第7話 魔物退治のクエストを受けよう

 Lesson2.魔物退治をしよう!


「というわけでお次は魔物との実戦だ。気を引き締めていけよ」

「……へ?」


 次の日、なぜか馬車に乗せられた僕は耳を疑うような発言を聞かされた。

 今、この人は、何を、言ったのか?


「ま、魔物って、もうですか!?まだ聖剣を使って二日目なのに!?」

「結局魔物と戦うのが勇者の仕事なんだから、早いうちから慣れといて損はないだろ。なあ?」

「はい。賢者様のお言葉は一理あるかと」


 だからといって早すぎるだろう。

 そう突っ込みたかったが、賢者の言葉に同意する勢力がいたので口にできなかった。


「クリアできたらご褒美あげちゃうぞ♡」


 今更かわいこぶられても全然響かなかった。

 

「それはいいですけど。あの……ところでお隣の女の子は一体?」

「ああ、こいつはボーンゴーレムだ。野良になったのをオレが拾ったんだよ」

「どもども」

「あ、どうも」


 じゃなくて。


「野良ってところがもう分かりませんけどボーンゴーレムってところが一番分かりません。ボーンでもゴーレムでもなくないですか?」

「それはそう。だけどボーンゴーレムであることに違いはないから受け入れてくれ」

「はい、私はボーンゴーレムです。以後よろしくお願いいたします、ユウ様( ̄ー ̄)」

「えぇ……」


 不躾にならない範囲で女の子の容姿を確認する。

 一言でいえば『白』。毛髪も、肌も、衣服も、帽子も、何もかもが白一色で構成された純白の少女だった。

 唯一違う部分があるとすれば、光を感じさせない暗い色をした瞳くらいなものだろうか。或いは確かに、そこだけは人形ゴーレムめいた要素を感じさせた。


 顔のような模様のついた帽子が特徴的な、作り物じみた外見の美少女だった。


「聞いてくれよ。こいつオレたちがワイバーンに襲われてヤバかった時に何してやがったと思う?優雅に紅茶飲んでやがったんだぜ?」

「人間の生み出す食文化に触れるのもわたしの役割の一つなので」

「ほう、そうかそうか。それで茶菓子は美味かったか?」

「それはもう大変に美味でした(^▽^)」

「殺してやろうかこいつ……」


 あの賢者相手に全然物怖じしていない。すごい。


「それで、あの……ボーンゴーレムさん?と呼べばいいですか?」

「呼称に拘りはありません、お好きにどうぞ。ポチでもタマでもシロでも構いませんよ。さん付けも不要です」

「オレはテキトーに「オイ」とか「オマエ」で通してる」

「それはどうかと思いますけど」


 とはいえポチだのタマだの、まるでペットの名前みたいに呼ぶのも気が引けた。

 どうやら賢者の仲間らしいので、今後長い付き合いになっていくだろう。

 そうなってくると多少は砕けた呼び方の方がいいのかもしれない。


 今までセレナさんくらいしか友達がいなかったので距離感がつかみにくいが、きっと大丈夫だろうと渾身のあだ名を口にした。


「じゃあ、ボンゴレちゃんで」

「…………(-_-)」

「オマエ……勇気あるな」


 果たして誉め言葉として受け取っていいのだろうか。


「因みにコイツは表情筋が死んでるが、喜怒哀楽の感情は帽子の顔に表れる。気になったら見てみるといいぞ」


 目線を上げる。帽子に描かれていた顔のような模様は、完全に真顔だった。

 一体どういう感情なんだろう。まるで分からなかった。


 そうしてボンゴレちゃんの内心を測りかねながら馬車に揺れること一時間、僕たちは目的の村へと辿り着いた。


「師匠、ここは?」

「カレッジ村。王都近郊の村々の一つだよ。馬車で一時間そこらで着くから流通の便も悪くないし、そこそこ人口も多い」


 よっと馬車から降りる賢者に続いて地面に足をつける。

 そこは王都に比べれば段違いに小規模ながらも、一つの村としてみれば中々に栄えた場所だった。

 レンガ造りの家が立ち並び、道路もちゃんと整備されている。

 魔物対策の柵も敷かれていて、管理意識の高さが見て取れた。


「職業:ゆうしゃの派遣もしやすいから魔物による被害も少ない安全な村──だったんだが」


 目的の家に向かう道すがら、賢者は説明をしてくれた。


「最近になって魔物の数が増え始めた上に駐在の勇者の引退が重なってな。討伐が追い付いてないのが現状だ」

「……つまり」

「そう。オマエには繁殖した魔物の群れを例年通りの数まで減らしてもらいたい」


 賢者に従うままに村で一番大きな家に足を踏み入れる。どうやらここが村の責任者である村長の自宅らしかった。

 そこには体躯の小さなお爺さんと、まだ年齢が二桁もいってなさそうな小さな子供がいた。


「よ、久しぶりだな爺さん」

「その声は……もしかして、賢者様でいらっしゃいますか?」

「ああ。ローブで顔を隠して悪いが、訳アリでな」


 因みに現在、賢者は認識操作の魔法が付与されたお手製のローブを着用していた。

 自分が『賢者リオルカ』であることを公にしたい時に身に着けるらしい。

 それによって外見はもちろん、声も男性的なものに様変わりして感じられるようになるのだ。


「見ない間にすっかり老け込んだな。最後に会ったのいつだっけ?」

「……もう八年は昔になりましょう。『聖剣の勇者』様一行の方々とお見えになられたあの日から」

「……そうか、つい最近だな」


 いうほどつい最近かな、そう突っ込みたくなった。

 賢者はハイエルフだという。世界最高の長命種と聞くし、時間感覚も人とは違うのだろう。

 どこかしんみりした空気が漂ったが、賢者の拍手によって一転変わった。


「まあそれはいいや。それより依頼についてなんだが」

「賢者様がお受けしてくださったのですか?」

「ああ、確か内容はベノムリザードの討伐だったよな?」

「はい、間違いありません」

「えっ」


 ベノムリザード、その言葉を聞いてギョッとした。

 名前の通り、ベノムリザードは有毒性のトカゲ型魔物だ。ドラゴンの近縁種ともされているが、危険度は天地の差がある。


 魔物は危険度に応じてランク付けがされる。

 レッサーでもCランク上位に位置づけされるドラゴン系魔物と違って、ベノムリザードは最下級のDランクに位置する魔物だ。

 そう危険度の高い相手ではない、が。

 賢者の耳元に顔を寄せて小声で話しかける。


「あの、僕スライムを倒すのも厳しいへっぽこなんですけど……!?ベノムリザードっていえば、Dランクでも上位の魔物じゃないですか……!」

「聖剣があるんだからダイジョブダイジョブ」

「無責任!」

「おや、なんの話をされておられるのかな?」

「ベノムリザードなんてクソ雑魚魔物は俺の聖剣の錆にしてやるってこいつが」

「師匠!?」


 そんなこと言ってないんですけど。

 訂正しようとした、その時だった。不意に腰のあたりに衝撃を感じた。


「わっ」

「お兄ちゃん、せーけんのゆうしゃさまなの?」


 これまでお爺さんの後ろに隠れて様子を伺っていた女の子だった。

 純粋無垢な瞳でこちらを見つめてくるのが、形容のしがたい感情を覚えさせてきて仕方がなかった。


「えーっと、そのー、当たらずとも遠からずというかー」

「ああ、そこのお兄ちゃんは『聖剣の勇者』様で間違いないぜ」

「ちょ」

「わー、すごーい!はじめてみた!」


 嬉しそうにはしゃぐ女の子を前に少しだけ心が痛んだ。

 間違いではないけど、君に喜んでもらえるような立派な勇者じゃないんだ。

 胸が締め付けられるようだった。

 幼い少女の目から視線を逸らしていると、彼女は落ち込んだ様子で話し始めた。


「あのね、ゆうしゃさま。村のみんながね、こまってるの」

「────」

「まものが畑をめちゃめちゃにしたり、みんなでかってる牛さんを食べちゃったりしてね……おじいちゃんのおやさいもダメになっちゃって」


 指折り数えながら、子供なりに村の被害を伝えてくれていた。

 ゆっくりと視線を合わせる。そこには、困ったように眉を落とす小さな子供がいた。

 

「だからゆうしゃさま、わるいまものをやっつけて!みんなを助けてあげて!」


 うるんだ瞳が心を揺さぶってくる。

 こんな小さな女の子が、家族のために必死になって助けを求めている。

 それを拒んで何が勇者か、何が聖剣の持ち主か。

 僕は意を決して笑顔を浮かべた。


「君、お名前はなんていうの?」

「レイナだよ」

「じゃあレイナちゃん。大丈夫、任せて!僕が……『聖剣の勇者』が必ず悪い魔物をやっつけてくるから!」

「!……うんっ」


 しゃがみ込み、目線を合わせて約束を交わす。

 後戻りはできない。僕にとって人生初めての魔物討伐クエストが始まろうとしていた。

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