第14話 天王院龍華8
「――ハ。ハハハハ、ウッハハハハハハハッ!!」
俺が突き付けた直後、ギャングリーダーは笑い出した。
おかしそうに、堪えきれないように。
大口を開き、腹を抱えて全身で笑っていた。
……なんだこいつ。急に笑い出して。
そんな場面じゃなかっただろうに。
「……追い詰められて頭がおかしくでもなったのか?」
「おかしいだと? ウハハッ! そりゃおかしくもなるさ!」
ギャングリーダーは俺の言葉を肯定した。
「だってまるで想定してなかったもんよ! 元はメルンガで立派な根城を張ってたってのに、ボスの命令一つでこんな極東の国にまで来させられて、子供一人を攫うなんてそこらの無能にも出来る仕事を任されたんだぜ!? 気も滅入るってもんだ!」
だが……ッ。と、リーダーは暑い口調で語る。
「まさか、まさかだ! こんなくっだらねえ仕事で、勝てないかもしれない強敵に出会えるとは!? ウハハハッ! 嬉しい事ってのはあるもんだな! 喜びで頭がおかしくなっちまいそうだ! ……まあ? その相手が子供ってのはちょいと、いやだいぶ不満ではあるがよ。つうか子供が平気で大人ぶっとばすとかマジなんなんだ」
「……戦闘狂ってやつか。本当に要るんだな、そういう奴が」
アニメや漫画の中だけの存在だと思ってた。
「オレ様みたいな奴を見るのは初めてか? いるところにはいるんだがな」
「アホ言え。ここは平和な日本。俺は子供だぞ。そんな連中がいる場所自体がどこにもないし、行く用事も一切ないんだよ」
「そりゃそうか! そうだわな。いやウッカリしてた」
ウハハハハッ! と快活に笑うギャングリーダー。
なんだこいつ。……いやほんとになんだこいつ。
本当にさっきまでのギャングリーダーと同じ人間なのか?
なんというか……まるで違うじゃないか。
さっきまではこう、如何にも悪事を働いてますって顔をしてた。
ただでさえ厳つい顔を更に厳めしくさせて。まず間違いなく、俺以外の子供には顔を見ただけで泣かれるだろうな、ってくらいおっかない顔だ。
それを……なんだ。ゆるっゆるに緩ませやがって。
春の陽気に充てられてもそこまでならんだろって表情になってる。
ギャングのボスだろうと全然おかしくなかったヤバい雰囲気が、今じゃそこらにいる陽気なおっさんみたいな雰囲気に変わってると言えば、どれくらい変化したのかは大体想像が付くはずだ。俺は自分の目で見た今でも信じ切れないが。
人間って、ここまでガラリと雰囲気が変わるものなのか?
そして更に。ギャングリーダーはおかしな事を言い出した。
「なあ、お互いに名乗り合ってから戦わねえか?」
「はあ? なにを言ってるんだ」
名乗り合ってから戦うとか……馬鹿か。
そんな事をする必要がどこにある?
敵に名前をばらすメリットもどこにもない。
ただ、表情から俺の考える事が伝わったらしい。
ギャングリーダーは慌てて弁明をしてきた。
「いや分かる。分かるぜ!? そんなことする理由なんざないよな!? 時代錯誤も甚だしいし、オレ様も馬鹿みたいな提案をしてるのは分かってるんだ!」
なんだ。分かってたのか。
それすら理解できないほど馬鹿なのかと思った。
「けどよ、せっかくこうして出会えたんだ。互いが例えこれからぶちのめす相手でしかないとしても、それで“ハイ終わり。さようなら。また来世で”ってのは寂しすぎないか? 正々堂々名乗り合って、戦って。そうすりゃ、友情の一つも芽生えるってもんだろう? その方が断然楽しそうだと思わないか。なあ?」
ギャングリーダーが同意を求めてくる。
が、俺にはその気持ちは分からん。
「戦って友情って、なあ……。お前は一体、いつの時代の人間のつもりなんだ?」
「時代? 個人的には日本の戦国時代なんかは結構好きだぜ? ノブナガ! ヒデヨシ! イエヤス! 武士が身に付けてた甲冑も最高にイカしてるよな!?」
まるで答えになってないじゃないか。はぁ……。
「で、どうよ。やってくれねえか? な? な? な!?」
ギャングリーダーは圧を掛けるように繰り返す尋ねてくる。
まるで断られる事を想定していないような調子で。
……あー。俺、知ってるぞ? これは断ったら面倒臭いタイプの手合いだ。
この手の輩は自分の願望を叶える為にメチャクチャやって、それで周囲がどうなろうと欠片たりとも気にしないんだ。半端に能力がある奴が多いから無駄に被害が大きくなって、周囲の良識ある人間は後始末に奔走させられるっていう……。
くそっ。これつまりどうなっても面倒臭いタイプだ。
とりあえず合わせて、適当に対処するのが一番。
なんだが……はぁ。なんで俺がこんな奴に合わせなきゃいけないんだ?
「分かった分かった。やってやるから近付いてくるな。暑苦しいし鬱陶しい。何よりお前の顔を近くで見たくないんだよ。さっさと下がれ、このうすらバカがッ」
「おぉ! そうかそうか、やってくれるか!」
罵倒をものともしないギャングリーダー。
俺が名乗りを受け入れた事を呑気に喜んでいる。
「まさかこんな簡単に受けてもらえるとはな! ウハハッ、流石日本人! サムライスピリッツを受け継いでるんだな!」
「あー、はいはい。分かったから早くやるぞ。そしてこの戦いを終わらせよう」
こうなると分かってたらこいつを最初に片付けたのに。
殺すわけにはいかないからって、手加減なんかするんじゃなかった。
「おう、もちろんだ友よ! 尋常に勝負しようじゃないか!!」
「……誰が友だ、誰が。俺はお前の友人になった覚えはない」
抗議が聞こえていない様子で、リーダーは俺から距離をとった。
そして――どこからか取り出した、身の丈以上もある大槌を構えた。
所謂、巨大ハンマーだ。……ちょっと装飾が物騒だが。
――というかそれ何処に隠し持ってた!?
そんな素振り一切見せていなかっただろう!?
驚く俺を置き去りにして、ギャングリーダーが名乗り始める。
「さあさあいざや聞けぃッ! オレ様こそは、メルンガ系ギャングチーム『ウルフズベイン』が一のソルジャー、オーランド=バスフィールド! 西メルンガ最強と謳われた我が身を恐れることなくば、命を捨ててかかってこいッ!!」
勇ましく。激しく。堂々と。高らかに。
ギャングリーダー――オーランドは名乗りを上げた。
その瞬間――俺は意識を切り替えた。
そうだ。今は戦いの最中だ。
一々些事に気を取られるな。
目の前の敵にだけ集中しろ。
そして相手を――■せ!
「無所属。犬童アシキ。私情によってお前を倒す」
オーランドと比べると我ながら簡素な名乗り。
だが奴には十分だったようで、ニイ、と口角を釣り上げた。
瞬きの静寂。――次の瞬間。
「うぉおおおおおおおおッ!!!」
「ウッハハハハハハハハッ!!!」
俺とオーランドは――激突した。
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