第9話 成功体験
「ベノムリザード二十四体の討伐、成し遂げてきました!」
あらかじめ賢者から受け取っていた収納魔法が付与された袋に保管した、ベノムリザードの死体から切り取った尻尾の先を証拠として提出する。
不必要な剥ぎ取りは生態系に悪影響を及ぼす。
魔物を倒す勇者だからこそ、そういった自然のバランスには気を遣わなくてはならなかった。
「へえ、思ったより早かったじゃねぇか。この分だと部分強化の一歩先に辿り着いたみてぇだな」
「はい。全身強化……勇者としては基本技能ですけど、性能が段違いでした」
「そりゃそうだ。そこらの一般勇者とは比較にもならない力を与えてくれるからこその聖剣だ」
賢者は胸にコツンと軽く拳を当ててくると、
「『
「頑張りま──す?」
返事をしようとした瞬間、不意に視界が揺れた。
何が起きたのだろうと理解する間もなく体は倒れていくが、予測していたのだろうか、賢者が小さな体躯でしっかり受け止めてくれた。
「あれ、なんで」
「聖剣による強化の反動だ。ましてベノムリザードの毒もくらったんだ。少なくない血が流れた上に、解毒や自己回復で知らないうちに体力も消耗してるんだよ」
「み、見てたんですか?」
「そりゃあ師匠だからな」
賢者は使える魔力量に制限がかかっているせいで、常日頃から極力魔法を使わないよう制限して生きている。
それなのに恐らくは遠視の魔法を使って見守ってくれていた。
その事実がどうにも嬉しくてむず痒かった。
「よくやったな、ユウ」
「……へへ」
他人から褒められるのはとても嬉しい。
それが自分を初めて認めてくれた相手だったら尚更だ。
細く小さいはずなのに大きく感じられる手で頭を撫でられて、自然と口角が上がってしまう。
「じゃあ爺さんとこに報告しに行くか。勇者の醍醐味って奴が味わえるぞ」
「醍醐味ですか?」
一体何だろうか。一仕事を終えて報酬をもらうことで仕事に対する意識が高まるとか、そういったものだろうか。
頭にハテナを浮かべながら村長宅に帰還すると、僕は依頼内容を達成したことを報告した。
「おお、そうですか……!村の男衆でも敵わなかったベノムリザードをこうもあっさり退治してくださるなんて、流石は『聖剣の勇者』様ですなぁ」
「い、いえいえそんな」
「レックスさんのご子息でしょう?あのお方には何度も助けられておりまして、まさか息子さんにも助けて頂くことになるとは思いませんでした」
「父が……」
「ええ、確かあの時もベノムリザードが大量発生して困らされていました。ふふ、血は争えませんな」
こうも面と向かって褒められると照れる。物凄く照れる。
自分では分からないが、きっと頬っぺたは林檎みたいに赤く染まっていることだろう。顔の前で手を振って誤魔化そうとする。
すると、数時間前と同じくまたもや腰の方に衝撃を感じた。
レイナちゃんだ。彼女は一目で分かるくらいに瞳をキラキラと輝かせながら、興奮した様子で僕を見上げていた。
「ゆうしゃさま、悪いまものをやっつけてきてくれたの!?」
「うん、やっつけてきたよ」
「ねね、どうやってやっつけたのか教えてよ!」
「え!?えーっと……ベノムリザードに囲まれてやられそうになったんだけど、全身を強化して相手がどこにいるのか見つけて、あとは剣で切っていって……」
「わぁ、すごいすごい!やっぱりゆうしゃさまは強いんだね!」
「そ、そうかな……そうかも……うへへ」
我ながら子供に褒められたくらいで単純だとは思うが、それでも胸の内から湧き上がる喜びの感情は止められなかった。
ニヤけてしまいそうになるのを必死に押し留める。
せめてレイナちゃんの前ではカッコいい勇者のままでいたかった。
「ゆうしゃさま、ありがとね!」
幼い少女の屈託のない笑顔を見ることができた。
それだけで十分すぎるほど、今回の依頼をこなした甲斐があった。
そのあと依頼の報酬を受け取った僕たちは、村長さんや村の人たちからのご厚意で特産品であるチーズをふんだんに使った料理までご馳走になった。
太陽もすっかり沈んで夕暮れになっていたので、今から王都に戻るのも大変だったし、ありがたく甘えさせて頂いた。
因みに姿の見えなかったボンゴレちゃんは日中村の酒場で料理をつまんでいたらしく、今も元気にチーズ料理を口に運んでいた。
とてもゴーレムとは思えない食いしん坊さんだった。
とろけるチーズにパンを潜らせて食べるチーズフォンデュの美味しかったこと。
村の人たちに伝えられた心からの感謝の言葉。
聖剣の力ありきとはいえ、自分の手で勝ち取った成功。
この三つは、僕の初心となって生涯記憶から消えることはないだろうと、強くそう思った。
もはや宴会と化した食事の席から離れて冷たい夜風を浴びる。
今日の出来事に想いを馳せていると、いつの間にか賢者が隣に来ていた。
「どうだった?勇者の醍醐味ってやつは」
「それはもちろん」
僕は満面の笑顔を作ると、
「最っ高でした!」
そう答えるのだった。
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