第8話 ベノムリザード討伐クエスト
ベノムリザード。
鋭い爪や牙を持つその魔物は、低ランク勇者にとっての初めての壁といえる。
強固な鱗や大きな体こそ持たないが、大人の膝下程度の体高はあるし、下手な剣では切れない丈夫な皮を持つ。
更にはスライムのように気を付けて戦えばまず負けることはない魔物と違い、彼らには小さいながらも凶悪な武器がある。
そう、毒だ。
牙の間にある毒管から流し込まれる出血性の毒液は血液の凝固を阻害することで失血を促し、出血性ショック死を引き起こす。
それでいながら動きも素早く、目測を見誤れば一気に懐に飛び込まれてしまう。
討伐に際しては敵との位置取りと的確な判断力が求められる、正しく序盤の登竜門ともいうべき存在だった。
「いきなりそんな魔物と戦うことになるなんて……!」
森の中を一人歩きながら愚痴をこぼす。
幼い子供に頼まれた以上こなさない訳にはいかないが、それはそれとして怖いものは怖かった。
「ベノムリザード程度なら倒せるだけの攻撃力はある、けど」
問題はいつどこから襲い掛かってくるか分からない相手への警戒と対応だ。
真正面から現れてくれればいいが、野生の魔物がそんなお行儀よく現れるはずがない。特に小型の魔物は不意打ちが基本みたいな生き物だ。
中でもベノムリザードは毒を持つ分、そういった傾向が強いと聞く。
少しの異常も見逃さないよう気を配って一歩ずつ進んでいく。
『大丈夫だって。最悪死んでもオレがなんとかしてやっからさ』
などと賢者は言っていたが、全く安心できなかった。
「気が滅入る」
とはいえ投げ出すわけにもいかない。
さてどうしたものか。僕は歩きながらも様々な策を考えていく。
視界の悪い森において、先制を取れるかどうかは非常に大きな要素だ。
後手に回ることほど怖いことはない。
特に今回の相手は複数の群れ。数で囲まれればこちらに勝ち目はない。
故に、
「『
淡く光る胸飾りを握りしめ、仄かな熱を感じ取る。
その熱が手から腕へ、腕から頭部へ浸透していく感覚を味わいながら、続く呪文を呟いた。
「『
聴力を強化することで、周囲の気配を察知する。
それが僕の出した対抗策だった。これなら葉っぱがこすれあう音すら聞き漏らさないし、不意打ちにも対応できる。
なにより──こちらから先制攻撃も仕掛けられる!
「そこだ!『
草の陰に隠れていたベノムリザードと思しき生体に向かってカマイタチを放つ。
空気の刃は草ごと獲物を両断すると、大気中に溶けて消え去っていった。
「よしっ、まずは一体!」
目視で確認すると、胴体から真っ二つになったベノムリザードの死体があった。
わざわざ切断力を強化しなくても遠距離攻撃で十分仕留められる。
嬉しい発見だと心が躍った。
「討伐目標数は二十体……この調子ならいける」
数が多くても囲まれることを避け、後ろに下がって距離を取りながら遠距離攻撃で倒せるなら安全に倒していける。
クリアの芽が出てきた。これなら依頼もこなせそうだ。
「よし、『聴力強──」
再び聴力強化に切り替えて周囲の状況を探ろうとした、その時だった。
「シャアッ!!」
「ッ、ベノムリザード!」
今し方の攻防による異変を察知してやってきたベノムリザードが襲い掛かってきた。
僕は冷静にその攻撃を回避すると、再び風の刃を放って敵を倒す。
だがそれだけでは終わらなかった。
『ッ────!!』
死の間際、ベノムリザードが大口を上げて声を張り上げた。
声、といっても僕の耳では聞き取れなかった。恐らく彼らの間でのみ伝わる高音域の悲鳴か何かだろう。
確かそういう生態を持つと本で読んだことがある。
そして、それは最悪の事態を意味していた。
「まずい、仲間を呼ばれた……っ!」
急いで聴力を強化して事態の把握に移るべきか、はたまたこのまま風力強化を維持して迎え撃つか。
最悪となったら『
どうするべきか。
迷っている間にも、敵はすぐそこまで来ていた。
「シャアッ!!」
「っ、クソッ!」
木々の合間を縫って飛び掛かってくるベノムリザード、その総数はおよそ五体以上。この分だと草陰に隠れてもう数体潜んでいるだろう。
一番陥りたくない状況に陥ってしまった。
このままではまずい。一旦距離を取ろうとするが、複数によって囲まれているせいで、中々逃げ道を確保できなかった。
そうしている間にも敵は文字通りの毒牙を晒して襲い掛かってくる。
遠距離攻撃は無謀だ。僕は切断力を強化すると、三体のベノムリザードを一気に両断して、
「痛っ!?」
その隙をついて足元を這ってきた一体に傷を負わされる。
軽い傷だ。しかし確実に毒は注入されていた。
「まず」
そして傷をつけたことを確認するや否や、あれだけ僕を取り囲んでいたベノムリザードは一斉に退却していった。
これが彼らの狩りのやり方なのだろう。
少しでも傷を負わせば、あとは獲物が毒で弱るまでひたすら待つ。
中々に賢い魔物だ。流石はDランクの登竜門だった。
「……どうする」
出血性の毒だから神経系に深刻な異常をきたすことはないが、このままでは意識を失ってしまう。
警戒を強めつつ、腰を落ち着けて足を心臓より高い位置に持ち上げながら思考を巡らせる。
ここからは迎え撃つのではなく、こちらから探し出して倒す必要が出てきた。だが聴力強化と攻撃力の強化は一度にできない。
ではどうすべきか。
こんな時、普通の勇者なら身体強化がある分もう少し優位に立ち回れるだろうに──。
「待てよ?」
ふと思いつく。
本来、職業:ゆうしゃにとって身体強化は大前提だ。それは魔法使いタイプの勇者であっても変わらない。
戦士タイプと違って身体強化に回す魔力の比率を考える必要はあるものの、普通の人間の身体能力では魔物相手に対抗するのは難しいからだ。
だというのに、『聖剣の勇者』がそれをできないはずがない。
一々強化する部位を切り替えていたのでは思考が追い付かない。
だからといって魔力で身体強化をしていたとも思えない。
となればつまり、聖剣による強化には応用がある。
「……よし」
試してみたいことができた。
そのためにもまずは回復だ。意識を集中させ、強化する部位を指定する。
まずは免疫力だ。
「『
まずは毒に対する免疫力を高めることで自己的な解毒を図り、次に自己治癒力を高めることで傷を癒す。
狙い通り、右足の傷は瞬く間に瘡蓋ができあがり、ものの十数秒で完治した。
これで毒への対処は終わった。
次はこちらが攻める番だ。
「『
首飾りの熱が全身に行き渡るイメージを持つ。
すると今までは一部位に収まっていた力の奔流が手、足、胴、頭、肉体全てを満たすような感覚を感じられた。
思った通りだ。
聖剣による強化は予想以上に幅が広い。
「これなら知覚の強化と肉体の強化が同時にできる!」
耳を澄ませてみる。
流石に部位強化に比べれば多少精度は落ちるようだが、それでも問題なくベノムリザードの息遣いが聞き取れる。
敵は全部で九体。
十数メートルの距離を保ってこちらを監視している。
じわじわと弱っていく様を眺めたいのだろうが、そうはいかない。
「っし!」
足に力を込めて近くのベノムリザードまで一気に踏み込む。
十数メートルの距離があったはずが、一秒もかからずに至近距離まで近づけた。
相手も予想外だったのだろう。反応する間もなく、首を落とすことに成功した。
「どんどんいくぞ!」
そこからは一方的だった。
流石は聖剣による強化というべきか、低ランクの魔物ではまともに反応することもできない速度で討伐できた。
きっと動体視力等も強化されているのだろう。
相手の動きが手に取るように分かったし、飛び掛かってきても楽々回避できた。
ああ、これが今まで勇者学園のみんなが味わってきた光景なんだな。
あとのことは語るまでもない。
そのまま強化された肉体を活かして森の中で異常繁殖するベノムリザードを狩って回り、日が暮れるころには、二十飛んで四体の討伐に成功するのであった。
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