第16話 天王院龍華10

「はぁ、はぁ」


 俺は荒く呼吸をしつつ、その場に立ち尽くしていた。

 目の前には倒れたオーランドの姿が。周りを見れば、ギャング達もオーランドと同様に地に伏している。

 今この場に、まだ動けるギャングは一人もいなかった。


「――アシキ君!」


 終わったと判断したのか、木村先生が走り寄ってきた。

 その表情には焦りと不安の色が浮かんでいる。


「先生……やりました。連中を倒しましたよ」

「そんなの後でいいから! 大丈夫っ? 怪我はないっ!?」


 勝利報告をすると、怒りの表情で軽く叱られた。

 その後、怪我がないか全身を触って確認される。


 ……うん。めちゃくちゃくすぐったい。

 けど跳ね除ける事は出来なそうだ。

 こんなに心配してくれる人を邪険には出来ない。


「大丈夫ですよ。あったとしても掠り傷ですから」

「その掠り傷があとで酷い事になるかもしれないんだから! 念の為、応急処置を終えたあとで病院に行って怪我を見てもらからねっ!」


 うーん、正論。反論の余地もない。

 ……心配させた俺が悪いと思って大人しく従うか。

 どうせ怪我も酷くない。すぐ終わるだろう。


 あ、でも。先にやっておかなきゃいけない事がある。


「分かりました。けどその前に。二つ、いいですか?」

「なに、アシキ君。なにかあるの?」

「一つはこいつらの事です。警察に引き渡すまで、縄か何かで縛って拘束しておいてくれませんか? 目を覚ましてまた暴れられても困るので」

「確かにそれは大事だね。分かった」


 木村先生は頷くと、他の先生たちを見た。


「すみません! この人達、縛っておいてください!」

「あ、ああ。分かった。こちらでやっておこう」


 なんだ? 他の先生たちの俺を見る目がおかしい。

 不穏、というか。距離がある、というか。

 これは、そう。まるで怖がられているような……?


 ……いや。今は気にしている場合じゃないな。


「……それで。もう一つはなにかな?」

「俺を龍華ちゃんの元へ連れて行ってもらえませんか。ちょっと、今は自力で動けそうにないので。彼女に伝えておきたい事があるんです」


 なんとなく、程度の曖昧な予感ではあるが。

 この想いは今日伝えた方がいい気がするんだ。





 園舎の中に戻ると、龍華ちゃんが他に人のいない教室で待ち構えていた。

 一見堂々としているように見える。けど腕組みしている手の人差し指はトントン腕を叩いているし、よく見れば唇を噛んでいた。

 彼女は教室に入った俺と先生に気付くと、こちらへ視線を向けた。


「待っていたぞ、犬童」

「お待たせ、龍華ちゃん。……先生、少し二人きりにしてくれませんか?」

「分かった。けど、あとで病院には絶対に行くからね!」


 それだけ言って、木村先生は離れて行った。

 龍華ちゃんが笑みを浮かべる。


「くはは。心配されているようだな」

「あぁ。有難い事にな」

「彼女は良い担任だろう?」

「……ははっ。そうかもな」


 そこで雑談が止まった。龍華ちゃんの目が泳いでいる。


 どうしたんだ。何を言えばいいのか分からないのか?

 頭の中で言いたい事が纏まっていないのかもしれない。

 仕方ない。ここは俺から話を切り出す事にしよう。


「龍華ちゃん。無事に奴らを撃退する事が出来たよ」

「……あぁ。見ていた。見ていたとも。貴様の活躍で『ウルフズベイン』の構成員どもが蹴散らされ、この『流雲幼稚園』が守られた光景をな」


 そう口にする彼女の表情は、どうしてか暗かった。


 どうしてだろうか? 龍華ちゃんにとっても喜ばしい事のはずなのに。

 幼稚園は守られ、先生たちも彼女の友達も無事。運動場は少し荒れたが、被害と言えばその程度。それだって整備すればいいだけの話だ。

 何も悪い事なんてない。最良の結果を得られたはずなのに。


「……どうして。どうして貴様はこなたの頼みを聞いてくれたのだ? 自身の能力が露呈する危険もあったし、オーランドと名乗った男との戦いでは……命を落とす危険だってあった。頼みを聞く義理もなかったはずだ。――なのに、どうして」


 あぁ! なんだ。そんなことが気になっていたのか。

 龍華ちゃんって態度がやたら高圧的、というか女王的なのに、結構相手がどう思っているのかを気にするよな。やっぱりまだまだ子供って事なのかな。

 そんなところがまた可愛いわけだが。


 んー。これは……そうだな。変に捻らず答えた方がいいか。


「確かに俺にキミを助ける義理はない。幼稚園の人達だってまだ赤の他人も同然。秘密や命を懸けてまで助けたいかって言われると、否定せざるを得ない程度の関係性しか築けていない。もちろん、その中には龍華ちゃんも含まれているぞ?」


 喋れば喋るほど彼女の顔が下がっていく。

 表情も暗くなり、沈痛な面持ち。

 けれど――。


「だけど――龍華ちゃんは俺を脅して従えようとはしなかったよな」


 その言葉を口にした途端、ハッ。と龍華ちゃんが顔を上げた。


「キミにはそれを出来る力があっただろうに。秘密も握ってる。俺に言う事を聞かせる方法なんて幾らでも思い付いたはず。なのに、キミはそれをしなかった」


 どうしてだ? 彼女に尋ねる。


「そ、れは。頼み事をする以上、誠実でなければならぬ、と思ったからだ。貴様が頼みを聞いてくれねば脅しも止む無しと考えてはおった。……だが。初めから対話すら行わぬ者は、誰からの信も受け取れぬ。当然のことであろう?」

「そうだな。そして俺は――そんなキミだからこそ助けたいと思ったんだよ」


 ぬあっ!? 龍華ちゃんが素っ頓狂な声を上げた。

 ……少し褒めただけでそんなに驚くか?


「友人達の為、お世話になった人達の為に頭を下げられるキミは――俺が命を懸けて助けたいと感じる、尊い善良な人の姿そのものだった」


 キミのその在り方が、俺を動かした。



「どうか誇ってくれ。友達を想うキミの心が、彼らを助けたんだ」



 俺がそう言ったあと少しの間、龍華ちゃんは動かなかった。

 顔を俯かせたまま、ピクリとも動かない。

 流石に心配になって顔を覗こうとしたが――やめた。

 ぽつり、ぽつり、と。水滴が彼女の足元を濡らしていたから。


「……そうか。そうか――ッ!!」


 涙を流しながら、震え声を漏らす。

 そんな彼女に俺はついでのように伝えた。


「それに俺は龍華ちゃんに惚れたからな。キミの事が欲しいと思ってる。好きな女の子を助ける為に男が頑張るのは、昔から当然のことだっただろう?」

「な、なぁ……ッ!?!?!?」


 驚く龍華ちゃんの頬は怒りか照れか、紅く染まっている。

 ぶっちゃけ、とても可愛らしかった。

 そんな彼女がなんだかおかしくて、俺は笑った。


「あっはっはっはっはっはっ!!!」

「わ、わらうなぁ――ッ!!!」





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

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