第四話 幼馴染は問い詰めたい!

来訪! 幼馴染!

 フラン加入の後日。5月14日、神喰は珍しく早朝から目覚めて、ある重大事に頭を素早く回転させて、自室の勉強机に向かっていた。


 その理由は想像に難くない。

 

 既に二日前に迫った前期中間テスト、その対策に頭を悩ませていたのだ。


 正直に言って、神喰は全く自信が無かった。


 高校生になって初めての定期考査、徐々に難しくなって行く勉強内容、それらは神喰の心に静かに這い寄って、焼かれんばかりの焦燥を生み出していた。


 無意識にも高鳴って行く心臓の鼓動を鬱陶しく思いながら、神喰は惰性でペンを走らせていたのだが、その行動を切り裂く一筋の音が差す。


「――神喰様! おはようございます!」


 それは耳を劈く喧しい声量で放たれる目覚めの歓迎と、扉が凄まじい音を立ててぶっ飛んで行く轟音からなる。


 凄絶な轟音を響かせて矢の様にぶっ飛んで行く扉は、無情にも私室のベランダの窓をブチ破って、ベランダの落下防止用の柵にブチ当たって完全に動きを失った。


「……おはよ……はぁ……」


 特に扉を破壊した事には触れない神喰は朝の挨拶もそこそこに、完全に困り果てて溜息を吐いてしまっている。


「どうかしたんですか? お腹空きました?」


 椅子にどっしりと座り込む神喰に軽快な歩調で横に来たフランは、不思議そうに神喰の顔を覗き込んで来る。


「お前と一緒にするな。いやぁ……二日後の定期考査が不安で……」


 “暴食”の権現みたいなフランの心配を他所よそにして、神喰は明日に待ち受ける定期考査への不安を緩慢に言葉に漏らす。


「……あ! 忘れてた! 神喰様! 来客ですよ! 早く玄関に来てください!」


「誰? また依頼か? 今は流石に無理……」


「いや、神喰様に会いに来たとか……」


「ますます誰?」


 そうフランに告げられると、神喰は無理解に染まってしまう。


 神喰には学校の友達は一人も存在せず、当然ながら小学校や中学校の友人も居ない。


 そんな最中、個人的に神喰に会いに来る変人、


(八坂さん?)


 そんな無為な思考を巡らせた神喰は、その場合に備えて変身用の懐中時計を首に下げて玄関まで向かって行くのだった。


 神喰は木造の階段を足早に下って行き、小走りに急いで玄関まで向かうと、確かに玄関扉に付いた磨りガラスから人影が確認出来る。


 その人影は神喰より少しは背丈が低い女性だろうか、恵まれたスタイルの良さが伺える。


「マジで誰?」


 全く以て心当たりが皆無な神喰はとにかく来客を待たせてはいけないと、とにかく玄関扉を開け放つ事にする。


 燦然とした眩い日輪が白光を差す天蓋の底、白光に目を伏せる神喰が目を開くと、そこに居たのは美しい艶の入った長髪をツインテールにした、整った美貌の女子高生と思しき私服の女性であった。その首には白銀の輝きを放つ龍の鱗の様なネックレスが下げられていた。


(……誰だ?)


 残念な事に神喰はその姿に見覚えは無い。


「朔人、久しぶりー。元気してた?」


 神喰が苦手なタイプである、ギャルと言う奴だろうか。


 溢れる自信と湧き上がる自己肯定感に満ちた快活な表情は、神喰の憧れる陽キャその物だった。


 だが、久しぶりなどと旧友の様な態度で声を掛けられても、神喰には何の事か全く分からない。


「えっとぉ、どなた様ですかね?」


 こんな人とは会った事が無い。


 他人行儀に神喰が素性を訪ねると、女性は少し悲しそうな顔をして、


「えっ? マジ? 私の事分かんない? 私だって、ほら小4の頃に一緒に居たっしょ? 幼馴染の……」


 その勿体ぶる様な言葉に神喰は追憶を辿ってみると、その顔には確かに見覚えがある。


「……神楽かぐらか!?」


 やっと神喰はその顔と名前が一致したらしい。


「やっと思い出した……そう、神楽かぐら愛咲めいさだよ。朔人ったら、私は忘れてなかったのに……」


 自身の確かな起伏のある胸に手を当てて名乗りを上げたのは、神喰の幼馴染である神楽であった。


 神喰は数奇にも旧友に再会したのであった。



 話を要約しよう。


 神喰には小学四年生の半ばに埼玉の実家に引き取られるまで、幼稚園から親交があった幼馴染、神楽愛咲と言う人物が居た。


 当然、何も伝えずに急に転校してしまった神喰は、もう二度と彼女に会う事は無いのだろうと思っていた。


 だがしかし、高校進学に際して生まれ故郷である中野区に戻って来た神喰の入学先が、神楽と偶然にも被ってしまったらしい。


 神楽とは別クラスではあったが、彼女は辛気臭そうな顔をしながら素早く帰宅する神喰を数日前に発見、まさかの尾行と言う方法で家を割り出して、ここにやって来たと言う。


 そんな事をするなら直接学校で会って話をして欲しかった、と思う神喰だが、彼女の奇想天外さは今に始まった事では無い。


 そもそも、神楽は何年間か神喰と一緒に居ても呪いの被害に遭わない、昔からそんな凄まじく運の良い奴だった為、この出会いも必然だったのかもしれない。


「いやぁ、朔人ってあの頃から全然変わんない感じするわ。その陰キャ丸出しの顔も!」


「うるせー。神楽は変わったな。何か……幼稚園のお転婆娘が一端の女子高生って感じでさ」


「えへへ、でしょ? 鈍い朔人でも分かるっしょ? てか、朔人が変わんなすぎるだけ!」


 そんな他愛の無い旧友との会話を何故か玄関先で行っている神喰だが、その後に神楽は不思議そうに小首を傾げながら言葉を紡ぐ。


「てかさ、あのメイドさん誰?」


 その瞬間、神喰は全身の血の気がスゥっと引いて行く音を聞いた。


 外の熱とは対照的に一気に寒気を感じ始める神喰が辿り着く思考、それはフランやアルカナム、ルヴニールをどうやって隠そうと言う物であった。


 正直に、『そのメイドさんはゾンビで、怪物狩りの活動中に偶然出会ったから雇う事にした』、なんて口が裂けても言える訳が無い。


 そもそも、怪物狩り、引いては怪物と言う物は世界に認知されて良い存在では無く、無辜の民は異能の世界を知らずに平和を享受するべきである、とアルカナムは真剣そうに話していた。


 ここはどうにか隠さなければならない。


「あー、あのメイドさんは……」


 神楽の疑問の言葉に神喰は何事か言おうとしたのだが、その前に、


「――神喰様! どなた様だったんですか!」


 玄関扉を勢い良く開け放ったフランが神楽との会話に水を差して来た。

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