幕間

幕間 警察での一幕

 俺――緒方ヒサシは、窓の向こう側で行われる取り調べを眺めていた。


『いい加減話したらどうなんだ!? なぜ日本に来た!?』

『ウハハッ。何度も言ってるだろう? 話す事なんざねえよ』

『話せばその分、早く出られるとしてもか? お前が重要な情報を話せば、反省の意思アリとして、刑期を短く出来るかもしれないんだぞ!?』

『仲間を売るほど価値のある対価だとは思えねえなあ』


 取り調べを受けているのは先日捕まったばかりの男。メルンガ国最大の勢力を誇るギャング、『ウルフズベイン』の構成員。オーランド=バスフィールド。

 対して、取り調べを行なっているのは古株の刑事。近藤さんだ。


 近藤さんが厳しく問い詰めているが、バスフィールドは意に介していない。

 流石に大規模ギャンググループの一員、という訳か。ちょっとやそっとの取り調べなんかじゃ、重要な情報は吐きそうにない。


 取り調べの様子を見て、後輩の小野寺京子が引いた様子で口を開いた。


「うへー、近藤さん張り切ってますねえ」

「自分の管轄で大物が上がったんだ。そりゃ張り切りもするだろうよ」


 俺がそう言うと、小野寺は「えぇ?」と声を上げた。


「あの人の事だから、それだけじゃない気がするっすけど」

「まあ、かもな。ここ何年かは手柄が全然無くて燻ってたしな。大方、この件を切っ掛けにどうにか出世しようとでも思ってんじゃねえか」

「うっわ、すごいありそう。近藤さん中央へのこだわり凄いっすし」


 コンプレックスでもあるのか、あの人は何かに付けて中央、中央とうるさい。

 それが原動力になってこれまでいくつもの難事件を解決したり、凶悪犯罪を未然に防いでいるから一概に悪いとは言い切れないが、だからといって、中央に対する憧れと劣等感と対抗心が複雑に絡まった言動に、こっちは辟易させられている訳で。

 端的に言って付き合いきれない。いや、ほんとに。冗談で無く。


「それにしてもビックリっすよね、先輩」

「あん? なにがだ」

「ギャングっすよ、ギャング。まさか日本でギャングを逮捕する事があるなんて。しかも海外のギャングっすよ。驚きじゃないっすか、先輩?」

「あー、まあ。そうかもな」


 構成員を捕まえるってのは確かに珍しいかもしれない。

 基本麻薬取引を検挙した時に名前を聞く程度だからな。


「『ウルフズベイン』って名前らしいっすけど、先輩知ってます?」

「時々耳にする名前だ。メルンガ国で最大の勢力を誇るギャンググループ、『ウルフズベイン』。構成員は数十万とも数百万とも言われ、その影響力は外国にすら及んでいるとかなんとか。不思議と、日本にはこれまで来ていなかったらしいが」

「数百万って。それもう国が創れるじゃないっすか」

「ああ。だから日本にそんな連中が来ると分かった時、お偉いさん方はえらく慌ててたな。……つうか、なんでお前は知らねえんだ。ウチじゃ有名だろ?」

「たはは。どうも勉強となると眠くなっちゃって」


 お恥ずかしい限りっす。照れた様子で頭を掻く小野寺。


 こいつ……まったく。仕方のない奴だ。はぁ、と溜息を吐く。

 いくら海外のグループだっつっても、日本と関わりがない訳じゃない。むしろ新しい市場を切り開く為に、積極的に手を伸ばしてきている。

 もし肝心な時に知識がなければ、なにも出来ないだろうに。


「今度から海外の犯罪グループについても学んでおけ」

「うっす。了解っす」


 へらへらと笑って頷く。相変わらず調子の良い奴だ。


「それにしても不思議な話っすよねえ。今回逮捕したギャング、全員が子供にやられたって証言したんすよね? 逮捕したのはガッチリした体型の連中ばかりで、子供に倒せるはずがないっすのに。揃いも揃ってクスリでもやってたんすかね?」

「それか。奴らの様子からして俺は違うと思ってるが。実際、どうなんだかな」


 どいつも意識はハッキリしてたし、受け答えも明瞭だった。

 少なくとも俺にはクスリをやっているようには見えなかったが。


「調べてみないっすか? 先輩」

「あぁん?」


 見れば、小野寺はにやにやといやらしい笑みを浮かべている。


「面白そうじゃないっすか。本当にそんな子供がいたなら大発見っすし、何もなくてもちょっと時間が無駄になるだけ。損はないっすよ?」


 その笑みからは好奇心の色しか伺えない。

 ……はぁ。バカが。


「やめとけ。『ウルフズベイン』は仮にもメルンガ最大のギャング。その構成員をぶっ飛ばしたんだ。そいつは間違いなく頭がイカれてるか、バックに大きな組織が付いてる。そんな奴に手を出せば、お前の命はポッポコーンより簡単に弾け飛ぶぞ」

「それがいいんじゃないっすか! スリル満点っすよ~?」

「アホ。後輩の為にそんな奴に喧嘩を売るのはごめんだっつってんだよ。大人しく俺の言うこと聞いとけ。じゃなきゃ頭にたんこぶこさえる事になるぞ」


 急に話し声がしなくなった。

 後ろを振り向くと、にゅひひと笑う後輩がいた。


「んも~! 先輩ってば素直じゃないんっすからー!! そんなに心配しなくても、アタシはちゃーんと先輩の指示に従いますよ~? にゅひひ!」


 なんだこいつ。急に調子に乗り始めやがった。

 まあいつもの事か。気にするほどの事でもない。


「ああそうかい。それはよござんした。……んじゃ行くぞ。仕事が詰まってんだ」

「あぁ~ん! 待ってくださいっすよせんぱ~い! あなたの愛しの後輩が、置いてけぼりになってるっすよ~!?」


 それにしても、ギャングを倒す子供……ね。

 そんな奴が本当にいるのかね?

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