第22話 魔王軍襲来
あり得ない。
それが数日前から今現在に至るまで、ガゼル・フォウリスワードの脳内を埋め尽くしている単語だった。
脳が沸騰してしまいそうなほどの激情が、弾ける電流となって形に現れる。
「あの出来損ないが、Bランクの勇者だと……!?そんな馬鹿なことがあるはずがないッ!!これは何かの間違いだッッッ!!!!」
ダン!!と机にヒビが入る威力の拳を叩きつける。そんなことを何度も繰り返したというのに、彼の怒りが収まることはなかった。
「聖剣は、私の手元にあるはずなのだ……ッ!!」
あれから何度も分家筋の人間を呼び出しては聖剣を抜かせようとした。
聖剣の一族の威光が轟いたのは最大の要因は『聖剣の勇者』にこそある。
代々職業:ゆうしゃの頂点に立ち、率先して魔物を倒してきたからこそ今日に至るまでの栄光があるのだ。
もし途絶えてしまえば、フォウリスワードという王族にも引けを取らない地位を誇る貴族の家が没落することを意味している。
故に途絶えることなどあってはならない。
絶対に、あってはならない──だというのに。
「しっ、失礼しますッッッ」
憤怒の感情のままに沸き立つ苛立ちを周囲の物に当たることで発散していたガゼルは、突然扉を開けて現れた執事にもその怒りの矛先を向けた。
「貴様ァッ、今何時だと思っている!!挙句ノックもせずに入ってくるなど礼儀も知らんのか!?」
「し、失礼いたしました!しかし火急の用件でして、一刻も早くガゼル様のお耳に入れなければと……」
「ええい去れ!どうせあの忌々しい無能なことだろう?!」
「いえ、そのっ!!」
執事は荒く呼吸を繰り返しながら、心底青ざめたような表情で言葉を放った。
「──魔物の大軍の襲来ですッ!!数百体のドラゴン系が一斉にッ!!或いは魔王軍の可能性もあると!!」
「……なん、だと?」
ガゼルは燃え上がるような怒りが冷水をかけられたように一気に冷めていくのを感じた。
魔王軍。
この時代においては、二種以上の魔物の群れを纏め上げる魔王によって率いられる群れを意味する言葉。
魔物の強さによるが、数は最低でも百から認定され、例え最低ランクの魔王軍であってもその脅威は計り知れない。
それが、数百。或いは千に届くかもしれない。
それも魔物の中でも最強種と名高いドラゴンの群れ、などと。
「大半は王都外壁で何とか勇者たちが食い止めているものの、一部飛行能力を持ったワイバーンなどが既に内部に侵入して被害を出しているらしく……」
「馬鹿な!この王都周辺は常に勇者の手によって魔物が狩られている上、ドラゴンの生息地域ともかけ離れている!仮に来たとして、こんな急に大群が押し寄せてくるはずが……」
「一部の人語を解する知能のあるワイバーンによりますと」
執事は必死に呼吸を落ち着けると、静かに言った。
「──聖剣の勇者を出せ、と。そう要求しているそうです……っ」
「…………なんだと」
☆
それは突然の襲撃だった。
月明かりと店灯りだけが静かに街並みを照らし出す王都の夜。
人通りはめっきり少なくなり、今日を終えて明日を始めるための休息の時間。
しかし、その静寂は一瞬にして破られることになった。
「うわあああ!!!魔物だあああああ!!!」
「ドラゴンっ、ドラゴンよ!?なんでこんなところにぃ!?」
「またかよクソ!!王都に現れるのなんてスライムくらいじゃなかったのかよ!!」
突如侵攻を開始した魔物の大軍によって、王都の平和は一瞬で崩壊することになった。
夜の空から襲来する無数のワイバーンやレッサードラゴンの群れ。
飛行、或いは滑空によって空から侵入してきた数十体いる彼らは瞬く間に建物を破壊していった。
そうして本来壁外を監視する見張りが街中の異変に気を取られている間の出来事だった。
一体どこに潜んでいたのか、無数の魔物たちが平原を超えて外壁に迫っていたのだ。
気づいた時には既に防戦一方な状況だった。
慌てて招集をかけられた勇者たちだったが、アーリア連合王国の王都は百年単位で魔物による被害が控えめだった。
そのこともあって王都にいる人員は大半がC〜Dランクの勇者であり、魔物の中でも強力なドラゴン系を主軸に構成された大軍に押され気味だった。
「『
「土系魔法が使える者は地面を操作しろ!奴らの進軍を阻害するんだ!」
「私の青銅の剣が折れてしまったァ!?」
大混乱の中、情報を統括して纏める軍司令部では何とか敵の構成を把握した兵達が報告をしていた。
「報告します!敵兵力はおよそ五百ほど!ベノムリザードやレッサードラゴンが主な戦力で、奥に
「ベノムリザードにレッサードラゴン……最近数が増えていると報告には上がっていたが、まさかこれほどとは」
挙げ句の果てには翼を持たない代わりに強靭な足腰を持つドレイクまでいる始末だ。
ワイバーンが空ならドレイクは陸。
どちらもBランクに相当する厄介な魔物であり、Cランクの勇者が十人単位でパーティを組んでようやく倒せるレベルの相手だった。
「現在動員可能な勇者や兵士は合わせて千に届くかどうか……だが勇者の内訳はそのうち一割ほどで、兵士たちはDランクの魔物をやっと倒せるかどうかだ」
前線の守護を任されている兵士隊の隊長が頭を悩ませる。
兵士たちも鍛えてはいるが、勇者に比べれば戦力不足は否めない。
Dランクでも上位のベノムリザードを相手取るだけでも大変だというのに、レッサードラゴン、果てはドレイクまで出てこられては絶望的という他ない。
前兆のない夜の強襲で、比較的有力な勇者がいないのも痛かった。
「その上、内側にもワイバーンが……クソ!どうすればいいというのだ!!」
絶望から無意味だと分かっていても叫ばずにはいられなかった。
数ヶ月前にもワイバーンが一体現れた事件はあったが、あんなもの例外中の例外だったのだ。
仮にあれが今回の予兆だったとしても気づけるはずがなかった。
更にはこの規模だ。
軍としては小規模だが、群にしては多すぎる。
彼らを纏め上げ、支配する『魔王』がいるかもしれない。
その場合、王都が陥落する恐れがある。
誰もが最悪を想定して絶望に膝を屈しかけていた時だった。
その声は、王都を囲む外壁の上から戦場に響き渡った。
「どうやら大ピンチのようだが、運が良かったなオマエたち!もう大丈夫だ、安心してくれ!!何故かって、そんなの決まってる──」
白銀の長髪を風に揺らし。
黄金の双眸で戦場を睥睨し。
傲岸不遜な態度で人々に安心をもたらす。
「この『賢者』リオルカ様がいるからだ!!!」
「ぐうぅ、緊張で胃が痛くなってきた……ッ!!」
『賢者』リオルカ。
そして『聖剣の勇者』ユウ。
職業:ゆうしゃの象徴が、王都内外の戦闘に加わった。
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