第18話 孤児院
王都の下町の中でも特に端の方。
都市を円状に囲む巨大な外壁に程近い場所に、小さな教会があった。
世界中で最も広く信仰されているオール教によって作り上げられたそこは、併設されている孤児院の運営も行っていた。
「……なんていうか……」
知識だけでは知っていた。
王都の中央にそびえ立つ大きな教会とは違って、比較的古くに建設された小規模な教会があると。
だがいざ間近で見てみると、なんとも。
「小さいし古びてる、でしょ?」
「セレナさん」
「いいよ。誰が見てもそう思うもんね」
空色の髪の少女が力なく笑う。
友達として会話をこなす中で、彼女がここの出身だということは知っていた。
だから言葉を選ぼうとしたのだが、態度に出てしまっていたようだ。
「でもお師匠さん、ここに『僧侶の勇者』がいるってどういうこと?あたしは七年前にここに来たけど、そんな偉い人なんて見たことないよ?」
「そりゃ偉そうにするような奴じゃねぇからな」
勝手知ったる我が家とでもいわんばかりの図々しさで敷地内に踏み込んでいく賢者の後ろを、三人一列になってついていく。
中庭には一本の樹木と、その太い枝に吊られたブランコが二つほどあった。
片方はとても不恰好に見えた。
きっと子供の遊び場なのだろう。ここが孤児院であるという実感が湧いてきた。
「……お貴族様には見慣れねぇ光景か」
「え?今なんて」
「おーい、ユウくんこっちこっちー!」
背後でボソッとアルスくんが何かを呟いたような気がして聞き返したが、セレナさんの呼びかけで有耶無耶になってしまった。
気にはなるが、きっとまた罵倒の類だろうと思って深く追求しないことにした。
ギシギシと怪しげな音を立てる木造の床を慎重に踏みしめながら廊下の角を曲がり、賢者が向かった場所へと追いかける。
そこにあったのは応接室だった。賢者は「入るぞ」とぶっきらぼうに言うと、躊躇いなく扉を開いた。
「遅いですよ、リオ……あら、セレナ?」
「わぁ、シスター!ただいま!」
応接室のソファに、まるで彫像のように綺麗な姿勢で腰かけていたのは白い長髪を持つ一人の女性だった。
シスターと呼ばれたその女性は、振り返る様すら見惚れるほど美しかった。
「セレナ、どうして貴方がそのお馬鹿と一緒に?それにそこにいるのは……アルス?」
「えっ」
「……どうも」
まさかの呼びかけに僕の方が大きな反応を返してしまった。
セレナさんはともかく、どうしてアルスくんのことを知っているのだろうか。
戸惑っている僕を他所に賢者が話し始める。
「ちょっと王都に寄る用事があるから顔見せるって言ってただろ?来ちゃった♡」
「一体何か月前のことですか。まったく、今朝突然連絡を寄越してきたかと思えば……ハイエルフが人間と時間感覚が異なるのは理解していますが、もう少し相手に合わせるということを覚えてください」
「へーへー、それで頼みがあるんだけど」
シスターの注意も賢者にとってはまるでどこ吹く風だった。
「コイツの魔法の修行に付き合ってくれ。光魔法ってだけならまだしも、回復系はオマエの方に一日の長がある。引き受けてくれるよな?──リリィ」
「久々に顔を見せたかと思えば、相手の都合を考えない強引さは相変わらずですね。──リオルカ」
「……えっ、もしかして」
「ああ。こいつが『僧侶の勇者』だ」
「え、ええええええええええ!!!??」
セレナさんが驚天動地といった様子で大声を張り上げた。
何度も賢者とシスターことリリィさんの顔を見比べると、最後に僕の方へ近寄って肩に手を置いてきた。
「ど、どどどどうしよユウくん!?なんか昔から知ってる人が実は凄い人だった展開に今まさに遭遇しちゃったよあたし!?」
「セレナさん落ち着いて体揺らさないででででで」
「先代『聖剣の勇者』パーティの一員だよ!?職業:ゆうしゃのトップ中のトップだよ!?」
脳みそがシェイクされそうな勢いで体を前後に揺さぶられる。
三半規管に重大なダメージを負いそうだった。
「落ち着きなさい、セレナ。いつも言っているでしょう。貴方の快活さは美徳ですが、落ち着きがないのは悪徳であると」
「は、はいっ。……でもシスター、どうしてそんな凄いこと隠してたの?」
「喧伝するようなことでもないでしょう。私はただ馬鹿な弟分の面倒を最後まで見てあげただけですから」
「……あの、馬鹿な弟分というのは?」
「先代『聖剣の勇者』レックス・フォウリスワードのことです」
尊敬する父が馬鹿な弟分呼ばわりされているのを認めたくないこの気持ち、誰か分かってくれそうな人はいるかな。
いなさそうだった。
「失礼ですが、貴方は?」
「あ、僕はユウです。フォウリスワード家の人間だったんですけど、縁を切られちゃって……」
「──そう、貴方が」
リリィさんの瞳がスッと細められる。
その目に映る感情は一体どんなものなのだろうか。分からないけれど、僕如きが推し量れるようなものじゃない気がした。
彼女は小さく息を吐くと、
「急に魔法を教えろ、などと言われてもこちらとて予定というものがあります。子供たちの面倒を見なければいけませんし、日々の業務も山積みです。貴方たちに割く余裕などありません」
冷たすぎるまでの一刀両断だった。
「えっ、えっ!?よく分からないけど、シスターが引き受けてくれなかったらあたしの修行どうなるの!?」
「ダメそう」
「シスターお願い!可愛いあたしの為と思って!」
「……そのような泣き落としをしても無駄ですよ。いいですかセレナ、少しは自助努力というものをですね」
「うぅ……!」
「…………まあ、以前から勇者になれたのなら教育を施そうと思っていたので、構いませんが」
チョロかった。
セレナさんが少し涙ぐんだら秒で陥落した。
「何を隠そうリリィは超クールツンデレ爆乳チョロシスターでな。ああいう純粋なタイプにはめっぽう弱い」
「そ、そうなんですか。……爆乳っていう必要ありました?」
「ある」
あるんだ。
「わあっ、ありがとうシスター!」
「……仕方ありませんね」
元気一杯な声が響き渡る。
セレナさんが僕らと一緒に特訓しても意味はなかった。こちらの方が彼女にとっては身になる訓練になるだろう。
さて、賢者がこちらに振り返る。
「オマエらは別口の特訓を行ってもらう。つってもそう大層なことじゃねぇ。新人勇者として当たり前のことだ」
彼の指が二本立てられて、
「依頼をこなしてこい。二人でな」
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