第20話 孤児院での日々

 帰る頃にはすっかり日も暮れていて、夕日が街並みを茜色に染め上げていた。

 もちろん道中は無言だ。僕とアルスくんが仲良く話す日なんて永遠に来ない。

 ただ一つ。気になっていたことがあったので、それだけ尋ねてみた。


「君は、どうして賢者の誘いを受けたの?」


 僕の知るアルスという人間はプライドが高い。

 あんなボロクソに言われて素直に誘いに乗るとは思ってなかった。


「……強くなって、魔物をぶっ殺すためだ」


 返ってきたのはそれだけだった。

 その後は完全な無言の時間。

 死ぬほど気まずい時間を乗り越えて孤児院に帰り着くと、そこには予想外の光景が待っていた。


「セレナー、次はオレとあそぼうぜー!」

「だめ!お姉ちゃんはわたしとあそぶの!」

「ぼくもー!」

「待って待って、あたしは一人しかいないから落ち着いて!」


 セレナさんが子供達に囲まれて揉みくちゃにされていた。


「あの、セレナさん大丈夫?」

「あ、ユウくん!……と、ヤバい人。今帰ってきたの?」

「うん。その子達は?」

「ここの孤児院の子達だよ。あたしの後輩だね、ふふん!」


 大きな胸を張って誇らしげにするセレナさんに倣うように、子供達も胸を張っていく。

 それだけで彼女が慕われていることが分かった。

 こんな微笑ましさの塊の隣を平然とスルーして歩いていったアルスくんは人間の血が通っていないのだろう。


「にいちゃんだれー?セレナの彼氏ー?」

「かれっ!?」

「僕はユウだよ。セレナさんとは勇者学園からの友達なんだ」

「とも……」

「えー!じゃあお兄ちゃんも勇者なんだ!」


 その言葉を皮切りに一斉に群がってくる子供達。遠慮なんてまるで気にしない圧迫感だった。


「すげー!かっけー!」

「いいな、俺も勇者になりたい!」

「わたしも!」


 職業:ゆうしゃは子供の憧れだ。

 日々魔物の脅威から自分たちを助けてくれる英雄に憧れない子供がいるだろうか。

 例に漏れず、彼らもそのようだった。


「……あれ?」


 そんな僕らを見つめる視線が一つあった。

 ブランコに揺られるその子供は、どこか覚えのある吊り目の碧眼をした女の子だった。


「あの子は……」

「ああ、あいつは気にしなくていいよ」

「そうそう、いっつも一人だもんな」

「一緒にあそぼっていっても無視してくるし……」


 どうやら仲間外れにされているご様子。

 きっと仲間に入れてもらいたいけど、気恥ずかしくて中々集団の輪に加われない子なのだろう。

 同じぼっち気質だから共感できる。分かるよ、その気持ち……!

 

 ここは先達として一肌脱ごう。話しかけてみる。


「やあ、初めまして。僕はユウっていうんだ。君は?」

「……マリィ」

「そっか。マリィちゃんはブランコが好きなのかな。実は僕も昔よく一人で──」

「勇者が私に話しかけないでくれる?」


 おっと全然違うタイプでした。


「えっと、あのー……?」

「私、勇者が大っ嫌いなの。今すぐ視界から消えてほしいんだけど」

「その」

「消えて」

「はい消えます……」


 自分より年下の子供の眼光に負けた。

 レイナちゃんや孤児院の子供たちとは正反対の冷たい態度に心が折れそうだった。


「セレナさん、あの子は一体……?」

「あの子はその……驚かないでほしいんだけどね」


 セレナさんは耳元に顔を寄せてきて、


「アルスくんの妹なの。あたしが七年前に来たのと同じくらいにここにやってきたんだ」

「……マジか」


 道理であの目に睨まれると踏み込む気力が失せるわけだ。

 そういえば、ついでに気になっていたことを質問してみることにした。


「あっくんってここの出身だったんだね。二人とも知り合いじゃない風だからてっきり……」

「うーん、難しいところなんだけどね。同じ施設育ちだけど、話したことはなかったし」


 同じ施設出身で勇者学園に入学した共通点があるのに話したことがないって相当だ。


「……けど、どうして勇者を嫌っているんだろう」


 このご時世、勇者に憧れる子供はいても勇者を嫌う子供なんて見たことがなかった。

 勇者の兄を持つのにどういうことなのか。

 気にはなったが、尋ねる勇気はなかった。



 次の日も僕たちは依頼をこなす日々を過ごした。

 といっても初日のレッサードラゴンが特別難易度が高かっただけで、この平和な王都近辺で凶悪な魔物が出現することはまずない。

 最大の敵はお互いの呼吸の合わなさという異色の魔物退治をこなす毎日だった。


 そしてセレナさんはというと、


「死にそう……ユウくんたすけてぇ……」

「オラ弱音吐く暇があったら魔法の一つでも覚えやがれ!」

「ここで甘えて実戦で泣くのは貴方だけでは済まないのですよセレナ」

「ごめん、僕にはどうすることもできないっ」

「薄情者おおおおおおぉぉぉぉぉ……」


 賢者とリリィさん二人のスパルタしごきで泣きを見せられていた。

 僕は見て見ぬふりをしてその場から立ち去ることしかできなかった。南無。


「お三方共、ご苦労なさられているご様子ですね」

「ボンゴレちゃん」

「私も陰ながら見守っております。ご発展をお祈りしていますよ」

「因みに普段はなにを?」

「王都で有名なすいーつを嗜んでいます(^^)」


 煽られてるのかな僕。

 

 こうして孤児院を拠点に目まぐるしい修行の日々は続いていく。

 その最中に子供達と遊ぶイベントもこなしたり、中々に充実した毎日だった。

 ただ一つ気になることがあるとすれば、


「…………」

「…………」


 アルスくんとマリィちゃん。

 兄妹だと聞かされた二人はしかし、数日の間に一度も目を合わせることすらしなかった。


 どうでもいいといえばどうでもいい。

 アルスくんの事情なんて知ったこっちゃない。

 けれど気にならないと言うと嘘になる。


 僕にとってのアルスくんは、会えば必ず嫌味なことを言ってバカにしてくる嫌な奴だ。

 倒した時は心からスカッとした。

 パーティを組まなければ、人生の壁その1で終わっていただろう。


 でもこうして付き合う中で、当たり前だけど彼みたいな人間にだって背景があることを知った。

 嫌な奴という記号だけで人は括れないのだ。


 以前、セレナさんに勇者を目指す理由を聞いたことがあった。


「あたし、小さい頃に魔物のせいで親が死んじゃってさ。それで孤児院に引き取られたんだけど、そこがもう古っぽいのなんのって」


 修繕しては別の箇所がダメになるのがしょっちゅうなんだよ、と彼女は話していた。


「……孤児院には他にも同じような子達が沢山いたんだ。身寄りをなくして、他に行く当てのないひとりぼっちの寄せ集めなの」


 冷遇されてはいたけれど、上町で生まれ、貴族として最低限の生活は保証されてきた僕にはとても想像のつかない環境だった。

 軽々しく「大変だね」などと口にできなかった。


「ボロっちいけどさ。あたしにとっては第二の実家で、大事な場所なんだ。だから勇者になって魔物を倒したいっていうのもあるけど、お金を稼いで、その場所を守るお手伝いがしたいんだ」


 それを聞いて、僕はとても尊い理由だと思った。

 ただ勇者にならなければならないという強迫観念に突き動かされていた当時の僕には、余りにも眩しい志望動機だったから。


「どうして勇者になりたいのか、か」


 セレナさんは第二の実家を助けるためだった。

 ならアルスくんはどうなのだろう。

 賢者は、リリィさんは──父はどうだったのだろうか。


「おや。貴方は、ユウさんですか」


 教会で一人物思いに耽っていると、偶然にもリリィさんと遭遇した。

 いや、シスターは教会にいる方が自然なのだから、向こうが偶然僕と遭遇したと言うべきなのか。


「リリィさん、こんばんは」

「こんばんは。どうかされましたか?」

「ちょっと、考え事です」

「そうですか」

「…………」

「…………」

「……ここは考え事が何か訊ねる場面では?」

「そうやって聞いてほしいオーラだけ出している人は嫌いなので。何事も素直が一番ですよ」


 そうだけども。


「その、相談したいことがあるんですけど、ダメですか?」

「……仕方ないですね」


 素直に頼み込んだら聞いてくれるらしい。

 僕は、ふと湧いた疑問を話すことにした。


「どうして勇者になりたいか、ですか」

「はい。ちょっと気になって。僕は昔からなるのが当たり前みたいなものだったので」

「そうですか。といっても、私にそんなものはありませんでした。以前話した通り弟分の面倒を見ていただけですから」

「師匠……賢者は?」

「身分証として便利だからなっただけで大した目的はないと言っていたような」


 それで職業:ゆうしゃの頂点になってしまえるあたり才能とはつくづく残酷だった。


「それじゃあ、アルスくんは?」

「……あの子のことが気になりますか?」

「一応、少しは、癪ですけど、はい」

「複雑な関係なのですね」


 複雑というか複雑骨折というか。

 リリィさんは「私も詳細までは把握していませんが」と断りを置いた上で話し始めた。


「あの子の親は職業:ゆうしゃでした。『白剣の勇者』と『造剣の勇者』……二人ともAランクの優秀な勇者だったと聞いています」


 Aランクと聞いて驚いた。そんなの、全勇者の中でも一割未満のトップランカーじゃないか。


「しかしある魔王・・との戦いで殉職。アルスとマリィは遺児となり、やがてこの孤児院に行き着いた……と」


 魔王。

 勇者が職業となった現代において、魔王もまた格落ちした概念となっていた。

 スライムとゴブリンなど異なる二種以上の魔物を纏め上げ、一定以上の規模の群れを作る強力な魔物の総称だ。


「私が知るのはそれだけです。彼らは私にも心を開いてくれません。それもマリィの方は、寧ろ私だからこそといえるでしょう」

「……勇者を嫌っているから、ですか?」


 リリィさんはコクリと頷いた。


「勇者としては栄誉ある死でした。ですが遺された子供がそう思えるとは限らない。彼女が勇者を嫌うのは当然でしょう」


 勇者として死んだ親をどう思うか。

 なまじ心当たりがあるだけに、僕は何も言えなかった。


「……それじゃ、父はどうでしたか?」


 だから最後にそれだけ。一番気になっていたことを尋ねてみた。

 リリィさんは無表情から一転、薄い笑みを浮かべると、


「魔物怖いし勇者辞めてそこそこの都会でスローライフを送りたい、と常々言っていましたよ」

「えぇ……」


 父のイメージ像が音を立てて崩れそうだった。

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