第21話 マリィちゃん
翌日。
今日も今日とて依頼をこなすのかと思いきや、僕たち二人に新たな試練が課された。
「今日からこいつを相手に戦ってもらう。一撃でも入れられれば一人前と認めてやるよ」
「どうも」
そう、ボンゴレちゃんが相手だった。
これまで怠けているところしか見たことがなかったから正直戸惑った。
アルスくんも同じだったようで、一瞬でクリアしてやるなどと大口を叩いていた。
現実を思い知らされたのはその一分後だった。
「やーいざーこざーこ(^▽^)」
「びょ、秒殺……」
「クソがぁ……」
僕たちは二人仲良く地面に転がっていた。
「今までボーンゴーレム要素ゼロと思ってたけど、ちゃんと要素あったんだね……」
彼女の武器は伸縮自在の骨だった。
鞭のようにしなる背骨は鋼より硬く、手首から伸びた骨の剣は容易く僕らの斬撃を捌いた。
それだけじゃない。
人体ではあり得ない挙動で僕らの攻撃を掻い潜り、わざわざ接近戦で倒しにきたのだ。
完全に舐められていた。
「立ち回りはそこそこ身についてきた。次は自分たちより格上の相手にどう協力して立ち向かうか、だ」
これまでの敵は基本的に僕ら単体でも倒そうと思えば倒せる相手ばかりで、だからこそ互いの動きに合わせることに意識を集中できた。
だけど自分たちより強い相手なら?
余裕のない中、それでも1と1の力を合わせて2にできるのか。
「気張れよ。これができた時、オマエらは勇者として一次元上のステージに立てる」
賢者に太鼓判を押してもらったのだ。
できない、なんて弱音を吐くつもりはなかった。
「うおおおおおボンゴレちゃん覚悟!」
「来なさい、私は実は一回刺されただけで死にますよ」
一回も刺せなかった。
朝っぱらから夕方まで戦闘訓練を続けて、結局ボンゴレちゃんには傷一つつけられなかった。
「ボロボロだね、二人とも……今治すからね」
因みに、僕らの治療はセレナさんが担当していた。これも修行の一環らしい。
生傷が時を遡るかのように癒えていく。
「光魔法の治癒は再生というより復元って感じらしくてね。まだよく分かってないけど、コツは掴めてきたよ!」
本来なら上級より高位な特級レベルでないと不可能な四肢の欠損も光魔法なら上級で治療できるらしく、切れた部位が残っていたら中級でも繋げられるのだとか。
素晴らしい才能だと改めて感心した。
「それに比べて僕、あんまり成長できてない……」
ここ数日で得られた成果はアルスくんとの僅かばかりの連携の上達くらいなものだ。
これでは最強の勇者なんて夢のまた夢。
Sランクは勿論Aランクになれるかも怪しい。
晩御飯を終えて、やることもなくなったので一人肩を落としながら夜風を浴びる。
どうすればアルスくんと協力してボンゴレちゃんに攻撃を加えることができるだろうか。
まず僕らが使える手札を開示して、二人で作戦を立てる必要があるだろう。
だけど胸襟開いて話し合うなんて出来っこない。
頭を悩ませていた、その時だった。
不意にブランコが軋む音が聞こえてきた。
「誰かいるのかな」
気になったので様子を見に行く。
果たして、そこにいたのはマリィちゃんだった。
彼女は一人、ブランコに揺られながら月を眺めていた。
聞きたいことはあったけど、勇者が嫌いって話だし、下手に声をかけない方がいいだろうか。
そう思って静かに立ち去ろうとしたが、落ちてあった木の枝を踏んでしまった。
「誰っ」
「あ、あはは。僕だよ、ユウ。覚えてるかな」
「……ああ、あのモサモサ頭の」
「もさ」
確かにちょっと天パ気味だけども。
「何か用?こそこそ覗き見て……ロリコン?」
「ちがっ、そんなんじゃないよ!?」
「慌てるところが逆に怪しい。クソ犯罪者」
「シンプルに口が悪い……!」
流石はアルスくんの妹。血の繋がりを感じた。
「言ったでしょ、勇者は嫌いなの。あっちいって」
昔、学園で何度も見下されてきたのと同じ青い瞳が睨みを利かせる。
踏み込んでいいかどうか、迷う恐怖を張り切って言葉を続けた。
「……僕の父は勇者だったんだ。でもある魔王との戦いで死んじゃって、跡を継ぐことになった」
「…………」
「でも僕はダメダメで、才能がなかった。みんなから否定されて……それでもずっと、勇者になりたくて」
父のような勇者になりたい。
強くなって周りを見返したい。
僕を認めてくれた賢者の期待に応えたい。
それが今思いつく、勇者になりたい理由だった。
「だから知りたいんだ。どうして君が勇者を嫌うのか」
親を失って、それでも勇者に憧れた僕とは正反対の少女。
彼女のことが、どうしても知りたくて仕方がなかった。
「……あんた、親が死んだ時どう思ったの?」
「……悲しかったよ。もう二度と会えないんだって理解するのに一ヶ月以上かかって、その時初めて泣いたのを今でも覚えてる」
「そ。私も同じ感じ」
鋭い威圧感を放つ碧眼ではない。
どこか虚しさを抱えたような碧い瞳が、そこにはあった。
「勇者である前にさ、親じゃん。私たちのパパとママじゃん。だったら魔物なんかより、私たちのために生きるべきでしょ」
「…………」
「なのに勇者だからって私たちを置いて先に死んで……馬鹿みたい。勇者って、家族よりも大切なものなの?」
冷たく淡々としていた声が、徐々に熱を帯びていくのを感じた。
「そんなのを有り難がってる人が嫌い。そんなのに憧れてる人が嫌い。そんなのになるために私を捨てたお兄ちゃんが嫌い。みんなみんな、大っ嫌い……!!」
それはきっと、これまで彼女が抱えてきた怒りや悲しみの発露だったのだろう。
静かな夜を引き裂く大声ではないけれど、耳朶をうち、心を打ちのめす慟哭の声。
論理的に反論する隙はあるのだろう。
魔王と呼ばれる個体はどれも凶悪かつ強靭な魔物だ。放置しておけば一般市民、ひいてはマリィちゃんたち家族に牙を剥いただろう。
遅かれ早かれ、彼女の両親は魔王と戦う運命にあったのだと。
でもそんなのは理屈でしかない。
どうしようもない感情に理屈で蓋をしたところでやがて溢れて決壊するだけだ。
僕が勇者になりたかった時のように。
「…………ちょっとだけ、分かるよ」
蛇が出るとわかっていながら薮を突いた。
僕は最後に「ごめん」と一言謝ると、その場を後にするのだった。
「…………クソが」
☆
──深く鬱蒼と生い茂った森林の奥地。
岩壁立ち塞がる山々に程近い場所で、生々しい咀嚼音が響いていた。
「ブハァァァ〜……ごちそうさまでしたァ」
口周りを真紅に染め上げて、滴る血液のソースを長い舌で舐め取る。
それは食事だった。自然界ではよくある殺生、生き物が生きていく上で必須の行い。
けれどそれが人間の──それも堅牢な鎧に身を包んだ勇者の死体となれば、話は別だった。
『拳の勇者』と『闘士の勇者』。
あるBランクの新米勇者に恥をかかされ、名誉挽回とばかりにレッサードラゴンの討伐依頼に挑んだ彼らは、本来遭遇するはずのない『脅威』によって無惨にも命を刈り取られてしまった。
「自分を狩る側に置いていた勇者が、俺様に殺される寸前の恐怖の味ィ……アァ、たまんねェ」
文字通り骨の髄までしゃぶり尽くして、ソレは心の底から満たされたように恍惚な表情を浮かべる。
「腹ごなしは済んだ。後はメインディッシュを頂くだけ」
ギロリ、爬虫類のような血色の眼球が動く。
視線の先には、夜の闇に閉ざされたアーリア連合王国の王都が存在していた。
「俺様の舌を唸らせてくれよなァ──聖剣の勇者」
月光がソレを照らし出す。
そこにいたのは余りにも流暢に人語を話す、人型のドラゴンであった。
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