第10話 周囲の反応
――フォウリスワード本邸、聖剣の間。
「ええいっ、この役立たずがッ!!何のために分家筋の人間がいると思っているッ!!聖剣を抜けない無能は去れィッ!!」
「ひ、ひぃっ!?」
神聖な大理石の広間に反響して、余計に耳を劈いて仕方ない罵声が響き渡る。
声の主はガゼル・フォウリスワード。
先代『聖剣の勇者』として栄誉ある死を遂げた兄、レックス・フォウリスワードに代わって現当主を務めている高齢の男だった。
白髪交じりのオールバックと強面な顔から想像できる通りの苛烈な性格。
その性格のまま、彼は聖剣を抜くことのできなかった分家筋の人間を罵倒し、追い返していた。
「……チッ、これまで五人も試して一向に抜ける気配がせんとはな。聖剣とは一体何に反応して所有者を認める魔道具なのだ……?」
これまで聖剣の情報は代々所有者にのみ明かされ、他の人間には秘匿されてきた。
それでも通常なら一人か二人は秘密を明かされているものだが、レックスは豪放磊落な性格とは裏腹に、弟であるガゼルにすら情報を開示しなかった。
否。或いは、だからこそ――。
「ガゼル様、ご報告がございます」
「……なんだ。今私は非常に気が立っている。下らない報告をしようものなら覚悟をしてもらうぞ」
「先日勘当なされたユウ様についての報告です」
「なに?」
ユウ。その名前を聞いてガゼルは報告に来た執事の方を向いた。
「あの無能がどうしたというのだ。まさか早々に野垂れ死にでもしたか?」
赤みがかった黒髪をした無能の少年。
魔法の才がなく、勇者学園に入学を認められた生徒ならば最低使えて当たり前の身体強化すらまともに使えなかった凡夫の中の凡夫。
体格も精々平均程度あるかないか、運動技術も目を見張るものはなく、勇者としての才能はないに等しかった。
その上フォウリスワード家の役目でもある『聖剣の勇者』の任すら負えないのだから、追放して当然の役立たずだった。
「いえ、それが……丁度勘当されました日と同日、下町にワイバーンによる襲撃があったことはご存じですか?」
「知らんな。下町など役に立たん平民の住む場所だろう」
「その際一人の少女が襲われたのですが、ユウ様が助けに入られたのです」
「は、読めたぞ。それで無様にも無駄死にしたということか」
これは驚いた、奴にも勇者としての才能があったらしい。ただし蛮勇の方だがな。
ガゼルはそういって一笑に付そうとしたが、続く執事の言葉にさえぎられた。
「いえ、それが……少女を助けた上に、聖剣の力でワイバーンを倒したらしいのです」
「……なんだと?」
ありえない。ありえるはずがない。
何故なら聖剣は今まさにガゼルの手元にある。偽物にすり替えられた形跡もない。そんなことをされれば魔力の痕跡で把握できる。
何よりそんな能がユウという人間にあったとは思えない。
だとすれば、導き出せる結論は『嘘』ただ一択になる。
「馬鹿な!ありえん!聖剣はここにあるのだぞ、どうして奴が聖剣の力を扱えるというのだ!?」
「私めにも分かりかねます。とにかく、そのような報告が上がってきまして……」
「何かの間違いだろう!忌々しい、そのような嘘に踊らされおって!恥を知れ!」
「し、失礼いたしました」
癇癪を起こしたガゼルを恐れ、執事は早々に去っていく。
あとに残されたガゼルは一人、更に腹立たしさを増した心で固く握り拳を作った。
「あの無能め……!追放してなおこの私の気分を害するか!!」
大理石の床を強く踏みつけ、電流が迸る。
その瞳には、禍々しいまでの怒りの感情が渦巻いていた。
☆
アーリア連合王国が誇る王立勇者学園。
これまで数々の有名な勇者を輩出してきた名門の学園は今日、未来ある勇者の卵たちが孵る卒業の日を迎えていた。
胸に花飾りをつけ、綺麗に列に並び誇らしく顔を上げる卒業生たち。
中でも一際輝いていたのは、卒業生代表として選ばれた学生アルスだった。
「卒業生代表アルス、前へ」
「はい」
鋭い金髪を揺らしながら、アルスは壇上へとあがっていく。
「アルスくん。君は入学当初は平民出身ということもあり低い評価を受けていましたが、確かな功績を積み上げ、見事その実力を示しました。きっと勇者になっても成功の道を歩めることでしょう」
「はい、ありがとうございます」
「卒業生代表として皆に挨拶を。王立勇者学園の名に恥じない答辞をお願いします」
教師からの言葉に従い、アルスはあらかじめ考えておいた美辞麗句を並びたてた卒業の答辞を読み上げていく。
そこに本当の感情は込められていなかった。
彼の胸の中にあるのは、ただ一人の少年のことだけだった。
――ユウが、あの無能がワイバーンを倒しただなんてありえねェ。
それは三か月前のこと。
突如現れたワイバーンを前にして、アルスは逃げ出した。
幼い頃のある出来事による影響も大いに関係していたが、なによりも恐怖が先にあった。
これまで学園の授業で倒してきた魔物とは格が違う、魔物の中でも最強種と謳われるドラゴンの恐ろしさ。
たとえ比較的力が弱いとされるワイバーンであっても、その威圧感は半端な代物ではなかった。
その脅威を前にして、逃げ出さずにはいられなかった。
あれは勇者として経験を積んで、ようやく相手にできる強敵だ。
だから仕方ない。そう自分を慰めながら逃走を選択した。だというのに。
――認められるかよ……!!
ワイバーンに襲われ、助けられた本人である女子が公言したのだ。
自分を助けたのはユウなのだと。
彼がワイバーンを前に臆せず走り出し、手を差し伸べてくれたのだと。
彼女の証言を裏付ける人間は山ほどいた。
特に現場で右往左往していたDランクの勇者たちは一部始終を目撃していたという。ユウが走り出し、少女を助け、ワイバーンを倒した一連の流れを。
それを聞いて。
逃げる最中、ユウとすれ違ったアルスは。
「絶対に、ありえねェ……!!」
誰にも気づかれないよう密かに、しかし力強く答辞の紙を握る。
見下していた無能の少年が、自分よりも勇者としての素養があったなんて。
そんなこと、認められるはずがなかった。
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