第5話 『聖剣の勇者』ユウ

 あの後、ワイバーンを倒した光の斬撃によって発生した破壊痕は勇者たちが総動員で元通りに直したらしい。

 角度が微妙に上にズレていたのが功を奏したのだろう。威力の割には大した被害が出なかったという。


 僕はというと、


「ユウくんユウくん!!見てたよあたし!!かっこよかったねぇユウくん!!」

「せ、セレナさん!?どうしてここに!?」

「あの子、あたしを助けたせいでワイバーンに襲われちゃって……何もできないけど、だからって見捨てるのも違うよねって見守ることしかできなかったの。そしたらユウくんが来て!」


 あの現場にいたというセレナさんに褒め殺しにあっていた。

 どうやら賢者は彼女を助けて捕まってしまったらしく、自責の念から背中を向けるわけにもいかず路地裏の陰から見ていたらしい。


「やっぱり、ユウくんはやればできる人だったんだね」


 勇者による聴取を理由に別れてからも、暫くその言葉が頭に残って離れなかった。

 こんな僕でも信じてくれるいい友達を持ったと、心の底からそう思うのだった。


 因みに賢者はというと、現場に治癒魔法使いがいたことや内臓の破裂や骨折といった大怪我をしていなかったこともあり、無事回復できたようだった。

 よかった、僕はホッと胸を撫で下ろした。


「……夢みたいだ」


 まさか自分がワイバーンを倒すだなんて。

 手を開いては握るのを繰り返す。

 実感はない。もう一度同じことをやれと言われてもできる気がしない。

 一体あれは何だったんだろうか。


「聖剣の力だよ」

「うわっ、賢者!?もう一人で歩いて大丈夫なんですか!?」

「平気だ。オレを誰だと思ってやがる」


 賢者はケラケラと笑うと、隣に腰掛けてきた。


「聖剣って、どういうことなんですか?」

「オマエがかけてる首飾りな、『アレフの首飾り』っていうらしいんだが……いっちまえばそれが聖剣の本体なんだよ」

「えっ」

「剣の方はお飾りなんだが、首飾りが起動してないと抜けないよう細工されてある。まあ万が一の為のカモフラージュだな」

「し、知らなかった……」


 いや、しかしそれはおかしい。

 それならば何故フォウリスワード家は教えてくれなかったのだろうか。

 仮に僕を陥れようとしていたとしても、首飾りも一緒に没収するはずだろう。


「なんでも代々『聖剣の勇者』後継者と、信頼に足る人間にしか明かさない決まりなんだとよ。オレもまさか家の人間すら誰も知らなかったとは思わなかったぜ」

「……それってつまり、父は周りを信用してなかったってことですか?」

「それもあるかもしれねぇが」


 賢者は向き直り、僕の目をまっすぐ見つめると、


「オマエを勇者という危険な道に進ませたくなかった、ちょいと傲慢な親心だったのかもな」

「……なんですか、それ。余計なお世話にも程がありますよ」


 もし本当にそうだったとしたら、息子の人生を歪めすぎている。母だって心身を病んでしまったのだ。

 素直に喜ぼうにも喜べなかった。


「確かに余計なお世話だ。聖剣の力なんかなくたって、オマエは立派な勇者だったんだから」

「……?僕が勇者、ですか?」

「ああ」


 黄金の双眸が黒髪の男を映し出す。

 そこにいるのは、どこにでもいるごくごく平凡な少年だったはずだ。

 それなのに、気のせいだろうか。

 少しだけ、前より輝いて見えた気がした。

 

「聖剣も抜けない、魔法も使えない、何の力もないオマエは……それでもあの場において、誰よりも勇者だった」


 鈴を転がすような声音で、賢者は滔々と言葉を紡いでいく。

 それはきっと、僕がずっと欲しかったものだった。


「『魔物を倒し、人々を助けるのが勇者』それがオレの持論だ。だがオマエの父は違った」


 ふと、目頭が熱くなっていくのを感じた。

 動悸が激しくなって、呼吸が荒くなる。

 胸の奥から何かが溢れ出して止まらない。


「『勇者ってのは、魔物を倒す奴のことでもなければ、人を助ける奴のことでもない』」


 いつかどこかで聞いた台詞だ。

 記憶の片隅に追いやられ、もう思い出すこともなくなって久しかった、大好きだった言葉。


「『──勇者ってのは怖い時、それでも勇気を出して、一歩前へ踏み出せる奴のことなんだ』と」


 小さくも大きい賢者の腕が僕を包み込む。

 誰かに抱きしめられたのなんていつ以来だろうか。覚えてすらいなかった。

 涙が流れて仕方ない。

 白く細い手が、頭を優しく撫で付ける。

 土に染み込む雪のように、その言葉は心に深く浸透していった。



「助けてくれてありがとう、ユウ。──オマエはオレにとって、最高の勇者だ」

「ッ……は゛い゛ィ……っ!!!」


 僕はきっと、この日のことを生涯忘れない。

 強く、そう思うのだった。

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