第11話 天王院龍華5
「しかし、分からんのは貴様の目的だ」
「……俺の目的?」
そうだ、と龍華ちゃんが頷く。
「貴様は誰に命じられる事もなくこなたの元へやってきた。誰かの命令であれば分かる。己で言うのもなんだが、こなたは政治的にとても価値がある。得られる利益に目が眩んだ者には、こなたは黄金の卵を産む鶏にも見えような」
「――が、貴様はまだ子供。こなたと同じくな。社会の事情に疎い貴様が、狙ってこの『流雲幼稚園』へ来るとも思えん。こなたの価値を知らんだろうからな。ならばこの幼稚園へ来た事自体は偶然。――なのに、貴様はこなたの元へやってきた」
何故だ? 彼女は首を傾げて尋ねてきた。
……あー。つまり龍華ちゃんは、自分の政治的な価値を知らないはずの俺が、どうして真っ先に自分の元へとやってきたのかが分からない、と言っている訳か?
自分の価値を知らない以上、話し掛けてくる理由はないはずだ、と。
なるほどなるほど。確かに当然の疑問……なわけねえだろッ!?
「おぉ、女神よ。この憐れな少女に救いを与えたまえ……ッ」
「む、むむ? どうして急に天を仰いで祈り出したのだ……?」
なんだろうな。俺は今、とても物に当たりたい気分です……ッ。
そして女神ミオネよ! 彼女の周囲にいるどちゃくそ罪深い大人達に、死ぬほど厳しい罰を与えたまえ! 具体的には毎日足の小指を角にぶつけろッ!!
なんてことだッ! なんてことだッ!? 酷い現実だッ!!
こんな幼い少女が、自分には政治的な価値以外に話し掛ける魅力がないと思い込んでいるなんてッ!! 周囲の大人達は一体何をしていたんだッ!?
無条件に愛を受け取るべき子供が己の無価値さを信じるなんて、あっちゃならねえだろうがッ!!!
そりゃ怪しい人間にあんな態度を取るのも当然だ。
卑屈になっていないだけ奇跡的ですらある。
「大丈夫だ。俺は龍華ちゃんの味方だからな……ッ」
「そ、そうなのか? それは嬉しいが……むむむ」
あぁ……さっきまでの俺はどうして彼女にビビったりしたんだ。
確かに彼女は怖い。どういう手段でかこちらの秘密を覗き見され、俺は彼女の気分次第で破滅する状況へと追いやられてしまった。
この状況を覆すのは、そう簡単な事ではないだろう。
けれど……それがどうした。
俺は世界を征服する男だぞ? その程度の危険を呑み込めずして、どうして世界を手に入れる事ができようか。
そんな程度の事が、彼女を助けない理由になる訳がない。
俺が救わずして、誰が彼女を救うと言うんだ!?
「本当にこなたの味方だと言うのなら、頼みがある」
「なんだッ? なんでも言ってくれ……ッ!!」
今の俺なら何でも出来そうだ!
「この頃『流雲幼稚園』がトラブルに見舞われている事は知っているか?」
「……あぁ、木村先生から聞いてるよ。天王院グループの権力やお金やを狙う連中が問題を起こしてるんだろう? ここも何度か巻き込まれたとか」
先生から聞いた事を言うと、龍華ちゃんは頷いた。
「それだ。他の者には申し訳なく思っている。こなたの事情に巻き込んだ」
「確かにキミがいる事が原因で、幼稚園はトラブルに巻き込まれたんだろう。けど、それは龍華ちゃんの所為じゃないだろう? 責任を感じる必要は……」
それは本来大人が抱えるべきものだろう、と。
彼女に直接言わないまでも。俺は内心でそう思った。
「いいや、こなたの責任であるべきなのだ」
しかし。彼女はハッキリと断言する。
「貴様の気遣いは嬉しい。が、こなたは己自身の支配者である。そう定義した。故にこなたは、自身の周りで起きる出来事はすべて己が原因だと考える。それが支配者、すなわち統べる者の務めであると理解しているからだ」
「だからこそ認められん。こなたがいる事で、辛い思いをする者がいる事が」
自身の所為で周りの人達がトラブルに巻き込まれる。
それはどれだけ辛い事なのだろうか。
俺には分からないが……その心情は察するに余りある。
「だがこなたには力がない。与えられる護衛はこなたの身を守るのみで、他の者の事など考慮すらしてくれん。天王院家に直接関わる事ではないからと、新しく人を雇う事も認められておらん。恐らく妨害を受けておるのだろう」
龍華ちゃんは口惜しそうに口にする。
「だから、こなたの代わりに貴様が幼稚園を守ってくれ。不甲斐無いこなたに代わって、貴様が。貴様には何かしら特別な力が宿っているのだろう?」
「俺が、か? いやでも、そうだな……」
幼稚園を守る事自体は問題ない。今の俺でも出来るだろう。
だが……それは能力が周囲にバレるリスクを孕んでいる。
俺もまだまだ万全とは言い難い。能力を知られる危険は回避しておきたい。
「無茶な事を言っているのは分かっておる。特別な力があると知れれば、一体どんな大問題に巻き込まれるか。少なくとも貴様の平穏は壊れ、平和な生活を送る事は不可能になるだろう。特に現代は情報の巡りが早い故、リスクは大きい」
その通りだ。そして俺は、まだ平穏を壊される訳にはいかない。
今俺自身が狙われてしまえば、家族を守り切れなくなる。
いずれ必ず通る道ではあっても――それは決して今じゃない。
だが……。
「それでも貴様ならばっ。貴様ならばなんとか出来るのではないか、とこなたの勘が煩く主張してやまないのだっ。こなたの勘はこれまで一度も外れた事がない。今回も当たっているのではと期待せずにはいられないのだっ!」
「あっ、おい!」
彼女は突然、深々と頭を下げた。
倒れるんじゃと不安になるくらい、深々と。
「どうか頼まれてくれないか、犬童アシキ」
「こなたの友人達を……守ってくれ」
…………。
……………………。
………………………………はぁ。
元々彼女を救うつもりだったんだ。これも役目のうち、か。
世界征服をしようってバカが、リスクに怯えて二の足を踏む事ほど馬鹿らしい事はない。一人救おうが百人救おうが、この際変わらない。
それに、彼女に頭を下げられてしまった。
これに応えられなきゃ、世界征服なんて到底不可能だ。
だから――俺の答えは決まった。
「任せてくれ、龍華ちゃん。必ず全員守ってみせるよ」
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