第11話 職業:ゆうしゃ試験

 職業:ゆうしゃになるためにはどうすればいいか。

 色々な道筋はあれど、最終的に辿り着くのはただ一点のみ。

 すなわち、職業:ゆうしゃの試験において見事合格の名誉を勝ち取ることだけだった。


 試験は勇者学園の卒業と同じ季節に行われる。

 そのため実力ある卒業生たちは勿論のことながら、学園等の教育機関に頼らず独自で修業を重ねた在野の実力者が挙って参加するのだ。


 事前に行われるペーパーテストに合格して受験資格を掴み取れば、誰でも参加できる。

 年によって多少の変化はあれど、平均すると試験参加人数は優に二百人を超える。

 しかし最近は増加の一途を辿る勇者の人口を減らすため、合格基準も厳しくなり、五人に一人が合格できればいい方なのだという。


 そして、そのほとんどが勇者学園の卒業生――。


「つっても今のオマエなら余裕のよっちゃんだ。気楽に行け」

「余裕のよ……?」

「えっ」

「えっ」


 どうやらハイエルフの賢者と15歳の僕とでは悲しくも巨大なジェネレーションギャップが隔たっているようだった。


「ま、まあとにかく!気負う必要はねぇってことだ!な?」

「誤魔化しましたね賢者様( ̄▽ ̄)」

「うっせぇなぁ」

「私も同意見です。この三か月でユウ様は控えめに見積もってもBランク勇者と同等かそれ以上の実力になられました」


 賢者とボンゴレちゃん。

 僕より格上の二人が太鼓判を押してお墨付きを与えてくれているのだから、きっと間違いないのだろう。

 それでもビビってしまうのはもう癖だ。

 長年かけて染みついた負け犬根性はたった三か月の修行では抜けきってはくれなかったようだ。


「行ってこい、ユウ」

「行ってらっしゃいませ、ユウ様」

「……行ってきます!」


 それでも一歩前へ足を踏み出す。

 どうやらビビりでも、立ち向かう勇気だけは身についていくれていたらしかった。


 試験会場へ足を踏み入れる。

 流石は職業:ゆうしゃを選定する会場だけあって、大勢の人間でごった返していた。人込みで酔えそうだった。


 息をひそめて影を薄くしながら受付に向かう。

 中には学園で見知った顔の人間もいて、生きた心地がしなかった。

 どうか見つかりませんように……!


「こちらは職業:ゆうしゃの試験場でございます。受験資格をお持ちの方はこちらに氏名をご記入ください。記入し終えましたら、このナンバープレートを胸にかけて、それぞれが受ける試験の内容にあった列にお並びください」


 そうして無事に受付で作業を終えた僕は案内に従って目的の列に並ぶ。


 職業:ゆうしゃには五つのタイプが存在する。

 『勇者タイプ』『戦士タイプ』『盗賊タイプ』『魔法使いタイプ』『僧侶タイプ』と、それぞれ自身の特性に見合った型を選択するのだ。


 勇者タイプは物理と魔法、両方をバランスよく使いこなす万能型。

 戦士タイプは肉弾戦に特化した重武装の攻撃&防御重視の型。

 盗賊タイプは補助魔法や道具を織り交ぜて戦うテクニック型。

 魔法使いタイプは攻撃的な魔法に特化したアタッカー型。

 僧侶タイプは補助魔法や回復魔法に特化した後方支援型。


 僕はというと、勇者タイプの試験を受ける。

 自分としては魔法が使えないので戦士タイプの方があっていると思うのだが、賢者曰く「『聖剣の勇者』なんだから勇者タイプにしようぜ」らしい。

 完全にノリだけで決めてそうだった。


「……セレナさんもいるのかな」


 彼女は確か、典型的な『僧侶タイプ』の勇者志望だったはずだ。

 主に回復魔法を得意としていて、医学的な知識も備えていた。

 本人は初級の簡単な回復魔法しか使えないと嘆いていたが、初級でも使える方がレアな系統なのだ。


 彼女とはあれ以来会ってないし、久々に話がしたい。

 そう思ってキョロキョロ辺りを見回していた、その時だった。


「――テメェ」

「────」


 嫌な声が聞こえた。

 勇者学園での記憶は昔から嫌な思い出ばかりだったけれど、途中から嫌な思い出は最悪な思い出へと変貌を遂げた。


 その原因であり主犯。

 僕のことを見下し散々馬鹿にしてきた、金髪碧眼の学園主席がそこにいた。


「あ、アルス、くん。奇遇だね、はは」

「なんでテメェみたいな無能がここにいるんだ、あぁ?」


 最初から喧嘩腰だった。

 それもそうだ。彼の中での僕は未だに魔法も使えず聖剣も抜けない無能な僕のままなのだ。舐めてかかって当然の相手だった。


 だけどもうかつてとは違う。

 聖剣の力を使えるようになった今の僕に、恐れる要素は何もない。


「そっ、それはその、僕も職業:ゆうしゃになるための試験を受けに来たっていうかなんていうか」


 ないはずなのにやっぱり怯えてしまう自分が情けなかった。


「ハァ?テメェが勇者になるだぁ?しかも魔法も使えない分際で、俺と同じ勇者タイプぅ?笑わせんなよオイ」


 いかにも不機嫌そうな顔で詰め寄ってくる。

 気のせいだろうか。これまでなら喜色満面に馬鹿にしてきたはずの彼の表情には、どこか違う感情が見え隠れしていた。


「聖剣も抜けない、魔法も使えない無能!それがテメェだ!記念受験なら他所でやれ、俺の視界に入ってくんじゃねぇ!!」


「おいおい、何事?」

「なぁ、あれユウじゃね?」

「誰それ」

「聖剣の一族の息子だよ。追放されたって噂の」

「ああ、あの落ちこぼれか!」


 アルスくんの怒声につられて、周囲の注目が集まってきた。

 彼らの多くは勇者学園の生徒たちだ。当然僕のことも知っている。

 落ちこぼれの無能が何をしに来た──そんな疑問と嘲笑の目が向けられていた。


 怖い。恐ろしい。今すぐ逃げ出したい。

 後ろ向きな心をなけなしの勇気で押さえつけて、静かに息を吐く。


 賢者とボンゴレちゃんの言葉を思い出せ。

 誰よりも僕を信頼してくれている二人が背中を押してくれたんだ。

 どうでもいい他人になんか負けてたまるか。


「記念受験、なんかじゃない」

「あ!?」

「僕はここに、勇者になりにきたんだ──君を超えて!」


 言ってから、しまった言い過ぎたと気づく。

 だがもう遅い。アルスくんは怒りのあまりわなわな震えだすと、


「上等だコラ、現実を思い知らせてやるから覚悟しとけよ……!?」

「にょっ、望むところだっ」


 噛んだ。

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