第3話 絶望
「けけ、賢者って、あの!?」
『賢者』。
それは様々な勇者が名を馳せるこの世界において、唯一勇者と並び立つ称号を与えられた偉大なる魔法使いのことだ。
父である先代『聖剣の勇者』と共に数多の魔物を屠ってきた英雄の中の英雄。
あらゆる魔法を修め操るといわれた、歴史上最高の大魔導士。
名実ともに世界最強の存在──。
「……いや、でもこんなにちっちゃくなかったような」
「ちっちゃい言うな」
僕も幼い頃に何度か見た覚えがあるが、賢者はもっと長身で顔立ちの整った男性だったはずだ。
断じてこんな小さいはずがない。
「ほらよ、面影はあるだろ?」
頭部を隠していたローブが外される。
宝石のように綺麗な金色の瞳に、輝くような白銀の毛髪、綺麗に整った目鼻立ち。
朧げながら記憶に残る賢者の特徴と似通ってはいる、が。
「耳が尖ってる……」
「ハイエルフだからな」
「じゃあその見た目は?」
「オレまだ二、三百歳だぜ?ハイエルフとしちゃ若輩もいいとこだ。こっちが本当の姿で、これまでは変化魔法で嘘ついてたんだよ」
「なんで女の子!?」
「ハイエルフに性別の概念はねぇんだよ。あと子っていうな。せめて美少女のお姉さんといえ!」
自分より背の低い、ほとんど少女な外見の人に凄まれてもちっとも怖くなかった。
髪の毛は魔力を溜め込みやすいというし、魔法使いの賢者が伸ばすのは理解できるが……。
もうなんか色々と想定外すぎて、逆にすんなり受け入れられそうだった。
「えと、それで、あの賢者がわざわざ僕に何の用なんですか……?」
「ああ、横道に逸れたな」
賢者は僕の胸元を指し示すと、
「オマエが持ってる聖剣を狙って複数の魔物が暗躍してやがる。その兆候を掴んだんで忠告しに来たんだよ」
「聖剣、って」
「知っての通り『聖剣の勇者』は代々勇者の矢面に立って魔物を倒し続けてきた。だからか魔物側も聖剣に対する敵意や恨みを抱いてんだよ」
魔物と一口に言っても、その知能差は種族によって大きく異なる。
スライムのような単細胞生物に近い種族から人間と大して変わらない知能を持った種族まで千差万別なのだ。
そうした知能ある魔物たちが、聖剣の脅威を後代に語り継いでいても不思議はなかった。
ただ、
「あの」
「王都にいりゃ安全とは思うが、万が一ってこともある。用心して暫くは家に引き篭もっとけ」
「いえ、あの」
「ったく大人しかったくせに急に活発になりやがって。退治する立場にもなってみろ」
「ですから、あの!」
中々人の話を聞いてくれない賢者に大声で疑問を投げかける。
「聖剣って、僕持ってないんですけど」
「は?」
「その、聖剣が抜けないせいで実家を追放されたばかりで……今の僕は何も持ってないんです」
強いて言えばこの胸の首飾りくらいか。
それだって何の効果もないアイテムなのだから、実質何も持っていないのと同じだった。
「だから聖剣が狙われているといわれても、僕には関係がないといいますか」
「あ?何言ってやがる。その首飾りが──ああ、いや待て。……なるほど……ってことは魔物も知らねぇから……逆に安全か……」
賢者は急に口元に手を当てて考え込んだかと思うと、納得したように手を叩いた。
「なら安心だ。オマエが狙われることはないだろうし、フォウリスワード家の本邸なら魔物の襲撃にも対処できるだろ。あとで伝えにいこっと」
じゃあな坊主──そういって賢者は背中を向け、この場から立ち去ろうと歩を進めた。
僕にはそれを引き止める理由がない。
彼が用があったのはあくまで聖剣であって、僕じゃない。自分のようなロクに取り柄もない人間が、彼のように偉大な存在に興味を持たれるはずもない。
このまま見送るのが正解だ。
けれど気がついたら、僕は彼の腕を掴んでいた。
「……なんだ?オレに何か用でもあるのか?」
「えっと、その」
「悪いがサインの類は受け付けてないぞ。オレは記録じゃなく記憶に残りたいタイプなんでな」
賢者が訝しげに僕を見つめる。
金の瞳に睨まれて、出すべき言葉が見つからない。
それでも懸命に言葉を探して、勇気を振り絞って、その問いをぶつけることにした。
「──僕は、勇者になれるでしょうか」
「…………なに?」
一度口から出たそれは、次から次へと溢れ出して止まらなかった。
「僕は聖剣が抜けなくて……そのうえ魔法もロクに使えないせいで、周りから馬鹿にされてきて。それでもずっと勇者になるって、ならなくちゃいけないって努力し続けてきたんです」
ふと自分の手に視線をやる。
マメだらけの汚い手だ。愚直に剣を振り続けた結果できた、無意味な努力の結晶だ。
「スライム一体倒すのも厳しい無能ですけど」
僕に才能はない。
それでもずっと勇者になりたいと足掻き続けてきたものを、すんなり諦めることはできない。
「そんな僕でも、父のような立派な勇者になれるでしょうか」
だから、希望の芽が欲しかった。
少しでもいい。何かとっかかりがあれば、どんなに高い壁だって挑み続けられるはずだから。
賢者リオルカ。
先代『聖剣の勇者』パーティの一員として、父と肩を並べた最強の魔法使い。
彼に太鼓判を押してもらえたら、きっと。
「ならなくちゃ、か。……オマエ、最初に会った時オレが賢者だって分からなかっただろ」
「え、あ、はい」
「オレはこれまで人前に出る時は常に魔法を使って自分を理想の長身イケメンに変化させていた。そっちのが賢者っぽいし舐められないからな」
「……?話がよく見えないん、ですけど」
「じゃあ何故今はそうしないか。答えはこれだ」
賢者はローブごと、その下の服も一緒にめくる。
当然綺麗な肌が露わになり……白い肌に刻まれた、黒く禍々しい紋様も露わになった。
「そっ、それは!?」
「呪いだよ。先代『聖剣の勇者』──お前の父と相討ちになった魔王と戦った時にやられた」
父と相討ちになった。
その言葉を聞いて思わず息を飲んだ。
「これのせいで一日に使える魔力量に制限がかかっちまった。下手に使いすぎると侵食が進んでジ・エンドだ」
ジ・エンド。その言葉が指し示す意味は、想像した通りで間違いないだろう。
あまりの悍ましさに口元を抑えてしまう。
だから彼は、下手に魔法を使って魔力を消費しないで済むようにローブで身を隠していたのだ。
「最強無敵の賢者様でも、一歩間違えればこうなるのが職業:ゆうしゃの世界ってことだ。……聖剣も、魔法も使えなくても勇者になれるかと聞いたな」
輝かしくも恐ろしい黄金の眼が僕の姿を映した。
「魔物を倒し、人々を助けるのが勇者だ。──オマエは、勇者にはなれないよ」
そこにいたのは、どこにでもいる極々平凡な少年だった。
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