ポンコツメイドさん

「……神喰、オマエは女を口説く才能に溢れているらしいな……」


「……? はい! 神喰様に口説かれました!」


「……マスター、浮気はダメだぞ……」


「おいちょっと待て、俺は幼気な少女を保護しただけだ! 浮気じゃない!」


 このやりとりは神喰が家に帰宅して、事の顛末を伝えた後にフランを紹介した後の一幕である。


 時刻は昼下がり、場所は神喰の私室の中であった。


 神喰は流石にあのローブを脱いで、藍色を基調とした普段着を着ていた。


 あの空間の中は時間の流れが現実とは違っていたらしい。


 もう既に昼下がりになってしまっていた。


 随分と賑やかになった私室にて、神喰は完全に危険人物扱いである。


「……まぁ、オレ達の怪物狩りチームが『ホコタテ団』と名前が決まり、遂に人員も四名になった。それは喜ばしい……だが、例えフランが『ゾンビ』であろうとも、出会って数時間の少女を家に連れ込むのは……」


 アルカナムから至極当然の𠮟責が飛んで来る。


 神喰はその叱責を華麗に躱して、論点をずらす事に全力を注ぐ。


「――あ! フラン! 何で『ホコタテ団』って名前を付けたんだ!?」


 苦し紛れの論点ずらしを受けたフランは、屈託なく微笑んで、


「だって、”怪物”を狩る”怪物”ですからね……明らかに矛盾してますよ! だから、『ホコタテ団』です!」


 安直で子供っぽいが、もう既に八坂に伝わっている為、これを変える訳には行かないだろう。


「……そっかぁ、他に案も無いし、それでいいんだけど……腹が減ったなぁ……」


 神喰は朝食すら摂らずに依頼に赴き、死ぬ思いをして頑張ったのだ。


 腹が減るのも当然だろう。


「――! そうですよね! お腹空きましたよね! と言う訳で! 私にお任せください!」


 そうフランは神喰の言葉に瞳を輝かせて、神喰の私室から出て行ってしまう。


 疾風の如き速度で私室から消え去ったフランを見たルヴニールは、


「……何だあの腹見せメイド……変な奴……」


 変なお前が言えた事じゃない、と神喰は心の中でツッコミを入れるが、確かにフランの柔らかそうな腹の辺りが露わになっているのは確かだ。


「仕方ない、代わりを見繕ってやるか。マスター、イタラ=クルクエス様、先に行け」


 その場に留まろうとするルヴニールのやれやれと言った様子の言葉が神喰の耳朶を打つので、神喰はその意思を汲んでアルカナムと二人でフランを追う事とする。


 私室を出て、二階の廊下をサッサと通り抜けて階段を下る。


 フランの向かった先は居間の方向であろう。


 神喰とアルカナムの二人はフランを追って居間に入り込むと、そこの厨房を使って何かをしている件の人物を発見する。


「何してるんだ? フラン?」


 フランが居間の厨房にて、冷蔵庫から食材を取り出して何かをしているのを発見した神喰は彼女にそう問い掛ける。


「何って……お料理ですよ! メイドのお仕事の一つです! 貴方達の為に昼食を作ろうとしているんです! 素人は黙っていてください!」


「何か急にメイドっぽい感じ出して来たな」


 戦闘メイドと思われたフランは意外にもメイドの仕事が出来るらしい。


 そう言うのならば咎める事も無い。


 神喰はアルカナムと居間の椅子に座り込んで、自信満々に胸を張っているフランの昼食を待つとする。


「アルカナム、フランの作る料理どんなもんかな?」


「……そうだな、オレよりは上手く出来ると思うぞ」


「答えになってねー」


 そんな風に雑談をする最中、厨房からは謎の咀嚼音やブツブツと何かを呟く異音が響いて来ている。


 これは料理をしているのだろうか。少なくとも、神喰が料理をする時はこんな音は聞こえないし、鳴らさない。


 そんな無理解を呼び覚ます異音が鳴りやんだと思えば、フランが“何も載っていない皿”をテーブルの上に配膳する。


「……これ何? 空気?」


 本当に意味の分からないフランの行動に困惑し切った神喰がフランに疑問を呈すと、明らかに何かを食べた口元を隠して声を紡ぐ。


「……我慢出来ませんでした! だって、料理って非効率じゃないですか! こんなにおいしい食材があるんですから、我慢出来る訳ないです!」


 詰まり、フランは料理をする前に使う食材を全て食べてしまったと言う事だろう。


「スゥゥゥゥ……フラン、解雇」


 その致命的な事実を脳で解した瞬間、神喰は思わずフランに残酷な解雇通告を言い渡してしまう。


「何でぇぇぇぇ!?」


「当たり前だろ! メイドとしては致命的だ!」


「解雇は嫌です!」


 フランは『ホコタテ団』からの解雇を免れようと腕と体をぶんぶんと振って抗議するのだが、その瞬間に身の毛もよだつ様な異質な光景が神喰を襲う。


 ――刹那、ぶんぶんと振り切られるフランの右腕が肘の関節からポーンと軽快に分離して、凄まじい速度で神喰の顔に張り付いて来る。


 寸分も違わず神喰の顔に張り付いて来る右腕の先に付いた掌は、完全に神喰の顔を握り込んでいた。


「うわぁぁぁぁぁ!?」


 神喰が余りに狂気的で常識を超えた驚愕の光景に叫ぶと、フランは申し訳なさそうに謝って来る。


「あ、ごめんなさい。何か関節のパーツが緩いみたいですね!」


「そんなフィギュアとかの話じゃないんだから! 何とかならないのかよ! てか、この腕……取れたのに動いてる……!」


 気味の悪さに驚愕して即座にフランの腕を地面に叩き付けた神喰は、その落下した地面の先で不幸にも気味悪くうねうねと動くフランの腕を見てしまう。


「はぁ、腕が取れるって不便ですね……」


 そう言って地面に転がった自身の右腕を拾おうとしたフランが屈み込むと、次はフランの頭がごろりと落下する。


「ギャァァァァァ! 頭がぁぁぁぁ!?」


「あれ!? 私の体どこですか!?」


「落ち着け」


 狂騒に飲まれる居間の空間にて、アルカナムの呆れた様な声が静かに響く。


 本当に落ち着け。



「コホン! 気を取り直して本当に料理しますよ!」


「本当に頼むぞ……!」


「オレはもうお腹一杯だ……」


 この居間にて三者三様で反応を交わした三名はそれぞれ、神喰、アルカナム、そしてフランである。


 フランは何を作るのだろうか。それは分からないが、彼女は意気揚々とやかんを取り出した後、それに水道水を溜めて、やかんをガスコンロで火に掛け始める。


 熱湯を作ろうとしているのだろうが、フランは忙しなくやかんの蓋を開けて中身を確かめているので、遂にしっぺ返しを喰らってしまう。


「――熱ッ!」


 やかんの蓋を開けた結果、立ち昇る水蒸気に右手を軽く火傷してしまったフランは鮮烈に起こる痛みに驚いて体を派手に動かしてしまう。


 その結果、体の動きに従って振り切られるメイド服の長いスカートの裾がガスコンロの火に引火してしまう。


「アァァァァァ!」


 その後、フランのメイド服は徐々に炎に巻かれて焼かれて行ってしまう。


「フラン!?」


 神喰が焦りに叫びながら椅子から立ち上がると、それと同時に居間の扉を開いてメイド服らしき物を持ったルヴニールがこの悲惨な現場に見参する。


「大丈夫か?」


「アァァァァァァァァ!」


 どう考えても無事では無い惨状に疑問を呈すルヴニールに、フランの悲痛の叫びが克明に応える。


「我に任せろ」


 メイド服を放り出して走り出したルヴニールはどこから取り出したのか、赤色の液体が入った瓶を手に持って、火花を上げて燃え上がるフランに近付いた後、その液体をフランに掛ける。


「おぉ! 流石ルヴニール!」


「ギャァァァァァァァァァァァァ!」


 そんな神喰の感嘆の声を塗り返す程の凄まじいフランの叫びが居間を劈く。


 それはその液体を受けた瞬間に更に火柱が勢いを増して、眩い白光を放ち始めたからだ。


「ルヴニール……その液体って……」


「――ワインだった」


 炸裂する凄まじい火の粉と立ち昇る紅炎が居間に惨澹として満ちて行く。


「オマエら、もう黙れ」


 呆れを通り越して無感情になってしまったアルカナムの静謐な声が響く。


 その後、フランは無事に自分の氷魔法で生還した。



「うぅ……ぐすん」


 今までの凄絶な惨状の後とは思えない程に健在なフランが居間の地面に三角座りをして蹲りながら、涙ながらに顔を俯かせていた。


「おい、ルヴニール……謝れ。フランが泣いちゃったでしょ!」


「ごめんなさい……」


 取り敢えず、神喰はルヴニールに頭を下げさせる事にした。


 その火炎の影響で焼け焦がされた室内はアルカナムによって元通りだが、フランのメイド服までは戻って来なかった。


 フランに唯一残ったのは、前髪を留めている水色の髪飾りのみだ。


 そんな訳で現在、フランは裸一貫で蹲ってしまっている。


「お詫びと言ってはなんだが、『リビング・デッド』に新しい服を用意した……どうか許してくれ」


 リビング・デッドとは、ルヴニールのフランへのあだ名だろうか。ネーミングセンスが終わっている気がする。


 完全に委縮してしまったルヴニールが恐る恐るフランに自身が作ったメイド服を手渡すと、フランは悲しそうな目を向けた後にそのメイド服を着ようと立ち上がる。


 冷静に考えたら神喰がこの場を目撃して良い訳が無いので、そっと神喰は後ろを向く事にした。


 服を着用する布が擦れる擦過音が部屋に静かに響き渡って、それが遂に終わるとその後に刹那の間も与えずに、


「……これ、給仕服じゃないですよね!?」


「……何故だ? マスターの部屋にあった漫画にはこう描いてあった。何が不満なんだ?」


 服を着たのだろうが、フランはそれに対して不満があるらしい。


 その声に驚いた神喰が背後を振り返る前に、


「だって! まず胸元は開いてるし、スカートもこんなに短くないですよ! こんなに袖は短くないし、こんな華美な物じゃないんです! てか、この頭飾りホワイトブリムじゃなくてリボンじゃないですか! こんなの認められません!」


 神喰が背後に振り返ってフランの姿をその瞳に映すと、そこに居たのはコスプレメイドさんだった。


 フランの由緒正しいホワイトブリムは黒色のリボンに、胸元は大きく開き、スカートは給仕には適さない程に短い。


 所謂、コスプレ程度の代物に変わってしまっていたのだった。


「……でも、我だって頑張った……君の為に」


「……だったら、まぁ、甘んじて……甘んじて! 受け入れましょうか! 不服ですけど! 仕方なくですけど!」


 悲しそうに目を伏せるルヴニールの態度に良心が耐え兼ねたのか、フランは照れて顔を赤くしながら、その服装を肯定したらしい。


「……ふっ、どうやら上手く纏まったらしいな」


「俺達は何もしてないけどな」


 何故か達成感に満ちるアルカナムに思わずツッコミを入れてしまう神喰であった。



 結局、フランはドジっ子メイドであった。


「あ! 倒しちゃった!?」


「俺の宝物がぁぁぁ!?」


 神喰の私室を掃除すれば本棚を倒し、


「どうぞ! 力作です!」


「我はこの炭をサラダとは言わない……」


 料理をすれば食材を食べるか失敗。


「神喰様! お腹空きました! ごはんまだですか!」


「ちょっと待ってて! ……立場逆転してる!?」


 挙句の果てには神喰の食事を所望する始末。


「むにゃむにゃ……あむ」


「枕を食べるな……フラン……」


 ベッドで眠れば枕を食べ、お腹が空けば何でもかんでも口に入れようとし、思考能力が著しく低下する。


 そんな駄目メイドさんであったフランと過ごして一日。


 それは急流に流れる泡沫の様に瞬きに過ぎて行った。

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