第1章

天王院龍華Ⅰ

第7話 天王院龍華1

 女神ミオネ=アウレリケに転生させられてから早数年。

 5歳になった俺は、家庭の事情で幼稚園に通う事になった。


 ……まさか今更幼稚園に通う事になるとは。


 うん。いや分かる、分かるよ?

 両親からすれば俺はまだ5歳児の子供だもの。

 二人がいない間、一人で家に残すのは不安だよね。


 でもさ、俺は仮にも20年分の人生経験があるわけよ。

 幼児に混ざって過ごすのはめちゃ辛いわけ。


 その辺分かってる? 分かってないよね?

 いやまあ転生の事話してないから当然ではあるけれど。


 くっ。こんな事なら家でもっと大人びた振る舞いしておけばよかった。


 1歳の時から流暢に話したりして、俺の早熟っぷりは十分に見せられてたと思うんだけどなあ。両親からすればまだまだ安心するには足りなかったか?

 こんな事なら、能力を調べる為に家の中で暴れたりするんじゃなかった。


 ……いや。まさかそれが原因か?


 けど、活動領域が家だけの状態から広がるのは素直に嬉しい。


 世界征服を達成する為には、征服する場所で暮らしてる人々の事を知らなきゃいけない。人々に合わせた統治をしなきゃ、征服しても長続きはしないだろうからな。

 それに俺の能力は何でも出来る可能性はあるが、決して全能でもない。

 ゼロから大勢の人の上に立つには、ある程度の事は自分で出来なきゃダメだ。


 ……お嫁さんになってくれそうな女の子も探せるしな。


「それでは先生。うちの子をよろしくお願いします」

「はい。息子さんは大切にお預かりします」


 おっと。母さんと幼稚園の先生の会話が終わった。

 一旦考え事は終わりにしないと。


 それで俺の担任になる先生はーっ、と。

 ん? 結構若い女の人だな?

 まだ20代の前半くらいに見える。

 見た目も綺麗だし結構ラッキーじゃないか?


 そして母さんが去り、先生だけが残る。

 先生は膝を曲げ、俺と目線を合わせた。


「私の名前は木村カレンっていうの。君のお名前を教えてくれるかな?」

「俺の名前は犬童アシキっていいます。木村先生ですね。今日から小学校入学までのそう長くはない期間ですが、どうかよろしくお願いします」

「お、おお……。これはまた強烈な。う、うん。よろしくね? アシキ君」


 ふっ。早速俺の優秀さを見せつけてしまったかな。

 まあ転生してるんだからこのくらい出来て当然だけども。


「それじゃあアシキ君が通うクラスに案内するから、付いて来てね?」

「はい、分かりました」


 さてさて。これからクラスを共にするご同輩方に出会うわけだが。

 果たしてどんなもんなのかな……と。

 できれば理性的に会話できる人がいればいいが。

 ……流石に無理か? まだ5歳だもんな。物心付いたばかりだろうし。


 そんな事を考えている間に、木村先生があるクラスへと入る。


「みんな、おはようー?」

「「「おはようございまーす!」」」

「う、うわぁ……」


 後ろについてクラスに入った瞬間聞こえた挨拶の大合唱。

 爆音のようなそれに、ちょっとだけ仰け反る。


 み、耳が痛い……。流石子供、元気が有り余っているらしい。


 しかし子供達は先生に挨拶しながらも、見知らぬ俺が気になるようだ。

 クラス中から視線を向けられるというのは、ちょっとした恐怖体験だ。しかもほぼ全員。俺が転生者じゃなかったらビビッて泣いてたかもしれない。


「この子は新しくみんなのお友達になる犬童アシキ君です」

「犬童アシキだ。これからよろしくね?」

「彼はここには来たばかりです。慣れない事もたくさんあると思います。だからみんな、彼が困っていたら助けてあげたり、仲良くしてあげてねー?」

「「「はーい!」」」


 うーむ、なんだろう。思ったより秩序だってる、な?

 このくらいの年齢だともっと無秩序だと思ってた。

 俺が同じ年の頃はどうだったか……うぅむ、思い出せん。


 それにしても、幼稚園児って結構個性的なんだな。

 今の時点でもかなり性格に違いが見られる。


 やんちゃそうな子、大人しそうな子。

 社交的な子に一人が好きそうな子まで。

 みんながみんな、性格に個性がある。


 なんでこの年でこれだけ違いがあるんだ?

 経験が少ない分、行動が本心に直結しているからか?


「アシキ君はあの席に座ってね」

「分かりました」

「うん。それじゃあ今日は――」


 指定された席に座ると、先生が授業を始める。


「ん? あの子は――」


 気付かれない程度に周りを観察していると。

 一人だけ、気になる様子の子供がいた。


「女の子か」


 ストレートに伸ばした黒髪の女の子。見た目はかなりいい。

 将来はとんでもない美人になりそうな気配を漂わせている。


 しかし他の子達が授業を楽しむ中、その子だけは淡々と授業を受けている。

 表情は如何にも不機嫌そうで、少なくとも楽しんではいないと思う。けれど空気を悪くしない為か、気配を薄くして先生に気付かれないようにしてる。

 俺が気付けたのは、恐らく第三者視点で場を観察したからだ。

 素直に授業を受けていれば、俺も彼女の存在には気付けなかったはずだ。


 ――凄い、と思った。


 5歳という年齢で周囲に配慮できるその知性も。

 誰にも気付かれないレベルの隠形を成せるその技術も。


「おっと。危ない危ない」


 危うく気付かれそうだった。

 勘も鋭いみたいだ。

 それとも俺が見過ぎたのか?


 どちらにせよ5歳児の出来る事じゃないが。


「……彼女、欲しいな」


 その知性も能力も、どちらも欲しい。


 世界征服するにあたり、有能な人間は何人でも欲しい。

 お嫁さん候補としても唾を付けておきたい。

 彼女、今の時点でもメチャクチャ可愛いし。

 きっと将来は傾国レベルの美貌を持つんじゃなかろうか。


 ……ロリコンじゃないからな?


 俺は女性が好きだが、流石に5歳の子供に欲情したりしない。

 そういうのはせめて彼女が大人になってからだ。


 それはともかく。


「いきなりあんな逸材に出会えるなんて、俺はツイてる」


 まずは彼女に声を掛けてみようか。

 小さく呟き。俺は静かに笑った。

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