第8話 天王院龍華2

 授業が終わり、自由時間になった。

 俺は早速、彼女に声を掛けた。


「やあ、こんにちは! 俺の名前は犬童アシキ! キミの名前は?」

「……チッ。失せろ凡俗。こなたは貴様のような有象無象に興味はない」


 くちわるっ!? 冷たすぎないか?

 え、なに? なにがあったの?

 なんで5歳の子供がこんなに荒んでんの!?


 俺が彼女に接触するのはこれが初めて。

 声を掛ける以外には本当に何もやっていない。

 なのにこの反応とは……たまげたな。


 それに彼女の態度、誰かの真似をしてるって感じがしない。

 もしかしてとても頭がいいのでは?


「いやいや、そんなこと言わないで! 話をしよう」

「貴様は理解力がないらしい。こなたは失せろ、と言ったのだがな」

「理解はしてるよ。キミと話したいから聞いてないだけで」

「チッ……面倒な」

「あっ、待ってよ!」


 舌打ちをすると、彼女は俺から離れていった。


 あらら……行っちゃった。

 俺の態度が気に障ったのか?


 まあ見るからに気難しそうな性格してるし。

 普通に会話するだけでも難易度は高そうだけど。

 せめて名前くらいは聞きたかったな。


「アシキ君。どうかしたの?」


 声を掛けてきたのは担任の木村先生。


「木村先生。いえ、あの子の事が気になって」

「どれどれ……あぁ、あの子か」


 彼女を指差すと、何故か先生は乾いた笑いをこぼした。


 な、なんだ? 俺が何かおかしなこと言ったか?

 いやでも特別な事なんてなんにも言っていないぞ俺!?

 精々彼女を指し示しただけで……それが原因か!?


「分かる。分かるよ。あの子すごく可愛いもんね」

「き、木村先生……?」

「気になっちゃうのも仕方ないと思うよ」


 分かる分かる、としきりに頷く木村先生。

 そんな先生からは疲れた雰囲気が漏れ出ている。


 一体あの女の子関連で何があったというんだ。

 彼女の話題を出しただけでこんな雰囲気を出すくらいだ。よっぽどだぞ?


「先生……あの子の名前を聞きたいんですけど」

「……あぁ。ごめんね、アシキ君」


 あの子の事だったね、と先生。


「あの子の名前は天王院龍華さんっていうの」

「天王院龍華ちゃん、ですか。……んん? 天王院?」


 なんだかその名前には聞き覚えがあるぞ?

 母さんの話に時々出てきた名前だ。


 母さんがよく食料品や日用品なんかを買いに行く大型スーパー。そこが確か天王院グループの傘下だとかなんとか。どの商品も品質が凄く高いのに、値段がとても安くて助かっている、と母さんはよく口にしていた。

 だから俺もその名前を憶えていた訳、なんだけれども。


 最初に聞いた時はなんぞソレ、と思ったよね。

 前世にはそんな企業、存在すらしていなかったからさ。


 話を聞く限りでは日本全国、どころか世界中に子会社や支部を多数持つ、超有名な大企業っぽいのに、前世では一切その名前を聞いた事がなかった。

 ソレに違和感を覚えてたけど……すぐに疑問は解消された。


 ほら、転生する時にミオネさんは異世界もあるって言ってたし。

 ならここも、俺が前世で暮らしていた地球に限りなく似た別の地球、ってことなんじゃないだろうか。並行世界とかそんな感じの。

 事実、俺が生まれたのは現代日本だし。これなら嘘じゃない。


 けど……んんん? ちょ、ちょーっと待てよ?

 天王院龍華。天王院。天王院グループ。

 ……まさか、そういう事だったりするんですか?


「アシキ君も気付いたみたいだね。そう、彼女――天王院龍華さんは。天王院グループを率いる天王院家の現当主、天王院豊龍さんの娘さんなんだよ」


 って。子供に何を言っているんだろう、私。

 木村先生がそう自嘲するが、俺はそれどころではなかった。


 いやいやいやいや。え、えぇーッ!?

 そんなことある!? そんなことある!?


 これは現実、ラノベやゲームじゃないんだぜ!?

 偶然通う幼稚園にそんな重要人物がいるとか、有り得ないだろ!!

 一体どんな確率だ! 驚きすぎて吹き出しそうになったわ!


「ただ、その……天王院さんのお家は今、色々と問題があるみたいでね」


 彼女を仲間にすれば俺の野望が大きく前進する事に……って、問題?


「ほら。あそこは家自体がとても大きい上に、歴史もあって、天王院グループを運営しているからお金もある。そうなると、お金や権力を目当てに色々な人が近寄って来るみたいで……。おかげでこの幼稚園もなんどかトラブルに巻き込まれたの」


 ……あ、あぁー。なるほど。

 それは確かに問題にもなるわ。


 俺自身は狙われる立場になった事なんてないけれど、権力とお金が否応なしに人を惹き付ける事くらいは容易に想像が付く。その上に歴史まで乗っかれば、野心的な人間をホイホイしてしまう魅力的な餌になるのは至極当然の話だろう。

 その影響で迷惑を被る人達が納得するかどうかはさておいて、だけどな。


「でも、その所為で天王院さんには仲良くしてくれるお友達が出来ないの。仲良くすれば巻き込まれるかもしれないって、親御さん達が心配しているみたいで……」


 その心配も当然だな。小さい子供を持つ親なら特に。

 ただでさえ幼稚園がトラブルに巻き込まれているのなら、関わり過ぎれば自分の子供に危害が及ぶかもしれない。そう考えてしまうのは自然な事だ。

 それで一人になってしまう彼女は気の毒に思うが。


「天王院さんは自分の置かれた状況をよく分かってると思う。実際、幼稚園がトラブルに巻き込まれた直後から、彼女は他の子達を遠ざけるようになったから。……トラブルが起きるまでは、気難しいところはあっても、他の子達を優しく気遣ったり問題が起きた時に素早く解決してくれる、頼もしいみんなのリーダーだったんだけど」


 5歳でそんな事が出来るなんて、やっぱり優秀だな。

 大人になったら、果たしてどれほどになるのか。


「……でも。そんな優しい天王院さんが一人でいるのが、私は辛い」


 嘆くように、木村先生は言った。


「だからもし、もしでいいの。天王院さんと仲良くしてあげられそうなら、できれば仲良くしてあげてね。無理にとは言わないの。トラブルに巻き込まれる危険もあるから。……けど、もし仲良く出来そうだと思ったら、その時は」


 そう言う先生の顔には苦悩の色が浮かんでいる。


 きっと木村先生の胸の内では、色々な思いが鬩ぎ合っているんだろう。

 優しい子を一人ぼっちにしたくない。けど関わったらトラブルに巻き込まれるかもしれない。私はどうしてあの子を助けてあげられないのか。子供を危険な道へ唆すなんて。もしこの子があの子と仲良くしてくれれば……。そんな、数々の想い。

 傍から見ているだけでも、そんな複雑な心境が見て取れる。


 けれど。生憎と俺の答えは既に決まっている。

 先生の言葉を聞くまでもなく、な。


「大丈夫です、先生。俺が彼女と仲良くしてみせますから」

「……そっか。ありがとうね、アシキ君」


 世界を征服するその前に。女の子一人くらい救ってみせなくちゃな。

 それくらい出来なきゃ、世界征服なんて夢のまた夢だろうから。


 俺の返答を聞き、安心したように微笑む先生を見ながらそう思った。

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