの時のワイバーンと同じ、聖剣狙いの魔物!?」

「しかもそこそこの規模だ。明らかに絵図描いてる奴がいやがんな。……ドラゴン……いや……」


 賢者は数秒呟きながら思案すると、


「なんにせよ、この規模だと背後に強力な『魔王』がいる可能性が高い。もし遭遇したら逃げることだけ考えろ、いいな?」

「はい」

「なら行け。外の大軍はオレが引き受ける、オマエは内に行って市民を助けろ」

「でも師匠、魔力の使用制限は……」

「あの程度なら問題ねぇよ。ボンゴレもいるしな」

「面倒ですがお任せください」


 ボンゴレちゃんの強さはこの数日で身をもって体感している。彼女が側にいるなら万が一の心配はないだろう。


「了解しました!師匠もお気をつけて!」


 返事と同時に、脚力を強化して一気に地上へ降下する。

 狙いは先程から視界に入っていた一体のワイバーン。

 腰を抜かしたのか動けない親子を今まさに喰らわんと大口を開けるそれに向かって、僕は思い切り鋼の剣を振りかぶった。


「『切断力強化スラッシュブースト』!!」


 一閃。切断力を強化した一撃でワイバーンの首級を狩り落とす。


「あ、ありがとうございます……!」

「いえ、勇者として当然の務めですから!それよりここは危険です!早く立って上町の方へ!」


 こういう場合、下手に逃げ回るより一つの場所に密集してくれた方が勇者としても守りやすい。

 なにより下町より上町の方が警備もしっかりしている。安全性も高いだろう。

 だが、


「そ、それが……上町へ続く門が閉められていて……」

「は──?」


 一瞬、理解が追いつかなかった。


「ど、どうして……!?」

「魔物が『聖剣の勇者』を出せと……みんな聖剣の一族の方々に伝えようとしたんですが、掛け合ってもらえず、門も閉じられて……」


 聖剣としての機能を有する首飾りを有しているのは僕だ。だからフォウリスワード家が要求に応じられないのは理解できる。それは僕の責任だ。

 けれどだからって、どうして門を閉める必要があるのだろうか。


 フォウリスワード家は勇者の始祖の直系だから、『聖剣の勇者』に限らずとも他に有力な勇者は沢山いるはずだ。

 それこそ現当主である叔父はかつて名を馳せた勇者だったはずなのに、何故。


「──まさか、『聖剣の勇者』がいないことを隠すために……?」


 フォウリスワード家が隆盛を極めた最大の理由は聖剣の存在だ。

 その力が失われたことを周囲に知られては家名に傷がつく、どころか権威が失墜しても不思議じゃない。


 そのことを隠匿するために、下町と上町の繋がりを分断した……?


「ッ、クソ!状況が掴めない……!他に避難できそうな場所は!?」


 聴力と視力に強化を回して周囲の情報を探る。

 どこかに比較的安全な場所はないか。

 数十体のワイバーンやレッサードラゴンに襲われてるこの王都で、そんな場所なんてどこにも──。


『──動ける方はこちらへ!私の名前はリリィ・リオン!先代『聖剣の勇者』パーティの一人であり、『僧侶の勇者』!簡易的な結界魔法による避難地を作りました!どうか避難をお願いします!』


 焦燥に駆られていた時、遠くの方で聞き覚えのある声がそう叫んでいるのが聞こえた。

 流石は父と共に数多の魔物を倒してきた経験者だ。迅速な対応力に舌を巻かされる。


「ここから南西の方角に避難場所があります!お連れしますので捕まってください!」

「は、はい!」

「ゆーしゃさま、ありがと……!」

「どういたしまし、てッ!!」


 全身を強化し、一足飛びで目的地まで駆け抜ける。災厄の夜は、まだ終わりそうになかった。



「ぐすっ、怖いよぉ……」

「シスター、どこいったの……?」

「お姉ちゃん……」

「シスターは街の人たちを守りに行ったんだよ。でも大丈夫、安心して。あたしがいるからね」


 一方その頃、孤児院ではセレナとアルスが子供達の面倒を見ていた。

 この逼迫した状況で二人の戦力を置いていくのは心苦しいが、だからといって子供達を置いて出ていくわけにもいかない。


 故に戦闘力の高いアルスと治癒魔法の使えるセレナに任せて残る四人が救助と討伐にあたる、といった流れだった。


「チッ、俺はガキのお守りやるために勇者になったんじゃねぇぞ」

「今はそんなこと言ってる状況じゃないよ。仮にも一緒に過ごしてきた家族でしょ?」

「…………ケッ」


 セレナにとってアルスはロクに他人と関わろうとせず、いつも妹と二人で過ごすよく分からない人間だった。

 それが学園入学以降は友達をイジメるヤバい人になったが、よく分からないのは今でも変わらなかった。

 そんな相手と二人きりで守らなければならないのは不安だったが、必死に表に出ないように努めた。


「大丈夫、わざわざ孤児院の地下まで来るような魔物はいないはず……」


 よしんば来たとしても小型の魔物くらいだ。

 それならアルスがいれば問題なく倒せる。

 だから大丈夫だと、必死に自分を宥めて。


「……おい待て、マリィはどこだ?」

「え?マリィちゃんなら、この中に……」


 いるはず、と続けようとしたセレナの言葉が止まる。アルスによく似た金髪碧眼の少女は、どこにも見当たらなかったからだ。


「ッ、クソが!!」

「ちょ、待ってよ!?」


 そのことに気づいた瞬間、アルスは地下室を飛び出した。

 冷静な判断を下した賢者とリリィだったが、流石の彼らも突然の強襲に見落としが生まれてしまったのだろう。

 賢者は他人への興味が薄く、本来なら気がついたであろうリリィは長らく勇者業から身を置いていた。

 

 結果として生まれた誤算。

 着いていこうとしたセレナだったが、子供達を置いて出ていけば最悪不安になって外に飛び出すかもしれなかった。


「もう、どうしてこんなことに……!」


 結局セレナはその場に留まった。

 そしてアルスは、マリィのいそうな場所に向かって走っていた。


「クソ、どうしてよりにもよってあいつが……!」


 中庭のブランコ。きっとあそこだ。

 二つのブランコのうちの片方。あれは幼い頃、人気のあった遊具に乗れなかったマリィのためにアルスが作ってあげたものだ。

 不恰好だったが、とても喜んでくれたのを覚えていた。


「ッ、マリィ!無事か!?」

「……その声……おにい、ちゃん……?」


 案の定、マリィは倒木の近くに倒れていた。

 葉っぱに隠れて見えなくなっていたのだ。

 アルスは彼女が潰されていなかったことに安堵しつつ、急いで駆け寄った。


「もう大丈夫だ。俺がおぶって地下室に連れて行ってやる。治癒魔法が使える奴がいるから怪我も治してもらえる」

「……どう、して……」

「ンなこと」


 決まってんだろ、と。

 そう続けようとしたアルスの動きが、ピタリと止まった。

 心理的な理由ではなかった。

 もっと物理的で、直接的な脅威。


 身の毛もよだつ膨大な魔力の塊が、すぐ側まで接近していることに気がついたのだ。


「なんだァ?美味そうな匂いにつられて来てみりゃ、ガキが二人だけェ?……いや、こっちから強い匂いを感じるな。地下にいるのか?」


 アルスが以前見たワイバーンとさえ比較にならない魔力の嵐。

 大地を踏み締める音だけで、それが途轍もなく強大な魔物であると気づいてしまった。


「よォ、ところで人間。俺様ァ大事な用事があるんだが、ちィっとばかし小腹が空いててよォ」


 ゆっくりと振り向き、相手の姿を確認する。


「──前菜代わりに、お前ら全員イタダキマスしてもいいよなァ!!?」


 黒い鱗を持ち、肩に汚れた布切れをつけた竜人ドラゴニュートの魔物。

 明らかにAランク超の怪物が、そこにいた。

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