指南至難

「だけど、実際はまだ分からない事だらけで、俺はアルカナムに質問したい事だらけなんだよ。って事で、『怪物狩り』をやる上で押さえておかなきゃならない用語を教えてくれ」


 場面は変わらず神喰宅。


 夜の帳が下り、漆黒に塗り潰される住宅街の一角、神喰宅にてテーブル越しに向かい合った神喰とアルカナムは変わらず言葉を交わしていた。


「流石にこれまでの情報だけで『怪物狩り』になるのは無謀だな。ならば、教授しよう」


 アルカナムは神妙な面持ちで少しの時間逡巡した後に、


「『怪物』……は何となく分かるか。人狼、吸血鬼、ゾンビ、幽霊、ホムンクルス、スライム、ドラゴン、死神……まぁ、化け物の事だ。『怪物』はその特徴として、差異はあれども通常の攻撃に対しての耐性を持ち、何かしらの弱点を持つ。『怪物狩り』はもう分かるな? 『怪物』を殺す事で報酬を貰い、それを生業とする者の事だ。『怪物』はその数自体が限りなく少ないから、『怪物狩り』も少ない。そもそも、『魔力』を持つ人物すら限りなく少ないけどな」


「オッケー、他に何かある?」


 神喰に取ってみても予想が付くレベルの説明を受けて、更に何かないかとアルカナムに催促すると、


「うーん、大きく分けて三つあると思う。『異能』関係、『権能』について、『クラス』のあれこれ……ふぅ、何か話しが長くなって来て疲れてきたな……」


「そんな事言わずにほら! 頑張れ! 俺も聞きたいから!」


 アルカナム自身もこんな風に長話するのは久しいのだろう。疲弊の色を隠そうともせずに瞑目して溜息を吐くアルカナムを神喰は励まして、話を催促する。


「これに関しては説明だけだから一気に行こう。まずは『異能』。『異能』とは簡潔に言えば魔術や呪術と言った超常的な力の総称だ。その中でも魔術の説明はもういいだろう。数少ない人々が魂に有する魔力を用いて様々な事象を引き起こす超自然的なプログラムの事だ。これは所謂、魔法と同義だ」


「それは分かる。イメージが掴め過ぎるくらいだ。じゃあ、『権能』って?」


 当の神喰にしてみれば、夢想した非現実が現実に昇華されて行く愉快な感覚を感じるのだが、それをアルカナムの前では出さず、心の中にしまっておく。


(これは非現実じゃなくて、現実だもんな。ちょっと楽しい何て空気読めないにも程があるし、態度には出さないでおこう)


 そんな事を神喰は思いながら、アルカナムの説明に耳を傾ける。


「――『権能』、それは言わば“超能力”だ。魔力などのエネルギーを介さずに発動する事の出来る固有能力と言った所か。例えるなら、死神は魂を操る能力があるが、それは種族として扱える能力だ。その種族の枠組みを超えた固有能力、それが『権能』。魔法は誰にでも同じ物を再現出来る可能性があるが、『権能』に至ってはそうは行かない。『権能』とは、しばしば『神から与えられた自分自身にしか出来ない能力を行使する権利』とも呼ばれる。神喰の持つ力も『権能』であると予想出来るな。当然、『権能』も『異能』に含まれる」


 長々と説明して貰ったが、簡潔に言えば、


「超能力バトル物の能力って事か。俺は人間だから、本来能力を持ってないけど、たまたま権能って言う超能力を貰ったと……」


 神喰は自分らしく噛み砕いた認識を示して、納得していると、アルカナムが勿体ぶる様に指を立てて、


「神喰、自身の持つ権能に名前が無いのは不便だろう。だから、提案させて貰う」


「え? 名前付けてくれんの?」


 今まで出てきた用語を整理していた神喰に対して、唐突な提案をして来るアルカナムだが、特に否定する事も無いので神喰は無言の肯定をすると、


「――『死齎秘法しさいひほう』とするのはどうだ?」


 アルカナムの自信満々な名付けの提案を受けた神喰は、窓から差す夜の闇に濡れながらも愉快そうに頬を歪める彼を見つめながら、


(……怪物狩りって中二病しかいないのかなぁ)


 などと思うのだったが、名前は付いている事が重要である。神喰は名を思い付いてすらいないので、特に否定する事も無い。


「あぁ、そうするよ。俺の権能は今から『死齎秘法』だ」


 少し目を逸らしながらだったが、アルカナムの提案を神喰は受け入れたのだった。


「さて、続きを話すか。次は『クラス』だな」


 神喰は驚異的な切り替えの早さで話を続行しようとして来るアルカナムに少し苦笑してしまうのだが、話を続けてくれと手振りをすると、悠然としたアルカナムは口を開く。


「――『クラス』、『怪物』や『怪物狩り』などの戦闘能力や危険性を示す指標だ。下から順番に、『Dクラス』、『Cクラス』、『Bクラス』、『Aクラス』。さっきのグールは『Ⅾクラス』に分類される――」


「ほーん、分かりやすいな」


「――そして、これ以上の存在がいる」


「いるんかい!」


 四段階の分かりやすい戦闘能力評価かと思いきや、これ以上の存在がいるとアルカナムの口から明かされる。


「――『ドレッドノート』と『ジャガーノート』だな。この二つの存在はどちらも地球の人間社会を根底から揺るがし、破滅に導くと推定される存在だ。この両者の違いは単純に人間社会の味方かそうでないか。『ドレッドノート』はどちらかと言えば味方、『ジャガーノート』はどちらかと言えば敵だ」


「うーん、いきなり地球滅亡とか言われて俺ビックリだよ。規模が一気に拡大した感じだな。詰まり、さっき出て来たイル=ミドースは『ジャガーノート』って事か? 勝てる気がしなくなって来た……じゃあ、話は全て終わりか?」


 アルカナムの口により明かされる超越者の存在だが、そんな事を一々気にしていても良い事は無いので、心機一転して頑張って行くしかないと言う物だろう。


「まぁ、これを知ってたら苦労はしないだろう。まぁ、もっと教えたい事はあるけどな。『魔術』と『呪術』の違いとか。『結界術』、『精霊術』、『魔道具』についてとか。後は――」


「もう良いから! それは後で聞くよ!」


 未だに情報を教授したくて堪らなさそうなアルカナムの話を一旦中断させた神喰は、テーブルに置いた自身の財布を手に取って居間を出て行こうとする。


「どこに行くんだ?」


 行き先はどこかと訝しげに尋ねるアルカナムに振り返って、神喰は一言、


「――コンビニ」


「あぁ……そうだよな」


 そもそも、神喰はコンビニに行く途中にグールに襲われている訳である為、コンビニで買い物をすると言う目的を果たせてはいないのだ。


 居間を出て行こうとして扉に手を掛ける神喰は思い出した様にアルカナムに振り返って、

「……そう言えば、アルカナムは怪物なんだろ? 種族は?」


 神喰は自身が純粋に疑問に思った事に突き動かされて、心の赴くままに言葉を紡いでいた。


 その神喰の単純な質問に対して、アルカナムは椅子に座りながら刹那に瞑目して、窓から差す影に塗られる様に少し暗い顔をして、


「……『人狼』だ」


 その言葉には少し影が掛かっていた様に神喰は感じたが、暗い顔をしているアルカナムに嫣然と微笑んで、


「そっか、答えてくれてありがとな。じゃ、コンビニ行って来ます」


「行ってらっしゃい」


 アルカナムの神喰を案じる柔和な言葉に背中を押されて、廊下を通って玄関で靴に履き替える。


(……俺、当然だけどアルカナムの事なんも知らないな)


 そんな妙な感傷にさいなまれる心を一旦落ち着けて、神喰は立ち上がる。


 そして、玄関扉を開け放った。

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