ライアーゲーム

(どうしてこうなった! 何でだよ!)


 神喰はどうしようもない苦境に割れんばかりに強く歯を食い縛る。


 現在、神喰は神楽の侵攻を食い止められず、家の中に入り込まれてしまったのだった。


 居間にて、一列になって集合しているのは『ホコタテ団』総員である。


 それに向かい合う様に対峙するのは、押し掛け幼馴染、神楽愛咲。


「そんで……朔人? 誰なの? その人達……」


 どの感情で言っているのか神喰には分からないが、確実に機嫌が悪そうな神楽がそう疑問を呈して来る。


 神喰宅にて、謎のライアーゲームが幕を開けた瞬間だった。


(このマイペースなヒトデナシ共が器用に嘘を吐く……出来る訳が無い! まずい! これはバレる!)


 神喰は定期考査に集中したいと言うのに、悩みの種が次々と湧いて出て来るのは、彼の持つ生来の悪運の所為だろうか。


「……オレはこの家の家主、亜瑠アルだ。神喰がこっちに来る事になって、彼の祖父から預かる事を頼まれた」


 そうアルカナムは凛とした声音と佇まいで堂々と神楽に言ってのける。


(ナイス! 流石アルカナム! このまま問題児二人がヘマをしなけりゃ……)


 そう心の中で会心のガッツポーズを取る神喰だった。


 余りにも上手すぎる設定作り、驚嘆に値する。


「ふーん、そうなんですねー。で? そこの眠そうにしてる人は?」


 神楽の興味は次に、フラフラとして眠気に耐えているルヴニールに向かってしまう。


 その言葉に眠気の差す脳で思案したルヴニールは、柔らかい唇で言葉を紡ぐ。


「……我はルヴニール……吸血鬼……」


「黙れ! お馬鹿!」


 神喰が凄まじい反射神経を用いてルヴニールの口を無理矢理に手で塞ぐ。


「きゅう……何?」


(マズイ……神楽が怪しんでる……)


 やはり、傲岸不遜、唯我独尊を地で行くルヴニールには期待出来なかった。


 即座に言い訳を考えねばならない。


「……きゅう……救急救命士。そう! ルヴニールは救急救命士なんだよ!」


 余りにも苦しすぎる、冷や汗を滲ませた神喰の言い訳にルヴニールは不服そうに、


「我は救急救命士などでは……」


「お前ホントに一回黙ろうか!」


「酷い……」


 その言葉を気合で黙らせた神喰の言葉を補足するのは、設定を作り上げているアルカナムである。


瑠撫ルヴはオレの娘だ。今は母さんと離婚して、二人で暮らしている。だよな? 瑠撫?」


 そう念を押してルヴニールに問い掛けるアルカナムの表情は、引きつった笑みであった。


「…………あぁ、我は瑠撫。救急救命士をしている。心配しなくてもマスター……ではなく神喰とはもう既に仲良しだぞ?」


 何故か棘のある言い方で神楽に牽制をするルヴニールを神喰はぶん殴りたいが、とにかくこの状況に乗ってくれただけで良いとしよう。


「マジ……?」


 神楽がそのルヴニールの言葉に困惑しているのが見て取れる。


(朔人と打ち解けるなんて……仲が良いの……私だけだと思ってたのに……)


 神楽は心の内で純粋な驚愕と嫉妬に近い感情を吐き出す。


 それの所為か、神楽は更に不機嫌になってしまった様だ。


「まぁ、私が一番朔人の事理解してるし、悔しくない……そこのメイドさんはなんなの?」


「いや、メイドはメイドだろ」


 神喰はそうツッコミを入れざるを得ないが、ここにて一番口を開いて欲しくない人物に神楽の注目が行ってしまう。


 何故なら、フランが嘘を吐くのに向いていないのは、一日しか見ていなくても伝わって来るからだ。


 不意の爆弾発言に気を付けねばならない。


「はい! 私の名前はフランです! この『ホコタテ団』のメイドをやらせて貰っています!」


「お黙り!」


 やはりと言うべきか、フランは口を滑らせてしまった。


「えっと、『ホコタテ団』って何? 外にあった看板の奴? ダサい名前……」


 流石に聞き逃さなかった神楽からの失言への追究をどう躱すか。


 まさか、外にある看板を律義に更新して、『ホコタテ団』の名前を入れた事が致命傷になるとは。


「……あー、看板はこの家の前の持ち主の奴じゃね? フランは亜瑠さんのメイドで、冗談で俺達の事を『ホコタテ団』って言ってんだよ……な? フラン?」


 ――もう、色々と限界である。


 支離滅裂で整合性の欠片も無い。


 終焉を肌で感じる神喰が、怪しげに目を細める神楽の返答を待っていると、彼女は少し目を瞑った後に声を発する。


「……そうなんだ。ま、何となく分かった」


 神楽がそう静かに告げると、神喰に向かって言葉を紡ぐ。


「ねぇ、朔人、ちょっと出て」


「何で……」


 その神喰の疑問を呈す言葉に答える事は無く、神楽はサッサと玄関扉から外に出てしまう。


「なんとかなったみたいですね!」


「なんとかなってる訳ねぇだろ!? このままじゃ俺、一対一で問い詰められて死んじゃう! 多分、頭おかしくなったって思われただろ! 学校ですれ違ったらどんな顔すればいいんだよ! うわぁぁぁぁぁ!」


 神喰はこれより行われる詰問に悲嘆し、神楽と言う旧友を失う事態に阿鼻叫喚として絶望を叫ぶ。


「まぁ……待たせても悪い。最後に話せる事は話しておけ」


 アルカナムがそう神喰に最後の別れを済ませる様に促して来るので、神喰は遂に腹を決めたらしい。


「行って来るわ……」


 一列に並ぶ三人を背後にして、神喰は玄関の扉を開け放った

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