第12話 あっと言わせろ
やがて試験が始まる時間が到来した。
後ろで親の仇かのように僕を睨みつけているアルスくんの視線を全力で気にしないようしつつ、試験が行われる演習場へと向かった。
各タイプごとに試験内容は当然変わってくる。
魔法使いタイプなら魔法の精度、威力、また状況に応じてどの魔法を使うかの判断力等を測る試験になるという。
逆に僧侶タイプは動的な試験ではなく、治癒魔法の精度や怪我の具合や種類に応じた適切な処置ができるかどうかを測られるという。
一方で勇者タイプは完全な実戦主義。
職業:ゆうしゃの代名詞ともいわれるタイプだからこそ、勇者に求められる要素のすべてを測る試験となっていた。
「これより職業:ゆうしゃ試験を開始する!私は勇者タイプの試験官である『土塊の勇者』カドモンだ!以後よろしく頼む!」
そして、試験官は皆現役の勇者。
彼らの手によって、勇者の卵たちは適性を測られ、認められた者だけが職業:ゆうしゃとして花開くのだ。
「不正などは発覚次第即刻不合格にするのでそのつもりで!では試験内容を説明するが、内容は至ってシンプルだ!」
試験官であるカドモンさんが右手を振り上げる。
するとそれに倣うようにして演習場の土が盛り上がり、一つの人型を形成していった。
あれはそう、
『土塊の勇者』という肩書きから土魔法の使い手なのだろうと予想は立ったが、まさかゴーレムという高等な技術を要求される魔法の使い手とは思わなかった。
「このゴーレムを相手に実戦形式で五分間立ち回ってもらう!ただの土と甘く見るなよ、硬度は鉄と同程度にしてある!」
カドモンさんが腰に携帯していた剣を抜き、思い切り振り抜く。
ゴーレムの胴体を切り裂くように放たれた斬撃はしかし、剣の方が折れる形で防がれた。
「勇者タイプは剣と魔法を織り交ぜて戦う、故に試験において魔法の使用は絶対だ!使用が見られなかった場合は不合格と判断させてもらうのでそのつもりで!」
えっ、絶対に魔法を使わないといけないんですか。
賢者から教えられていなかった条件を聞いて内心ものすごく焦る。
魔法らしい魔法といえば炎を飛ばしたり氷を打ち出したりが多いが、僕にはできない。
どうしよう。悩んでいると、早速試験が始まった。
「まず相手取るゴーレムの数を決めてもらう。最低でも一体、最大で十体だ。倒した数に応じて合格後の勇者ランクが増加するぞ!」
「じゃ、自信もないんで一体でお願いしまーす」
「よかろう。では始め!」
(へっ、合格さえ貰えればいいんだ。わざわざ苦戦するような真似するかよ)
鉄の剣を携えた受験者が土塊のゴーレムと相対する。ゴーレムの身長は二メートルほどで、がっしりとした体格と相まって非常に威圧感があった。
受験者も思ったより迫力のある巨大に気圧されたのだろう。僅かに足を引くが、覚悟を決めたのか魔法の呪文を唱えた。
「へっ、くらいやがれ!『
猛る灼熱の火炎がゴーレムの体を焼き尽くす。
きっと土製の体を脆くしてから剣で断ち切る算段なのだろう。受験者は勢いよく鋼の剣を振り下ろし、
「え」
炎をものともせずに拳を振り抜いたゴーレムによって、半ばから剣を叩き折られるのだった。
「は、ハァ!?嘘だろ!?」
「ゴーレムの防御力を見誤ったな。実力が測れない相手にはまず様子見から入るか、初手から全力を叩き込むべし!舐めてかかれば命取りとなるぞ!さて、まだ続けるかね?」
真実鉄の如き硬度を誇ると見せつけられ、心が折れたのだろう。受験者は両手をあげて辞退を申し出た。
「思ったよりやべーなこの試験」
「私、受かる自信なくなってきたかも……」
「さっきの奴の火炎魔法も中々に強力だったのに……」
「どうすりゃいいんだ……」
「では次!受験番号107番!」
勇者タイプの受験者は全部で三十人。
五人に一人受かればいい方という前情報を信じるなら、この中から出る合格者は六人だけだ。
自分がその枠に入り込めるのか。
暗澹たる気持ちが受験者たちの間に溢れ出す。
そんな中、呼び出しに応じて悠々と歩き出していったのは金髪碧眼の少年アルスだった。
彼は自信満々といった様子で微かに笑みさえ浮かべながら、鞘から抜剣した。
「ほう、魔鉱剣。となると君は魔剣士か!ゴーレムの数は何体がいいかな?」
「十体」
大胆不敵にも最大数を所望する発言に、演習場が少し騒ついた。
先ほど火炎魔法や斬撃を弾いてみせたばかりだというのに、どれだけの自信があるのだろうか。
だが学園の卒業生たちはある種の納得感を得ていたようだった。
「流石はアルスだな」
「なんだ、あいつそんなに強いのか?」
「ああ、歴代でもトップクラスの天才だよ。あの歳で既に教師陣とも張り合える強さだった」
「噂じゃBランクレベルの力があるとか……」
「末恐ろしいな……」
周囲の会話もなんのその。
アルスくんは右手を差し向けると、試験開始の合図と同時に魔法を詠唱した。
「『
中級魔法。
彼の年齢を考慮すると、魔法に特化した魔法使いタイプの勇者でも習得に苦労するレベルの難易度だ。
それを間髪おかずに発動すると、十体全てのゴーレムたちを水圧で一箇所に集め、続く氷結で水を凍らせて動きを止めてみせた。
それだけでも芸術的な流れだったが、しかしこれはあくまでもとどめを刺すための前座に過ぎない。
アルスくんは腰を落として重心を少し低くすると、剣を斜めに構えた。
「見せてやる。四属性を混ぜ合わせることで発生する爆発的なエネルギー……!」
火、水、風、土。
彼は四種類の魔法を同時に発動するという離れ業を成し遂げるに留まらず、自身の剣に纏わせた。
魔法の同時発動なんて、一線級の魔法使いですら至難の業だ。
それを四種類、しかも反発し合う属性同士を纏め上げるなんて正気の沙汰じゃない。
それだけじゃなかった。
四つの魔法は反発しながら混ざり合い、やがて一つの黒いエネルギーの奔流と化した。
まるで黒い稲妻のような魔力の嵐を纏った剣は、剛腕によって勢いよく振り下ろされる。
「『
一刀両断。
漆黒の斬撃は氷によって動きを止められた十体のゴーレム全てを飲み込むと、その一切合切を破壊し尽くして、元通りの土塊へと戻してしまった。
「ご……ご、合格!受験番号107番、文句なしの合格だ!」
これには試験官も驚いたようで、たっぷり十秒は間を置いてから合格の声を上げた。
次いで上がったのは他の受験者たちによる歓声だった。常識はずれな光景を目にした興奮が音となって表れていた。
アルスくんはニヤニヤと底意地の悪さが見て取れる表情を浮かべながら、僕の隣に来て、
「なんだっけ。確か俺を超えるとか言ってたよなぁ?ユウ」
「……うん」
「ンな真似できるわけがねぇ。これで分かっただろ?テメェの方が下だってな」
どこまでも高圧的な態度。
だが、それを裏付けるに相応しい圧倒的な実力が彼にはあった。
就職と同時にBランク勇者になるのも夢じゃない、なんて教師から持て囃されていたのを思い出す。
凄い人なのは間違いない。
けれど同時に、鼻を明かしてやりたい嫌な奴だ。
だから僕はこう言い返した。
「いいや、上回ってみせるよ」
「ッ〜〜……!!」
啖呵を切れた自分を褒めてあげたかった。
そうして次々と不合格者が出て、会場の空気が死につつあった頃。
遂に僕の出番がやってきた。
「受験番号194番!前へ!」
「はい!」
この日のために新調してもらった鋼の剣を抜き、低く構える。
この試験では魔法を使わなくてはいけない。
といっても僕は使えないので、聖剣の力を使ってそれらしく偽装するしかないだろう。
「ゴーレムの数は何体がいいかな?」
「──十一体でお願いします」
「なに?上限は十体だが」
「ワガママなのは承知の上で、お願いします」
頭を下げて頼みこむ。
カドモンさんは仕方ない、と息を吐くと、
「構わないが、一体一体の強度が下がるなどとは思わないことだ。また余分な一体が評価に加担されることもない。それでも?」
「はい」
「分かった。では試験始め!」
十一体のゴーレムが生成され、一斉に僕に向かって走ってくる。
二メートル超えの巨大が束になって迫ってくる光景はなるほど、当事者になって初めて分かる圧迫感というものがあった。
だけど、この程度で怯えはしない。
ワイバーンに立ち向かった時の方が、もっとずっと怖かった……!
「『
小声で本命の詠唱を囁き、
「『
横薙ぎに払った斬撃によって生じたカマイタチを飛ばし、ゴーレムの足部分を攻撃する。
あれだけの巨体だ。相応の自重があって当然で、となると足にかかる負担は大きいはずだ。
案の定切断まではいかずとも、脚部に浅くない切れ込みの入ったゴーレムたちは転倒する。
その隙に、僕は天高く剣を振り上げた。
「『
莫大な魔力が剣を中心に放たれる。
太陽と見紛う極光が演習場を照らし、吹き荒れる突風が受験者たちや試験官の姿勢を崩す。
それはかつてワイバーンを一振りで屠った一撃。
それは首飾りと同じ名を冠する最大の攻撃。
それは白光と共に敵を殲滅する、聖剣の真髄。
その名は、
「『
気合裂帛。
振り下ろされた光の斬撃は十一体全てのゴーレムを粉微塵に破壊し尽くしていった。
やがて、光が消え去る頃。
そこには、平らに均された演習場の大地だけが残されていた。
「…………」
カドモンさんも、受験者たちも、アルスくんでさえも、ただただ唖然としていた。
目の前で起きた出来事が信じられないのだろう。僕は確かな手応えと達成感を噛み締めながら、試験の終わりを宣言した。
「終わりました」
「っ、あ、ああ!……合格!受験番号194番、見事なまでの合格だ!!」
「う──うおおおおおおお!!!!なんだあいつ、やべぇぞ!?」
「嘘だろ、107番よりすごいやつが出てくるなんて……!」
「おい、あれってユウだろ?無能の!」
「なんであいつにあんなことできんだよ!?」
嵐のような歓声を浴びながら、背後を振り返る。
信じられないような顔で睨みつけてくるアルスくんに向かって、僕は勝利の拳を突き出した。
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