第17話 『聖剣の勇者』パーティ

 職業:ゆうしゃのは多くはパーティを組む。

 下敷きとなった冒険者の頃からの伝統であり、当然の制度でもあった。

 たとえ雑魚扱いを受けているDランクの魔物であっても、油断すれば命を落とす。

 集団で相手取る方が安全に決まっていた。


 セオリーに従うなら適性人数は四人。

 前衛となる戦士タイプ。

 前衛後衛を両立できる勇者タイプ。

 後衛でメイン火力となる魔法使いタイプ。

 最後衛で支援をする僧侶タイプ。


 上記は人数が多すぎず少なすぎない、最もバランスのいいパーティ構成とされている。

 中でも回復を務める僧侶タイプの役割は高く、最も重要視される立ち位置だ。


 一方でボクら『聖剣の勇者』パーティはというと、基本的な戦闘スタイルは戦士タイプに近い僕を前衛として、勇者タイプのアルスくんが後ろから援護して、後衛のセレナさんが回復を飛ばす。

 少し足りないながらも悪くはない組み合わせ、のはずなのだが。


「邪魔だ右にどけ!」

「うひゃあ!?」


 アルスくんが放った魔法が僕を掠めて飛んでいく。

 戦っていた一角ウサギは炎に焼かれ、その生命活動を終えることになった。


「し、死ぬかと思った」

「魔法の詠唱してただろうが」

「早いよ!詠唱した瞬間すぐじゃないか!」

「合わせられんだろ!」

「無理!」


 悪くはないのはあくまで数値上の話。

 性格まで考慮すると、到底噛み合うはずのない組み合わせだった。


「あはは……あたしやることほとんどない」


 しかも王都周辺は日常的に他の勇者たちが魔物を狩って回っているため、そう強力な個体もいない。

 もっといえばこの国は比較的弱い魔物が多い。


 結果として傷も負わず、セレナさんの出番もなかった。

 仮に出番があったとしても、それはきっとフレンドリーファイアの結果だろう。


「お疲れ、どうやらうまくいってるみたいだな?」

「……皮肉ですか、師匠」


 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら近づいてくる賢者に、こちらも皮肉げな視線を返す。

 因みにいつもの少女的な外見だ。二人には賢者がそういう趣味だからと説明してあった。


「いいや?狙い通りにいってるみたいで嬉しいよ。オマエらの相性が悪いのは目に見えてたからな」

「どういうことですか?」

「平和な都市部周辺での活動を専門とする勇者以外はパーティを組むのが定石だ。だが中にはパーティ外の勇者と共闘する場合もある」


 街中に現れたスライム等の弱い魔物を主に退治する──そういった勇者も珍しくはない。

 だが大半は依頼を受けて魔物が多く住まう森や洞窟などへ赴き、適度に討伐するのが主な職務だ。

 その過程で他勇者と手を取り合うことはよくあるのだと学んだことを思い出した。


「相性が悪い奴とでも協力しなくちゃなんねぇ時はある。今のうちから慣れておけば立ち回りも上手くなるって魂胆さ」

「理屈は分かりますけど……相手がアルスくんじゃ無理ですよ」


 慣れられる気がしなかった。

 現れる魔物が弱くて連携する必要がないというのもあるが、それ以上に呼吸もウマもソリも合わないのだ。

 

「安心しろって。万が一の時はオレかボンゴレが助けてやるから」

「ボンゴレちゃんなら『見守っているのも退屈なので王都に遊びに行ってきます(−_−)』ってどこかへ行きました」

「アイツ……オレがちょっと目を離した隙に」


 いつの間にかボンゴレ呼びが定着している賢者が王都の方へ向かって恨めしそうに視線を向ける。

 本当にゴーレムとは思えない自由奔放っぷりだった。


「まあいい。ユウ、アルス、オマエらは新人としては破格の実力がある。必要なのは実戦経験、つまりは戦闘時の立ち回りだ。相性最悪の相手だろうが呼吸を合わせて戦えるようになれ」

「……はい」

「……っす」

「そうだな、呼び方でも変えてやるといいかもしれねぇな。よし!ユウ、ちょっくらこいつのことを渾名で呼んでやれ」

「えっ」

「ボンゴレの時のセンスを期待してるぞ♡」

「は?」


 突然そんなことをいわれても困る。物凄く困る。

 けれどこういう時の賢者に何を言っても無駄だと分かっていたので、仕方なく指示に従った。


「じゃあ、あっくんとか……?」

「あ!?」

「よしじゃあこれからコイツはあっくんだ」

「よろしくあっくん」

「テメェの順応性はどうなってんだマジでよ」


 彼に逆らっても力づくで言うことを聞かされるだけだとこの三か月で学んだ僕に反抗という選択肢はなかった。


「あ、あのヤバい人が手玉に取られとる……流石は賢者、すご」

「セレナさんも慣れといてね、この人横暴が服を着て歩いてるような人だから」

「おーぼー」


 素で自分勝手で自己中心的な性格なのに、世界最強の実力があるせいで誰も文句を言えないという厄介さを誇るのが賢者だ。

 僕たちにできるのはただ粛々と彼の言うことに従うだけ。

 荒ぶる神を鎮めるためなら人身御供も辞してはいけないのだ。


「で、次はオマエだ小娘」

「こむすめ」

「確か三年必死に学んで使えるのは初級の治癒、解毒魔法とちょっとした強化魔法だけ、だったか」

「うぐ」

「ハ、僧侶タイプの癖に俺以下じゃねぇか」

「オマエは他人の体に直接作用させらんねぇだろ。威張れるレベルか。魔法もセンス頼りで色々雑だから、あとで術式構成見直すぞ」

「っ」


 魔法には大まかに攻撃系と補助系の分類がある。

 前者は文字通り相手を攻撃するための魔法であり、炎や氷を生み出して射出するなど間接的に干渉するものがほとんどだ。

 

 対して補助系の魔法は相手の体に直接干渉するものが多い。

 治癒魔法はその典型だろう。対象の自己治癒力を活性化させたり、或いは欠損部位を生成して補うことで肉体のダメージを回復する。

 

 そこには絶対的な才能の壁がある。

 相手に直接作用させるためには、相手の体内の魔力に弾かれない緻密なコントロールが求められるからだ。

 僧侶タイプの勇者が少ないというのはそういうことだった。


「どうも馴染まないっていうか……教科書通りにやってるはずなのに上手くいかなくて」

「ま、なるわな」


 賢者はしゃがみこむと、適当な木の棒を使って絵を描いていく。


「通常、治癒魔法には『水』と『風』の適性がいる。何故だかわかるか?」

「えっと、水属性は魔力の流れを読み取ることに長けていて、風属性は手元から離れた場所でも魔力を操作することに長けているから……です!」

「正解だ」


 各属性にはそれぞれに適した魔力操作の傾向がある。

 治癒魔法ならば水で相手の体内情報を読み取る『診察』と、風で相手の体内でも複雑な操作をこなす『施術』が土台として求められる。


「その上『火』か『土』かでまた得意な治癒方法の傾向も変わってくるわけだが」


 賢者は地面に描いた火、水、風、土の文字をバツ印で上書きする。


「オマエの適性はこのどれでもない。残る光と闇のうち、『光』属性の適性を持っている」

「ひかり……?」

「それって超レアじゃないですか、師匠?」

「ああ、街中探して一人見つかれば奇跡の部類だ。オレは当然適性あるけど」


 光と闇については学園でも教わる機会はなかった。

 というより教えられないのだろう。適性のある人間なんてそういないし、あったとしても、魔法を極める道に進むかどうか分からない。

 

「そ、そうだったのか──!」

「学園で適性検査受けなかったのかテメェ」

「なんかよく分からない結果が出たっていわれた記憶はあるけど魔法は使えるしいいかなって」

「セレナさん……」


 そこは気にしておこうよ。


「通常の治癒魔法の術式は基本四属性に合わせて組み上げられている。光は他属性の魔法も使えるには使えるが勝手は異なる。そりゃあうまくいかなくて当然だ」

「じゃ、じゃああたしはどうすればいいんですか!?」

「オレなら問題なく教えられるが、オレよりもうまく教えられる奴がいる」

「師匠よりも?」


 自分で自分を最強の魔法使いと公言して憚らない賢者らしからぬ言動に思わず面食らう。彼が自分より上であると認めるなんて相当だ。


「『僧侶の勇者』リリィ・リオン。先代『聖剣の勇者』パーティの一員だった女だ」

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