第12話 天王院龍華6

 俺が全員守ってみせると宣言した直後。

 幼稚園の入り口から騒ぎが聞こえてきた。


 おいおい、これは……。


 騒いでいるのは一人や二人じゃないな。

 少なくとも見積もって5人。

 多ければ10人はいるだろう。


 先生たちの声も聞こえてくる。誰かを押し留めようとしている。

 やってきた連中を幼稚園には入れまいと奮闘しているんだろうが、声を聴く限りではどう考えても無謀だ。恐らく負けるのは時間の問題。


「!? ……チッ。このタイミングかっ」


 騒ぎを耳にした龍華ちゃんが叫んだ。

 その表情はひどく忌々し気なもの。


「どうした? 何が起きたんだ」

「来たのだ、奴らが」

「奴ら……? 一体誰の事だ?」


 彼女にはやってきた連中に心当たりがあるのか?

 それは一体どんな連中なんだ? 危険な連中なのか?


「『ウルフズベイン』。メルンガ人のカルバン=コートネイをトップに抱く、多民族系のギャンググループ。こなたを攫う為に従兄叔父が呼び寄せた連中だ。……まあ日本に来ているのは所詮、国際警察に目を付けられていない小物でしかないが」


 それでも危険な連中には違いない、と龍華ちゃん。


 ギャングって。ここは日本だぞ……?

 何を思ってそんな連中を呼び寄せたんだ。


「子供一人を攫う為にそこまでするのか……?」

「そこまでさせてしまうのが権力や金なのだ。中でもこなたの従兄叔父は特にそれらに憑りつかれている。金と権力の為なら、血族の縁すら切り捨てるほどだ。愚かなその行為が、どれほど自分の首を絞めるのかにも気付かずに」


 天王院としての誇りすら彼奴は捨てたのだろう。

 彼女はそう言って吐き捨てた。


「如何に奴らとて、日中の目立つ場所で幼稚園の者達に危害は加えんだろう。だが、それも絶対ではない。元々が犯罪者の集団だ。何かのはずみで手を出す事は十分に考えられる。……犬童よ。貴様に奴らへの対処を任せてもよいか?」


 仄かに不安を滲ませ、龍華ちゃんは俺に尋ねた。


 これは……チャンスじゃないだろうか。

 ここで活躍すれば、彼女の信頼を得られるかもしれない。今もまだ感じる彼女との距離感を詰められるかも。……ピンチを利用するみたいで気分は悪いが。

 だが、これは俺の夢の為にも必要な事。我慢しよう。

 それに――誰にも怪我させなければ問題はない。


「もちろんだ。ギャングだろうがなんだろうが、俺が片付けてくるよ」





「天王院龍華っつう嬢ちゃんを出せって言ってんだろがゴラァッ!!」

「だから出すわけがないでしょう!? ここは幼い子供達を親御さんから大切にお預かりし、真っ直ぐに育てる為の施設なんです! あなた方のような乱暴な人が訪れていい場所ではありません! 今すぐにお帰りくださいッ!!」


 おーおー、やってるやってる。

 そんな言葉が自然と口からこぼれ落ちた。


 園舎から出ると、10人のギャングが運動場に押し掛けていた。

 集まった木村先生含む数人の先生たちと押し問答をしている。


 ギャングは見た目も民族も多種多様だ。

 ヨーロッパ系、アジア系にアフリカ系も。

 急にここだけグローバルになったな?


 特に目立つのはリーダー格と思しき先頭に立つ男。

 大柄。厳つい顔。筋骨隆々の肉体。

 とても一般人とは思えない物々しい雰囲気を放っている。

 ……実際、一般人ではないんだろうが。


 先生たちも彼らを園舎の中に入らせまいと頑張ってるけど、如何せん一部の先生以外は完全に腰が引けてしまってる。拮抗が崩れるのはそう遠い先の話じゃない。

 まあ、あんな厳つい奴を前にしてビビるのは仕方ない話だ。

 あくまで幼稚園の先生だし。ヤバい奴と対峙した経験はないだろう。


 遠目に観察していると、先生の一人が俺に気付いた。


「あっ、出てきちゃダメだ! 早く中に戻って!」


 その声で、先生たちは次々に俺に気付いた。

 もちろん担任の木村先生もだ。


「アシキ君!? ダメだよ、こっちに来ちゃ!?」

「その通りだ! キミ、ここは危ない。すぐに避難するんだ!」


 全員が全員こちらへと注意を促してくる。

 ……目の前のギャング達から目を逸らして。


「ハッ。どけ!」

「キャッ!」

「うぉっ!?」


 リーダー格の男に押し退けられ、先生たちは総崩れに。

 男はズンズンと俺の方に歩いてくる。

 つまり……龍華ちゃんのいる園舎の方へと。


 あーあ。これって俺が悪いのか?

 ……悪いんだろうなぁ。


 だがまあ敵から近付いてくるのは有難い。

 さっさと終わらせられるからな。

 龍華ちゃんにカッコいいとこ見せなきゃだし。


「まずい、アシキ君!?」


 木村先生が悲鳴を上げるのと同時。

 ギャングリーダーが俺の前で止まった。


「ありがとな、坊主。おかげで助かったよ」

「気にしなくていいさ。どうせ中には入れないんだから」

「あぁん? 坊主お前、それはどういう――」


 男の懐に潜り込み、右拳を深く抉り込む。

 ドゴォッ!!! ギャングリーダーが吹き飛ぶ。


「ぐ、ぐぉおおおおおおッ!?」

「兄貴ッ!?」


 派手に吹き飛んだリーダーが砂埃を上げる。

 ギャングの叫び声。場の視線すべてがギャングリーダーへと向けられていた。

 それら驚愕の視線すべてが――俺の方へと向けられる。


 ふむ。実戦での使用は初めてだが――。

 中々にいい感じじゃないだろうか。

 剛力付与魔法。『“我が身に巨人の剛力をパワー・オブ・タイタン”』。

 詠唱してない分、効力は落ちているだろうが。


 おっと。注目が集まっている。

 何か言ってやらなきゃな。


「悪いね。ここから先は通行止めだ」

「お姫様の元に行きたきゃ、俺を倒してからにしてもらおうか」


 それに――魔法の試運転にも丁度いい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る